第11話 貴族の話術(F)
何で顔を赤らめるんだ? 何なんだ?
いや、それよりこのイカれハムスターの口を、どうにか封印できないものか?
ありとあらゆる種類の疑問と感情が、口から飛び出す寸前。
「く、くほん。その前に……行くぞ、と言いました? 一緒に行く、という意味で?」
ダンテは、さすがベテランらしい落ち着きで質問を投げた。
ベルデはまだ少し上気した顔のまま、首をかしげた。
「自分がどこを探索しようとしているのか、分かっていなかったのか?」
ダンテとしては、依然として理解できない言葉だった。
無理もなかった。
「あそこはオルガス領主様が私に授けてくださった封土に含まれている。言うなれば……私の領地だ」
ベルデは、ぶっきらぼうに言い放った。
怠惰のロバ、ベルフェゴールが数多の魔族をテレポートさせた魔窟。
オルガス伯爵領から始まった『モンスター氾濫事件』の始発点。
そこは現在、騎士ベルデの封土でもあった。
1周目当時、ダンテがそこへ行った頃にはすでにベルデが死んでしまっていたのだから、こんな事情まで知るはずもないのである。
「だとしても、わざわざ一緒に行く理由はないはずですが。何より、オルガス伯爵騎士団の騎士団長としての責務が――」
「副団長に全権を委任した。君と行って戻るのに、そう時間がかかるとも思えんしな」
「……ん?」
ダンテがオルガス伯爵からあれこれ品を受け取り、装備を整えた時間といっても、大したものではなかった。
その短い時間のうちに、もう権限の整理まで済ませて、発つ準備をすべて終えたと?
主のいない馬まで、こうして前もって用意するほどに?
「何より、先ほどの話を聞いて確信した。私の領地でそれほど危険なことを、それも一人で背負わせるわけにはいかない」
怠惰のロバ、ベルフェゴールに関する情報は、つい先ほど教えたばかりだ。
つまり、あの話を聞く前にすでに準備をすべて終えていたということで、それはつまり……。
ヒヒーン!
主のいない馬が、いなないた。
ベルデはその馬の手綱を、ダンテにひょいと投げた。
「早く乗れ、ダンテ。出発するぞ」
ダンテには、なんとなく感じられた。
ベルデが、どういうつもりなのか。
(……俺と一緒に行きたいから?)
他のことはさておき、自分に対して何か目的があるのは確かだった。
オルガス伯爵城のある城砦都市から、不釣り合いな二人が旅立った。
***
パカラッ、パカラッ、パカラッ――。
馬の駆ける音が、軽快に響いた。
徒歩なら数日を費やすところだが、機動力に恵まれた今なら、約三時間ほどの距離にある森に到着するはずだ。
(昼時を少し過ぎた頃に到着か。ひとまず回帰前と同じなら、怠惰の痕跡を探すこと自体はすぐ終わりそうだが……)
ダンテは、微妙に自分より先を走る者の背中を眺めた。
オルガス伯爵領の城砦都市を発って以来、ベルデは特に話しかけてもこなかった。
(「うまい飲み物があるんだが、分けて飲むか?」みたいな人懐っこい会話なんぞ、端から期待しちゃいなかったけどな)
馬の休憩やらなにやら、とにかくそれなりに長い道中、あれこれ世間話の種くらいあるものじゃないのか?
いや、世間話まではしなくとも、無理やり食い下がってまで一緒に行くと言い出した、その意図くらい多少は見せるべきじゃないのか?
ただこうして口をつぐんだまま行くと?
(二十いくつと言ったか? いや違う、死んだ時がそれくらいで、今は二十? 二十一?)
ダンテに正確な記憶はなかったが、ほぼ正解に近い読みだった。
オルガス伯爵領、歴代最年少の騎士団長。
それだけでなく、ジェネビア王国全体で見ても、騎士団長の中では最も若い。
(この野郎……まさに天狗になって生きてる盛りではあるわけだ)
そこまで考えが至ると、なんだか物悲しい笑いが漏れそうになる、とでも言おうか。
また、己の実力に対する絶対的な過信も、理解の及ぶところではあった。
(そうだよな。失敗のひとつもなく、とんとん拍子に駆け上がってきたんだから。しかも剣術じゃそれなりに天才と呼ばれてきただろうし……世界が全部自分のものに見えるだろうさ)
サソ村のゴブリン襲撃に対する、誤った判断。
さらには、まだ『この時点』では起きていない、未来の魔窟氾濫に対する誤った判断。
その二つはどちらも、経験がまだ浅く、そして己の腕に酔いすぎていたがゆえに下された、最悪の判断だったのかもしれない。
(俺もなあ、お前。昔は世界が全部自分のものだと思ってたんだよ。書類選考一発、面接一発で通って、昇進も一度も漏れずにトントン拍子だった頃はな。社会生活の薄汚い面を見るまでは、どれほど――)
「何を見ているのだ?」
ベルデはいつの間にか振り向いて、ダンテを見ていた。
なかなかの速度になびく金髪。ダンテは素早く首を横に振った。
「うおっ――。こほん、何でもありませんが?」
「……通常、徒歩で動く冒険者というものは、騎乗術がお粗末だと聞いていたのだが」
ベルデはそんなダンテをじっと見つめながら、呟いた。
なかなかの速度ゆえに、耳元をかすめていく風。
ダンテには、その言葉は聞こえなかった。
「はい?」
「ふむ、ふむ。いや、何でもない。もう少し速度を上げるとしよう」
ベルデはそう言うと、速度を上げた。
ダンテは再びその後ろ姿を見ながら、ふっと笑った。
日本を基準に考えれば、ようやく成人したばかりといった年頃のやつの、この目下への口ぶりである。
「まあ、そうしましょうかね」
もし1周目だったなら、頭に来ていたかもしれない。
だが、ダンテもまた6年以上転がりに転がってきた人物。この程度のことで、いちいち腹は立たなかった。
いや、そもそも怒ることすらできなかった、と言うほうが正しいかもしれなかった。
【なかなか食い甲斐のありそうな奴であるな】
「は?」
こっそり頭を突き出してきたブブのせいである。
ダンテはこれを好機とばかりに、ひとまず言っておくことにした。
「あ、それと警告しとくが、今後は俺の許可なく――」
【見よ……。あやつを。あの生が、どんな味を出すのかを】
だが、その言葉はそれ以上続けられなかった。
【暴食の刻印が濃くなりました】
【新たな技術が解禁されました】
【暴食の権能:獲物観察】
【対象の情報と価値を見抜きます】
【対象が何を持っているのか、どれほどのものなのかを確認できます】
「何だ、これ? スキル?」
【クフフ、暴食の刻印が上がったおかげで使えるようになったのだ。特別に新たな技術を教えてやるのだから、我に感謝するがよ――】
「おい、こういうもんができたんなら、すぐさま使えるようにしとけっての! この野郎、まったくよぉ」
【――チュ、チューッ!?】
【暴食の刻印】は、依然として11点だ。
なら、10点以上になったことで、新たにこういう機能が使えるようになったってことか?
ベルデは再び馬の速度をやや落とし、ダンテの傍らに寄ってきた。
「私に言ったのか? 風の音でよく聞こえなかったのだが――」
「ごっほごほん! の、喉がイガイガして、咳払いをしただけです! お気になさら……十九?」
そしてダンテは、彼をまじまじと見た。
おかげでつい、妙な言葉を口走るはめになったのだ。
「――ん?」
「いえ、何でもありません。こほん! は、走りましょう! 先頭どうぞ、ええ!」
「分かった」
どうにか状況を収拾し、先に行かせたベルデの背中の向こうに。
ダンテの目には、ホログラムの窓が見えていたのだから。
【名前:ラナ・ベルデ】
【職業:騎士、騎士団長】
【レベル:51】【年齢:19】
(この野郎、未成年かよ? いや、十九なら今の日本基準でも成人ではあるのか……? 確か18に引き下げられたんだったよな……?)
レベル51。年齢19。
その数字が入れ替わっていたとしても、『なかなか大した人生』と言える。
1周目のダンテがこの6年間で出会った数え切れない人々が、レベル15にも届かないまま死んでいったというのに!
(この野郎、己の才に酔うだけのことはあるな。俺が集めに集めた仲間たちのレベルだって、60前後だったってのに……)
ダンテ自身のレベルが、73だった。
並大抵のモンスター狩り程度では、もうレベルが上がらなかったがゆえに。
そろそろ『最終コンテンツ』に挑んでもいい――そう考えて、仲間とともに七罪宗と相対しに出向いたのではなかったか。
それが、この時点ですでに51とは。
【主要保有能力】
-ベルデ流剣術(A+)
-突き:閃光(A-)
-騎乗術(A-)
-貴族の話術(F)
・
・
スキルのほうは、さらに見ものだった。
(いや、A級水準のスキルが、もう三つ?)
スキルは、獲得難易度と熟練度によって等級が決まる。
簡単に獲得できるものでも、熟練度が足りなければ、決してA等級には至れない。
逆に、獲得難易度が非常に高いスキルは、手に入れた時点でB等級以上ということすらあるほどだ。
(ベルデ流剣術……名前からして、家に代々伝わる剣術だろう。パッシブスキルのはずだ。いや、だとしても……)
A+級は、決して容易ではない。
A級ならまだしも。
文字通り、擦り切れるほど使い込んで、ようやくA+級になれるはずなのに。
(にしてもお前、スキル名のセンスときたらどうだ。《突き:閃光》って何だよ。中二病でもあるまいし……。いや、待てよ。考えてみりゃ、あのスキルは中二の歳でもう習得してたのかもしれん)
思春期だから、拗らせたのか?
副団長やグシニたちへのあの生意気な口ぶりは、ただの非行少年だからだと、そう思えばいいのか?
ベルデについてあれこれ考えていたダンテは、ついに気がついた。
見るだけで終わる話ではない。
「ブブ。これが見えるということは……」
【今ごろ気づいたか。これが暴食だ。ただ食らい、ただ息をするために存在するのではなく、他者の経験、その生そのものを渇望することこそが――】
「俺にも使える、ってことだろ」
ダンテはブブの言葉を断ち切って、笑った。
「……ぷっふっふ」
【クフフフ……】
ベルデがこの瞬間に振り返っていたなら、どちらが七つの大罪の一つなのか。
どちらが七罪宗の一体、暴食の悪魔なのか、区別がつかなかっただろう。
ヒヒヒーン、ブルルッ、ブルルッ――!
「どう、どうどう」
ベルデはゆっくりと馬を止めた。
ダンテも素早く表情を取り繕った。
「この森の中、ということだな、ダンテ?」
オルガス伯爵領の騎士団長。
何も知らない19歳の青年が、尋ねた。
「ええ、ええ、団長殿。この近くです……」
ダンテは、精一杯の明るい笑みを浮かべたまま答えた。
***
道が険しく、これ以上は馬で近づけない場所。
サクッ、サク――。
森の外れに馬たちをつないだまま、二人は歩いているところだった。
ベルデは剣も抜かないまま、ダンテの後ろについてきた。
特に緊張した様子もない、まっさらな無防備さである。
(こいつ……。純粋なのか? 俺がここでガラリと豹変したらどうするつもりだ)
制圧する自信がある?
それも、相手が他の人間ならの話だろう。
ダンテの力は、一度その身で味わったはずじゃないか。
だったら距離を取るなり、せめて剣を抜くなり、何かしら警戒する素振りがあってしかるべきなのに……。
「あとどれくらいだ?」
「その、あまりくっつかないでもらえますか、騎士団長殿」
「く、くっつくだと。誰がくっついていると言うのだ?」
「俺にです。騎士団長殿が。ぴったりと」
むしろさらに近づいてくるのは、一体どういう了見なのか。
ほとんど肌と肌が触れるほど密着してくるのは何なんだ、と。
ずばりと指摘するダンテの態度に、ベルデは言葉までつっかえさせながら呟いた。
「ぴったり――とは。道が――道のない狭い場所だから、やむを得ず……。それに、ここは私の領地だ。本来なら私が先導するのが筋ゆえ、君の傍らに――」
「とにかく、あまりぴったりくっつかれると動きづらいので、気をつけてくださいという話です」
もっとも、今はそんな話に付き合っている余裕はなかった。
ダンテがここへ来た理由は、大きく二つ。
一つは、ベルデに話したとおり、【怠惰】の痕跡や情報の捜索。
もう一つは?
「気をつけろとは? 何をだ?」
「ん? ご自分の領地だとおっしゃるわりに、まるで来たことがないご様子ですね」
「……領主様から賜って以来、来たことがないのは確かだ――。む!?」
瞬間、ベルデも聞いた。
バキッ――! バキバキバキッ――!
ブオォ、ブオオオオ……!
「気をつけろ、ダンテ! モンスターが――」
ダンテがここへ来た、二つ目の理由。
レベルアップのため。
「あーもう! 俺が処理するから、騎士団長殿は後ろに下がっててくださいって! いいですね?」
そのためには、ベルデにモンスターを処理させてはならないのだ!
ためらいなく飛び出していくダンテの後ろ姿を見ながら、ベルデは呟いた。
「……私の、ため……?」
ダンテが聞いていたら、ひっくり返りかねない一言だった。
貴族の話術(F)。ステータスは正直です。次回、ダンテの腕がとんでもないことになります。




