↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王なき国の王――五十一歳のヴァイキング王、異世界で国を獲る  作者: Lambzono


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/12

第9話 船を連れて帰る

 怪我をした男は、工廠の入口で医者を待っていた。裂いた上着を腕に巻き、船長が持ってきた水を飲んでいる。


「帆を扱っていたのは、お前か」


 ニコラスが訊くと、男は頷いた。


「いつもと同じように逃がした。なのに、まだ張るんだ。船が傾いて、索へ手を伸ばしたところで柱にぶつかった」


 船長は背後の焼け穴を見上げた。


「下ろすより先に煙が出た。隣の船にぶつかりそうになって、機関で沖へ出したんだ。そこで帆が緩んだ。あとは機関だけで戻った」


「ベルナールの時も、逃がそうとして索が切れた」


 ニコラスが言った。


「だが、こっちは誰にも襲われていないんだな」


「来たのは港の小艇だけだ。門も壊れたから戻せと言われた。出る時に鐘は聞こえていたが、帆を下ろす方で手いっぱいだったよ」


 医者が来ると、船長は話す場所を空け、ハーラルたちを船へ上げた。


 船尾には長い木箱があった。蓋を開けると、濡れた金具を留めた板が入っている。重ねられた補修片の縁が黒く焼けていた。


「取り替えた門の部品だ。ここの工廠へ運んでくれと頼まれた。俺の船も見てもらうからな」


 ハーラルは舷側へ手を掛け、膝を深く曲げないよう腰を下ろした。


「水を止める物が、焼けるのか」


「術を仕立ててある所だよ」


 アヴィが隣へ寄った。


「水の力を受けて、逃がす。帆と似たことをするんだ」


 船を襲う者なら、乗り込んでくる。だが、この船には誰も上がっていなかった。ハーラルは帆の穴と、箱の中の黒い縁を見比べた。


 クレメンスは、下ろされた帆の焼けていない部分を確かめていた。箱へ来ると、補修片を見てからドミニクを呼んだ。


「水門を扱う人にも見てもらいたい。帆の仕立ても、まだ働く所が残っています」


 呼ばれた職人は部材を持ち上げ、裏の金具を調べた。


「小さい門なら入れられる。試し用の水槽を空けてもらおう」


「また焼くのか」


 船長が訊いた。


「水も風も、少ししか受けません。張り方が変われば止めます」


 クレメンスが答えると、船長はドミニクへ顔を向けた。


「沖へ出すなら、曳く船も要る」


「こちらで出そう。門を直して、また同じことが起きても困る」


 船長は怪我人のいる方を見た。


「あいつは使わんぞ」


「別の人に頼みます」


 その返事を聞いて、ようやく頷いた。


 *


 翌朝、桟橋に小さな水槽が据えられた。


 桶から注いだ水が底の溝を通り、取り付けた門へ寄っていく。脇には水を逃がす口があり、その先に空の槽が置いてあった。


 ハーラルは損傷船へ上がった。帆は低く揚げ、船長が索のそばに二人を置いている。前には、船を曳くためにアヴィの青い船がいた。ニコラスも、そちらから見ていた。


 最初は帆だけを働かせた。


 代わりの扱い手が掌を当てると布が膨らみ、手を下へ送れば風が抜けた。昨日、隣の荷船で見たのと同じだった。


 次に、岸の職人が門へ手を当てた。水が面の前で留まる。


「同じ強さで、もう一度」


 クレメンスの声で帆が膨らんだ。


 岸の職人が部材をわずかに傾けると、帆の下から斜めに皺が走った。ハーラルの上着を撫でる風は変わらなかった。それでも布だけが深く張り、柱から細い音がした。


「門を戻して」


 皺が浅くなった。


 扱い手は掌を動かしていない。


「俺は、何も変えてないぞ」


「そのまま。門を止めます」


 水が脇の槽へ流され、普通の板が差し入れられた。扱い手が掌を下へ送ると、帆から風が抜けた。


 ハーラルは岸を見た。門から船へ繋がる綱はない。


「門を動かすと、帆も変わるのだな」


「今のは、そう見えました」


 クレメンスは船長へ帆を下ろすよう頼んだ。


「休ませてから、離してみたい」


「ベルナールも、これを止めようとしたんじゃないのか」


 前の船からニコラスが呼んだ。


「同じかは、あちらの帆を見ないと分かりません。ただ、この帆は扱う人を替えても変わりました」


 青い船の窓から、アヴィが顔を出した。


 ハーラルが頷くと、機関の音が始まった。曳き索が水から持ち上がり、二隻は工廠船の脇を離れた。


 近い所で一度停まり、連絡艇を岸へ戻した。門を休ませ、もう一度働かせたと知らせが来てから帆を揚げると、同じ皺が出た。


 船長はすぐに下ろさせた。


 さらに沖へ出た。アヴィが岬と工廠船の位置を確かめて停まり、連絡艇がまた岸を往復する。


 門は働いている、と男が伝えた。


 扱い手が帆へ掌を置いた。


 布は風を受けたが、斜めの皺は出なかった。手を下へ送ると、膨らみが浅くなり、そのまま風が抜けた。


 船長は船の街を振り返った。


「沖へ出したのが、よかったのか」


「帆を下ろそうとしたこともです。どちらが先に利いたかまでは言えません」


 クレメンスが答えた。


 船長は額を拭い、索を持つ者へ声を掛けた。帆が甲板へ落ちるまで、今度は柱も鳴らなかった。


 ハーラルは遠い工廠船を見ていた。力を掛けて支えようとすれば、余計に張ることもある。船の上でそれを知らずに働いた男が、腕を傷めたのだった。


 アヴィが舵を取り、二隻を街へ向けた。


 *


 戻った帆と門の部材は、調べるため工廠へ取り置かれた。船長は代わりの帆の相談を始め、クレメンスは柱と索を見るために船へ残った。


 ニコラスには、海中国家からの返事が届いていた。


 ベルナールは客用の街区に留められ、治療を受けて今は動けるという。船と乗員は無事か、女房には戻れないと伝えてほしいと、本人からの言葉もあった。


「船は直してる。乗員も揃ってる。女房にも知らせた」


 ニコラスはドミニクへ紙を返した。


「いつ帰すかは、やっぱり書いてないな」


「原因を調べているとある」


「今日の話を送ってくれ。別の人間でも起きた。ベルナールを置いておく理由になるのか、訊いてくれ」


「職人の報告も添える。お前は次へ出るのか」


「ああ。給金を払わなきゃならん」


「行き先を残せ。返事を回す」


 アヴィも紙を借り、姉を助けた男の名と、その船が寄る港を書いた。自分が生きて捜していることを伝えてほしいという。


 ハーラルは、その横で訊いた。


「あの港へ運ぶ荷はあるか」


「あるよ。うちに積める分より多い」


「ほかの船へ分けられるか」


 アヴィがニコラスを見た。


 ニコラスも、こちらへ向き直っていた。


「何を積む」


 *


 昼には、工廠の外の卓に荷の紙が並んだ。


 アヴィが荷主と話をつけ、箱の数と重さを示していた。青い船と白い船へ分けても、まだ重い品が残る。


 ハーラルは、昨日帆を直した荷船の船長を呼んできた。


 男は積める量を確かめてから、運賃を訊いた。濡らせない物を船底へ入れ、重い箱を先に載せる。それで引き受けられるという。


「だが、二隻の速さにはついていけんぞ」


「寄る所を合わせよう」


 アヴィが海図を広げた。船長は風が落ちた時の停泊先を一つ増やし、ようやく紙へ名を書いた。


 ニコラスは荷揚げ先を見ていた。


「ビン・ダール。あんたの知り合いか」


 ハーラルが頷いた。


「商人だ。先に便を出して、お前たちを紹介しておく。次の荷も聞こう」


「帰りの荷があると助かる。空船で戻れば、運賃を海へ落とすようなものだ」


「船大工もおる。戻ったベルナールを乗せて、また出る船を整えたいのだろう」


「仕事と、払う奴がいればな」


 ハーラルは白い船へ目をやった。


「あれが岸へ並ぶところを見たい」


「買う金でもできたか」


「お前の船も欲しい」


「売らんぞ」


「お前が舵を持って来ればよい」


 ニコラスは笑った。


「修理場まで、あんたの物みたいに言うなよ」


「まだ違う。頼む相手には会わせる」


 運賃は積む荷ごとに分け、燃料と船員への支払いはそれぞれの船で持つことになった。


 ニコラスは、ベルナールを帰す知らせが来れば迎えに行くと告げた。アヴィも、姉の消息次第で次の行き先を決める。


「今は、同じ方へ行く」


 ハーラルが言うと、ニコラスは紙を引き寄せた。


「今はな」


 話を聞きつけた別の船長は、次の島で家族が待っていると断った。ハーラルが昼の魚を勧めると、そちらは笑って受け取った。


 *


 出航までは三日掛かった。


 ニコラスは新しい帆と、代わりの扱い手を合わせた。舵を切る前に風を逃がせと言うと、男は、その速さならまだ早いと答えた。ニコラスは言い返さず、沖を指した。


「なら、一度走って決めよう」


 青い船でも部品を取り替え、荷を積んだ。リナは機関長に呼ばれるたび包みを持って下り、ヨルアンは甲板頭と箱を留めていた。


 夕方、アヴィと橋を渡ると、店から煮た果物の甘い匂いがした。薄い皮を割った中に赤い汁が滲んでいる。ハーラルは肉を包んだ方も一緒に買った。


 端から食べると、酸味のあとへ甘さが来た。アヴィは橋を渡り切る前に食べ終え、もう一つ買えばよかったと言った。


 ドミニクの船も見せてもらった。


 船腹には、人が立ったまま通れる荷の口が幾つもあった。船尾まで歩いても、船首は積荷と人の頭に隠れて見えない。


「これを岸へ寄せるのか」


「誘っただろう。空けておいてくれよ」


 ハーラルは最初の港を思い浮かべた。この腹いっぱいの荷を、あの岸へ下ろす。次の船も来る。商人と船長が自分を呼ぶ。


「先に、商人へ聞いておく」


「返事を待ってから喜ぶことにする」


 ドミニクは笑い、船員に呼ばれて振り返った。


 *


 出航の朝、ハーラルは甲板の者と索を回収した。


 白い船では、新しい扱い手が帆柱の下に立っていた。その向こうで、荷船の船長が最後の箱を確かめている。


 青い船が岸を離れた。


 白い船が続き、荷船もゆっくり船首を振った。橋を渡っていた子供が声を上げると、ハーラルは手を振り返した。


 操舵室へ入ると、アヴィは後ろを確かめていた。


「荷船が抜けるまで、このまま行くよ」


「ああ。まだ橋のそばだな」


 白い船はすでにこちらの波を越えていた。ニコラスなら、この速さでは物足りないだろう。アヴィも、機関へ掛けた手をまだ浅く置いている。


 やがて荷船が大船の陰から現れた。


 重い船首の前に白い水が広がる。アヴィが少し船を進めると、白い船も動き、三隻の間が揃った。


 ニコラスが窓から腕を出した。


 ハーラルも腕を上げた。白い船は近づいたが、追い抜きはしなかった。


「よい眺めだ」


「姉には、まず一隻を見せるつもりだったんだけどな」


「お前の船が先頭だ」


「航路を決めたのは俺だよ」


 ハーラルは笑い、甲板へ出た。


 船尾の手すりへ腕を載せると、白い船と荷船がよく見えた。三隻分の波が広がり、遠ざかる街の前で重なっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。