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第45話:刹那を、永遠に……

 湯上がりの熱を静めるように、ユキは自室の窓際で夜風に当たっていた。ぼんやりと暗がりが広がる外を見つめながら、先ほどテンカピの口から出た『神樹』の存在を探す。

 しかし、窓から見渡せる限りでは、それらしき大木は見当たらない。


 『神樹』が無い理由。そして、自身のスキル【女神の奴隷】とその代償について思いを巡らせていると――

 扉を控えめに叩くノックの音が、静かな室内に響いた。


「ユキ、帰るなり部屋に引きこもってどうしたの?開けても大丈夫?気まずくならない?」


 ユキは急いで扉を開けた。

 そこには、テンカピが作ってくれたペアルックの服を着たセツナが立っていた。


「あら、そんなに慌ててどうしたの?見られて困ることでもしていたのかしら」

「思春期はとうの昔に卒業してますよ……どうかしましたか?」


 セツナはユキの返答を流すように部屋へと足を踏み入れると、当然のような顔でベッドの端に腰掛けた。


「なによ。私に聞きたいことがあると思って、わざわざ来てあげたのに」

「……そんなに顔に出ていましたか?」


 ユキは苦笑いを浮かべつつ、部屋の椅子を引き寄せて腰を下ろした。


「アテナ様を見送りに出たときから、挙動不審なくらいキョロキョロしていたわよ」

「……申し訳ありません。テンカピさんに気になることを言われまして」

「……残念なことに、あなたが破壊した裏山はまだ、直っていないわよ」

「……まぁ、それも気にしてはいますし、反省もしていますが、裏山ではなく『神樹』についてです」

「……テンカピに聞いたのね」


 セツナは深刻な顔をして、語りだした。


「……あのね、ユキ。『神樹』はね、世話をするのが面倒になったから、放置してたら枯れちゃったのよ。だから、あなたが気にする必要はないわ」


 彼女は、どこか視線を泳がせながら、この話はもう終わりとばかりにベッドの下を漁り始めた。

 脳裏に、テンカピの問いがよぎる。『【女神の奴隷】の代価は、誰が支払ったのか』。ベッドの下を探る彼女の指先が、わずかに震えているのが見えた。


 ユキは、その態度から【女神の奴隷】の代償に『神樹』が使われたことを悟った。


 そして、彼女の隣に座り直した。

 ベッドの下を漁る細い手首を優しく掴み、少しだけ身体を抱き寄せて、正面から目を合わせた。


――彼女が望む限り、共に歩み続けようという願いを込めて、ユキは静かに告げた。


「それなら、今度は僕が世話をするので、もう一度育てませんか」

「……それも悪くないわね。じゃあ、まずは『神樹の苗』を手に入れないといけないわ」


 そう呟くと、セツナは照れくさそうにユキの手をそっと払い、逃げるようにベッドの下へと潜り込んだ。


「なんかこの辺にある気がするわ!」

「……セツナ様、出てきてください。そこには、埃しかありませんよ」

「つまんないわね……もう少し探してみるから、あんたは、夕飯を温めておいて。冷蔵庫に肉じゃががあるわ」


 セツナが自分のために作っておいてくれたことに、ユキは思わず笑みをこぼした。


「作ってくださったのですね、ありがとうございます」

「アテナ様と2人で作ったんだから、感謝しながら温めるのよ」

「そうなんですね。すいません、お手数をおかけしてしまって……」

「気にしなくていいわよ。ほら、早く行きなさい」


 ベッドの下から飛び出しているセツナの足が、追い払うようにパタパタと揺れる。


「では、失礼しますね」


――

 ドアを閉め、ユキの足音が遠ざかっていくのを確認してから、セツナはゆっくりとベッドの下から這い出てきた。


「やっと行ったわね……急に抱き寄せるのは、勘弁してほしいわ」


 火照った頬と耳まで紅く染まった顔を冷ますように、彼女は窓を開け、夜の冷気に顔を晒した。

 夜風は頬の熱を奪っていくのに、掴まれた手首に残る熱だけは、いつまでも消えてくれなかった。そっと反対の手で包み込む。


「『神樹の苗』……ね。時期的には、もう少し先かしら」


 そっとベッドに腰を下ろし、ユキが座っていた布団を懐かしそうに撫でる。

 女神に成る前――今となっては、遥か昔のようにも思える記憶が蘇る。


 無機質な病室のベッドの上。死期を悟り、ただ彼を見送ることしかできなかった日々を。ベッドの脇の椅子に腰掛けていた彼が、毎回握ってくれていた手の温もりとともに。


『こんな、いつ死ぬかも分からない女とは早く別れて、もっと良い人を見つけなさい』と強がって突き放した自分に、彼がくれた言葉を……


 泣きそうなのを必死に堪えて、それでいてふざけるような変な表情を浮かべて、彼は馬鹿みたいに言い放ったのだ。


『君は選ばれし者だから、病気は必ず治る。なぜなら――僕のエクスカリバーは、君だけを選んだのだから』


「……本当に、優希(ユキ)は馬鹿なんだから」

(下ネタに逃げて誤魔化そうとしたあの言葉が、どれほど私の救いになったか、あなたはきっと分かっていないわ。)


「女神に成って、本当に再会できるなんて……。まぁいいわ。次は、生きる時も死ぬ時も一緒。2人で必ず生き残るわよ」


 台所の方から、かすかにユキの呼ぶ声が響いてきた。


「セツナ様!温め終わりましたよ!」


 静かに一度目を閉じ、いま胸を満たす愛おしい幸福感を噛み締めてから、意識を切り替える。


「分かったわ!今から行くわよ〜!」

ここまで【土下座で転生拒否】をお読みいただき、本当にありがとうございました。

土下座から始まったこの物語も、ここで一区切りとさせていただきます。


日々作品を開き、静かに見守ってくださる皆様の存在が、何よりの支えであり、執筆の大きな原動力でした。深く感謝申し上げます。


もし少しでも心に残る場面や、楽しんでいただけた瞬間がございましたら、ページ下部の【★★★★★(ポイント評価)】や【ブックマーク登録】にてお気持ちを届けていただけますと、大変励みになります。皆様からの温かいお声が、次へ歩むための大きな自信となります。


【今後の活動・続編について】

現在、仕事がかなり多忙を極めておりますため、誠に勝手ながら、しばらくの間投稿をお休みさせていただきます。

続きをお待ちいただいている皆様には大変恐縮ですが、どうか気長に、温かい目で見守っていただけますと幸いです。


遅くとも年末には少しずつ投稿を再開する予定ですので、またお会いできることを楽しみにしています。

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