セレスティアの手記 三頁目 ミレーユは昔から、転びやすい子でした
信じてください、わたくしを。
アンナが部屋を出ていったあと、昼前まで、しばらく何も書けませんでした。机の上にはこの手帳と、インク壺と、母から受け継いだ扇だけが残っていました。衣装戸棚は半分空になり、化粧台の前には、持っていく物と残す物を分けるための箱が置かれています。部屋の形は変わっていないのに、音だけが減っていました。呼び鈴の紐を外した金具は、まだ寝台の横に残っています。鳴らしても、誰も来ない。アンナはそう言いました。あの子がそう言った意味を、わたくしはまだ考えています。けれど、この頁で書くべきなのはアンナのことではありません。アンナのことを書き続けると、また手首の布のことまで書かなければならなくなります。
今日は、ミレーユのことを書きます。
ミレーユは昔から、転びやすい子でした。そう書くと、また誰かに冷たいと言われるのでしょうか。けれど、これは悪口ではありません。事実です。ミレーユは小さな段差でも裾を踏み、庭の小道でも石につまずき、廊下の角でよく肩をぶつけていました。王宮の床はよく磨かれていて、屋敷の階段よりずっと滑ります。あの子が宮廷に出るなら、誰かが足元を見るよう教えてあげなければなりませんでした。それが、わたくしだっただけです。
大階段のことを書こうとすると、どうしても言葉が遠回りになります。わたくしは隠しているのではありません。ただ、あの場所は思い出しにくいのです。赤い絨毯、金の手すり、白い手袋、足音、吸い込まれるような階段の下。思い出すものが多すぎると、どれから紙に置けばよいのか分からなくなります。けれど、今日は書きます。
屋敷の大階段から、絨毯が外されました。午前の遅い時間でした。荷運びの者たちが何度も上り下りするため、汚れないように外すのだと家令が説明しました。赤い絨毯が巻かれていくと、その下から古い木の段が現れました。わたくしは、あの階段をこんなふうに見たことがありませんでした。いつもは柔らかい赤に覆われ、足音も吸い込まれるようだったのに、木肌をさらした階段は、思ったより細く、固く、冷たく見えました。
手すりの下の金具に、細い傷が残っていました。誰かが爪を立てたような、短い筋でした。荷運びの者がつけたのかもしれません。古い傷かもしれません。屋敷は長く使われてきましたから、階段に傷のひとつやふたつあるのは当然です。それなのに、わたくしはしばらく、その傷から目を離せませんでした。
ミレーユが屋敷へ来たのは、わたくしが十五の頃でした。遠縁の男爵家の娘で、父の判断により、しばらくヴァンクリーフ家で行儀作法を学ぶことになったのです。血のつながりは遠いのですが、屋敷の者たちは、いつしかあの子を妹のように扱うようになりました。妹のように。その言い方を嫌がった人はいなかったはずです。少なくとも、表では誰も言いませんでした。
ミレーユは、最初から皆に可愛がられました。声が小さく、すぐ目を潤ませ、失敗すると両手を胸の前で握る。そういう仕草は、大人たちの庇護欲を誘うのでしょう。お父様も、ミレーユが挨拶を間違えると、厳しく叱るより先に『慣れないうちは仕方がない』と言いました。わたくしが同じ年頃に礼を間違えたときは、そうは言われませんでした。これは恨みではありません。ただ、思い出しただけです。
わたくしは、お姉様なのだから、とよく言われました。泣かないこと。先に譲ること。下の子を導くこと。間違いを正すこと。ミレーユが屋敷に来てからは、その言葉がさらに増えました。あの子は慣れていないのだから。あの子は緊張しているのだから。あの子はあなたを慕っているのだから。だから、わたくしは導きました。朝の挨拶も、食卓の席順も、舞踏会での視線の置き方も、扇の閉じ方も、階段を降りるときの裾の扱いも。ミレーユはいつも、泣きそうな顔で聞いていました。わたくしは、その顔を見るたび、もっと優しく言えば伝わるのか、もっとはっきり言えば覚えるのか、考えました。
結局、どちらでも同じでした。あの子は、わたくしの前ではいつも息を詰めているようでした。
ある日の昼、わたくしはミレーユを大階段へ連れていきました。王宮の夜会に出る前に、階段の降り方を見ておく必要があったからです。屋敷の大階段は、王宮ほど広くはありませんが、裾さばきの練習には十分でした。わたくしは『足元ばかり見てはだめよ。前を見るの。けれど、裾は踏まないように』と教えました。ミレーユはうなずきました。うなずきましたが、足は動きませんでした。階段の途中で立ち止まり、両手でドレスの横をつかんだまま、下を見ています。淡い黄色の練習用ドレスでした。あの子には明るすぎる色でしたが、動きを見るには都合がよかったのです。
わたくしが『ミレーユ』と呼ぶと、あの子は肩を揺らしました。その反応が、わたくしは少し苦手でした。呼んだだけで怯えたように見えるのです。まるで、わたくしが何か怖いもののように。わたくしは『そんな顔をしないで。あなたのために言っているのよ』と言いました。ミレーユは小さく『はい』と答えました。返事はしました。けれど、次の一段を降りる足がまた止まりました。裾の端が金具にかかっているように見えました。実際にかかっていたかどうかは、今となってはよく分かりません。けれど、あのときのわたくしにはそう見えました。
だから、手を伸ばしました。
ミレーユは、わたくしの手を見ました。その顔だけは、今も覚えています。驚きとも、恐怖とも、怒りとも違う顔でした。息を吸う前の顔です。声になる前の顔です。何かを言おうとして、言うより先に体が引いた。そんな顔でした。次の瞬間、ドレスの裾が揺れ、ミレーユの靴が赤い絨毯の上で滑りました。
ここから先は、書き方に迷います。わたくしの手袋には、あの子のドレスの細い糸が絡んでいました。これは、手を伸ばしたときに触れたからでしょう。助けようとしたのですから、触れていても不思議ではありません。けれど、その糸を見たとき、周りの者たちが妙な顔をしたことは覚えています。ミレーユは階段の途中で膝を打ち、数段下まで滑りました。大きな怪我はありませんでした。医師もそう言いました。足首をひねり、膝を打ち、しばらく階段を怖がるようになっただけです。
だけ、という言葉が冷たく見えるなら、どう書けばよいのでしょう。死んでいない。骨も折れていない。歩けるようになった。踊れるようになった。今も殿下の後ろに立てる。それなのに、皆はあの出来事を、まるで取り返しのつかない傷のように扱います。
わたくしは、手を伸ばしたのです。そのことを、どうして誰も信じてくれないのでしょう。
階段の金具の傷を見ていると、廊下の向こうから話し声が聞こえました。ミレーユの声でした。昨夜とは違う声でした。もっと軽く、息が混じっていない声です。わたくしが知っているミレーユの声は、いつも細く震えていました。返事をする前にためらい、わたくしを見る前にうつむき、言葉の終わりが消える。けれど、廊下の向こうから聞こえた声は、そうではありませんでした。
わたくしは、階段の途中で立ち止まりました。見ようとしたわけではありません。ただ、声が聞こえた方を向いただけです。吹き抜けの下、玄関ホールの端に、ミレーユがいました。そばには、アルベルト殿下と、お父様と、家令がいました。わたくしの出立に関する話をしていたのでしょう。ミレーユは、笑っていました。大きな笑いではありません。声を立てるようなものでもありません。けれど、たしかに笑っていました。目元がやわらぎ、肩の力が抜け、両手は胸の前で握られていませんでした。あの子は、自分の手を自分の横に置いたまま、殿下の言葉に小さくうなずいていました。
わたくしは、その顔をしばらく見ていました。あの子が笑うところを、見たことがなかったわけではありません。もちろんあります。贈り物を渡したとき。庭で花を摘んだとき。お父様に褒められたとき。けれど、わたくしの前で笑うミレーユは、いつも少し申し訳なさそうでした。笑ってよいのか迷っているような顔でした。そのときのミレーユは、迷っていませんでした。
ただ、息をしていました。
それがなぜか、わたくしにはひどく奇妙に見えました。階段を降りる靴音に気づいたのか、家令がこちらを見ました。次にお父様が見ました。殿下が少しだけ体の向きを変え、ミレーユもこちらへ顔を向けました。ミレーユの笑みは消えました。あまりにも早く。まるで、窓を閉めるように。
わたくしは、階段の途中で立ち止まったまま、あの子に『ミレーユ』と声をかけました。ミレーユの手が、また胸元へ上がりました。さきほどまで横にあった手です。力の抜けていた指です。それが、わたくしの声で、またリボンを握りました。おかしなことです。わたくしは、名前を呼んだだけなのに。
ミレーユは『お姉様』と言いました。久しぶりに、そう呼ばれた気がしました。正確には、何度も呼ばれていたのかもしれません。ただ、昨夜から今日にかけて、わたくしの耳には、その呼び方が遠く感じられていたのです。わたくしは『具合は、もうよいの』と尋ねました。ミレーユはすぐに答えませんでした。殿下を見ました。殿下は何も言いませんでしたが、一歩だけ、あの子のそばに立ちました。昨夜と同じです。いつの間に、殿下はあの子の前へ立つことに慣れてしまったのでしょう。
『はい。歩けます』
『そう。よかったわ。階段も、もう怖くないのね』
そう言った瞬間、ミレーユの顔が少しだけ白くなりました。わたくしは、失敗したと思いました。階段の話を出すべきではなかったのでしょう。けれど、悪気があったわけではありません。目の前に階段があり、わたくしはその途中に立っていて、あの子はかつてここで転んだ。それだけのことです。わたくしが『ごめんなさい。怖いことを思い出させたわね』と謝ると、ミレーユは首を振りました。小さく、けれどはっきりと。
『お姉様は、いつも謝ってくださいます』
その言葉は、優しいものに聞こえるはずでした。けれど、ミレーユの声は優しくありませんでした。責めてもいません。泣いてもいません。ただ、疲れていました。まだ若い娘の声ではなく、長く息を止めていた人が、ようやく少しだけ空気を吸ったような声でした。
『謝れば、私がもう何も言えなくなることも、ご存じでした』
わたくしは、階段の手すりに指を置きました。木は冷たかったです。
『そんなつもりはありません』
『お姉様は、いつもそうおっしゃいます』
ミレーユは、胸元のリボンから手を離そうとして、離せませんでした。指が布を握ったままです。それを見て、わたくしは言いたくなりました。そんなふうに握ると、しわになるわよ、と。けれど、言いませんでした。言えば、また皆があの顔をするからです。
『わたくしは、あなたを傷つけたかったわけではないわ』
『分かっています』
ミレーユは、すぐに言いました。早すぎる返事でした。考える前に出た言葉のようでした。
『お姉様は、私を傷つけたかったのではありません。ただ、私をお姉様の思う形にしたかっただけです』
わたくしは、何も言えませんでした。
ミレーユは、はっとしたように口元を押さえました。言ってはいけないことを言った、という顔でした。お父様が眉を寄せ、殿下が少しだけミレーユを見る。けれど、誰も彼女を叱りませんでした。誰も、です。あの子がわたくしにあんなことを言ったのに、誰も叱りませんでした。そのことの方が、わたくしにはこたえました。
わたくしは『ミレーユ』と、もう一度呼びました。声が少し硬くなっていたかもしれません。そうでなかったかもしれません。自分の声は、自分では分かりにくいものです。
『あなたは、わたくしが怖いの』
ミレーユは答えませんでした。答えないことが答えになる場合もある。そういう言葉を、どこかで聞いたことがあります。けれど、それは物語の中だけの話だと思っていました。現実の人間は、聞かれたことに答えるべきです。特に、姉のように世話をしてきた相手には。
わたくしは、階段を一段降りました。ミレーユの肩が、目に見えて震えました。殿下が、あの子の前に立ちました。お父様が『セレスティア』と、わたくしの名を呼びました。短い声でした。怒鳴ったわけではありません。けれど、それ以上降りるな、という意味だと分かりました。わたくしは足を止めました。階段の途中にいると、下にいる人たちの顔がよく見えます。誰も、わたくしの味方の顔をしていませんでした。
お父様まで。
そう書くと、子どものようですね。けれど、そのとき本当にそう思いました。お父様まで、と思ったのです。
ミレーユは、殿下の背の向こうで、深く息をしました。それは、昨夜の白薔薇の間で聞いたような浅い息ではありませんでした。苦しくて吸う息ではなく、自分の体を取り戻すような息でした。わたくしは、その音が嫌でした。嫌でした、と書いてしまいましたね。消した方がよいでしょうか。
いいえ、消しません。
これくらいは、正直に書いてもよいはずです。わたくしは嫌でした。ミレーユが、わたくしから離れた場所で楽に息をするのが。わたくしの言葉が届かない場所で、あの子が肩の力を抜くのが。それは、姉として当然の寂しさです。そうでしょう。
ミレーユは、殿下の背から少しだけ横へ出ました。わたくしは、彼女がこちらへ来るのだと思いました。誤解を解くために。昨夜のことを謝るために。階段のことを、もう大丈夫だと言うために。けれど、ミレーユは近づきませんでした。
『お姉様』
彼女は、階段の下からわたくしを見上げて言いました。
『私は、お姉様の優しさから逃げたかったのです』
優しさから、逃げる。
その言葉は、すぐには意味を結びませんでした。優しさとは、人を包むものです。守るものです。迷う人を導き、間違える人を正し、泣く人を立たせるものです。逃げるものではありません。ミレーユは、もう一度リボンを握りました。それでも、今度は目を伏せませんでした。わたくしの顔を見ていました。あの子がこんなふうにわたくしを見るのは、初めてだったかもしれません。その目には、怒りも、勝ち誇りもありませんでした。
だからこそ、わたくしは返事に困りました。
悪意があれば責められます。嘘があれば正せます。未熟なら教えられます。けれど、ミレーユはただ、疲れているようでした。疲れて、ようやく言うべきことを言った人の顔でした。殿下が、静かにミレーユのそばへ戻りました。お父様は何も言いませんでした。家令は、目を伏せていました。
わたくしだけが、階段の途中に残されていました。
そこで初めて気づきました。わたくしは上にいて、ミレーユは下にいる。いつも、そうだったのでしょうか。いいえ。違います。ただ、そのとき階段の途中にいたから、そう見えただけです。位置の問題です。深い意味などありません。何でも意味にしてしまえば、人は階段すら罪にできるでしょう。
それでも、手すりの傷は、まだそこにありました。短い爪痕のような筋です。誰がつけたものかは分かりません。古い傷かもしれません。ミレーユのものとは限りません。けれど、あの子の指先は昔から弱く、爪もすぐ割れました。そういうことまで思い出してしまう自分が、少し嫌になります。
わたくしは、部屋へ戻りました。その途中で、何度か振り返りそうになりました。けれど振り返りませんでした。振り返れば、ミレーユがまた殿下のそばで息をしているところを見ることになるからです。部屋に戻ると、机の上にこの手帳がありました。わたくしは、しばらく何も書けませんでした。
妹は昔から、転びやすい子でした。
そう書いてみて、少しだけ安心しました。あの子が転んだのは、あの子が転びやすかったからです。あの子が怖がったのは、怖がりだったからです。あの子が逃げたかったのは、誰かにそう思い込まされたからです。
そうでなければ、わたくしは何をしてきたことになるのでしょう。
信じてください、わたくしを。
わたくしは、ミレーユを壊したかったのではありません。ただ、正しくしてあげたかっただけなのです。




