第10話 岸は目の前にある
港が見えた時、ハーラルは甲板へ出た。
船大工の仕事場には大きな船腹が横たわり、その先で荷を吊る腕が動いていた。屋根の間に、テルナの店へ続く道が見つかった。
帰りにも幾つかの港へ寄った。荷船の速さに合わせて岬を回り、水と燃料を買い、風の悪い日は待った。そうして戻るうちに、こちらへ来てから四月目に入っていた。
後ろの白い船で、ニコラスが窓から腕を出した。
ハーラルは船大工の並ぶ岸を指した。ニコラスがそちらへ顔を向けた時、港口から低い艇が出てきた。
「三隻とも、外で待て」
艇の男が旗を上げた。
アヴィが操舵室から顔を出す。
「荷を届けに来た。受け取る相手も決まってる」
「デグラムだな。入る前に話を聞く」
艇の後ろには、砲を据えた船がいた。
アヴィは舵を取る男へ指示を出し、三隻を沖の待機場所へ向けた。錨を下ろす間に、大きな商船が港口へ入っていった。警備艇は、その船には道を空けた。
*
「俺は、あんたたちの争いに来たんじゃない」
青い船へ渡ってきた荷船の船長が言った。
「荷を下ろして、次の仕事をする。ここで待つ話は聞いていない」
「俺の船だけ止めるなら、二隻は入れろと言ったんだけどね」
アヴィは岸を見た。
港から来た小艇には、ビンの使いが乗っていた。便は届き、倉も荷役も用意してある。ただ、倉の前へ船をつける許可が出ないという。
「ビンは、ほかの岸へも当たってる。荷を返すつもりはないと伝えてくれと言われた」
使いと一緒に来た武装の男が、ハーラルへ顔を向けた。
「デインが会いたいと言っている」
「どこで」
男は港口の内側の船を示した。
「面会に来た者は戻す。あんた一人なら、剣も持っていていい」
「帰りも、お前の艇だな」
「そうだ」
「なら、行こう」
アヴィが低く言った。
「俺の船を取った側だぞ」
「俺に用があるのだろう。まず話を聞く。お前は、こいつの約束を覚えておけ」
男にも聞こえる声で答え、ハーラルは小艇へ下りた。
*
デインの船では、荷を積む台車が渡り板を行き来していた。
操舵室脇の屋根の下に、広げた紙を押さえている男がいた。向かいの船長へ、水を積む順番と護衛の合流場所を伝えている。
「向こうの船は来るんだろうな」
「昨日、船長と話した。来なければ俺に言え」
船長が紙を巻いて出ていくと、男はハーラルを見た。
「デイン・ロッサだ」
「俺を知っておるのか」
「俺の船へ剣を抜いた男だ。名前ぐらいは聞く」
椅子を勧められ、ハーラルは腰を下ろした。そこから港口が見えた。艇が次の商船へ寄り、短く話して通している。
「三隻とも、荷を運んできた」
「ビンの倉へ入れる分だな。荷主の話も、船ごとの荷も確認した」
「なら、岸へ寄せればよい」
「デグラムには、まだ請求が残っている」
デインが紙を引き寄せた。
「取った布と酒、怪我をした船員の治療代だ。船を持って逃げれば終わりではない」
「アヴィに見せる。ほかの二隻は、お前の荷を奪っておらん」
「白い船には、海中国家から調査の照会が来ている。ここの窓口へ届いた分を、警備側にも回してもらった」
「荷船には何がある」
「何もない。俺の桟橋へつけ、俺の荷役で下ろすなら入れる」
「ビンが用意した岸は使わせんのか」
「そこの警備も俺が請けている。受け入れる船と仕事はこちらで決める」
ハーラルは卓へ肘を載せた。
「確認は済んだのだな」
「ああ。だが、三隻まとめて受け入れる便にはしない。船ごとに、こちらと荷揚げの契約を結べ。荷船には次の仕事も出せる」
デインは費用の紙を押し出した。
「船を外に残すなら、小艇で荷だけ運ぶこともできる。今日にも出そう」
ハーラルは空いた岸を見た。荷を動かす道はある。ただ、最後のところで、この男の手を通る。
「俺が連れてきた船まで、使いたいのか」
「使える船ならな」
デインはハーラルの肩と腰の剣を見た。
「こちらの男を退けたそうだな。銃を向けられても引かなかった」
「撃たれん方がよいとは思ったぞ」
「そういう男が護送には要る。甲板に立つ者を任せたい」
港で笛が鳴った。デインは戸口の男へ、先ほどの船を通すよう言ってから話を戻した。
「デグラムの速い船も使えるなら、追う仕事ができる。稼ぎから払う物を払えばいい。修理が要る時には、俺が順をつける」
船を動かす男だった。荷と水の行き先を知り、人を呼べば返事が来る。自分の腕を買う目もある。
ハーラルは、窓の向こうの三隻へ目をやった。
「俺が船長を呼んで来ても、お前が入れるかどうか決めるのだな」
「守る船を選べなければ、警備の仕事にはならん」
「俺には選ばせんか」
「誰を守るかは相談できる。入口は渡せない」
デインは少し口元を緩めた。
「船長じゃないと聞いた。あいつの船に乗って、何をしたい」
「船を集めたい」
「なら、仕事を出す側を知った方がいい」
「今、見ておる」
ハーラルは立った。
ここで働けば、仕事を得られる。だが、誘ってきた船長には、この男の条件を説明することになる。
「請求と費用の紙を持って帰る」
「仕事の返事も寄こせ。長くは空けておけん」
戻る小艇の脇を、水樽を積んだ艇が通った。デインの船へ向かっていた。
*
アヴィは請求を読み、治療代のところで指を止めた。
「額と内訳は確かめる。けど、俺が荷を奪って、怪我をさせたことまで消す気はないよ」
荷船の船長は、荷揚げの費用を見て顔をしかめた。ビンと直接相談したいと言い、紙を返した。
ニコラスが海中国家の照会について訊いたところで、また小艇が来た。
乗っていた男はニコラスを呼び、甲板へ上がった。
「昨夕、港の窓口へ来た。あなたへの返答と、外航調査の通知を預かっている」
「ベルナールを帰すのか」
「本人はまだ調査中だ」
ニコラスは口を閉じた。男が紙を出す。
「船団国家での試験の報告は受けている。次の調査航海で、あなたの船も確かめたい。替えた帆と、今の扱い手を調査に出してもらう」
「旧い帆もベルナールも、そっちが持ってる。船を見るなら、ここへ来い」
「船上で十分に調べられない場合、扱い手にはこちらの船へ移ってもらう」
「今いる男は、一航海だけで雇った。俺が向こうへ渡す約束までできると思うか」
男は返事をせず、通知の一箇所を示した。
ハーラルはニコラスの隣へ寄った。
「別の人間が扱っても異常は起きた。門を止めるか、沖へ離すと戻った。その報告も読んだのだな」
「実船で照合する」
「人を下ろさねばできんことなのか」
「調査の手順は、こちらでは変えられない」
「返事は書く」
ニコラスが言った。
「船は見せる。乗員を勝手に下ろすことには同意しない。先にベルナールを帰せ」
アヴィが操舵室から出てきた。
「指揮官の名を聞かせてくれ」
「マレイナ・エスヴァルトだ」
アヴィは戸口に立ったまま、男を見た。
手にしていた請求の紙が、風で一度鳴った。
「……もう一度、言ってくれ」
男が名を繰り返すと、アヴィは近づいた。
「その人に会えるか」
「本隊はまだここへ来ていない。この沿岸へ出る調査航海を予定している」
「寄る日が決まったら知らせてくれ。俺はアヴィ・デグラム。昔、エスヴァルトの家で暮らしていた。マレイナは姉の名だ」
男は筆記具を出しかけ、顔を戻した。
「指揮官の身内なのか」
「別れた時、俺は八つだった。それから会っていない。生きて向こうの親族へ引き取られたと聞いた。二年前にも、俺を捜していたそうだ」
アヴィは息を継いだ。
「俺がここにいると伝えてくれ。会って、確かめたい」
男は名と用件を書き留めた。次の寄港先の窓口へ送り、そこから本隊へ渡すという。アヴィは返事をこの船へ回すよう頼んだ。
小艇が離れると、ニコラスが白い船へ目を向けた。
「会いたいだろうな」
「ああ。家の名まで同じだった」
「俺は、ベルナールを帰してもらう」
「会えたら、俺からも言う。今いる男まで連れていく話にはしない」
「そいつにも話を聞いてくれ。船長同士で決めていいことじゃない」
「そうだな」
アヴィも白い船を見た。代わりの扱い手が帆柱の下に立ち、遠ざかる艇を見送っていた。
*
荷船の船長は、ここで待つなら引渡し先の変更を荷主へ相談すると告げた。
「明日の昼まで、待てるか」
ハーラルが訊いた。
「入れるのか」
「ビンと、岸を持つ者に会う。下ろす道と費用は、そこまでに返事をする」
船長は静かな錨索を見た。
「明日の昼だ。それで決まらなければ動く」
「承知した」
小艇を用意させる間に、ニコラスが白い船から戻ってきた。
「今の扱い手は、俺の船でなら話すと言ってる。向こうの船へは移らん」
「その返事を送るのだな」
「ああ。調べさせるにも、船を置ける岸が要る。帆を外されて沖に残されたら、また出るのも向こうの艇を待つことになる」
ハーラルは頷き、操舵室へ入った。
アヴィはビンへの紙に、請求と費用を添えていた。
「護送の仕事は、どうするんだい」
「まだ返事はしておらん。仕事は欲しい。あいつの船も欲しい」
「本人に言ったかい」
「そこまでは言っておらん」
アヴィが少し笑った。
ハーラルは、後ろの二隻へ目を戻した。
「俺が誘った船を、あいつの許しを待たせるために連れてきたのではない。俺の岸へ迎えたい」
「まだ、あんたの岸はないぞ」
「だから、取りたい」
アヴィは紙を折って渡した。
「俺の船は、勝手に賭けないでくれよ」
「お前に決めてもらう。今は、二隻を岸へ迎える話だ」
「三隻だよ。うちも補給したい」
ハーラルは笑い、小艇へ下りた。ガルドンに顔を見せたいというヨルアンも乗った。
警備艇に荷主へ会いに行くと告げて、岸へ向かった。
荷車の音が聞こえてきた。別の桟橋では船から箱が下ろされ、そのあとへ水樽が運ばれている。
ビンの倉の前には、船がいなかった。
荷を吊る索の下で二人の男が待ち、空の荷車を横へ寄せていた。一人がこちらを見て立ち上がったが、ハーラルたちしか乗っていないと分かると、沖へ顔を向けた。
「船は、まだか」
「まだだ」
ヨルアンが投げた索を、男が受けた。
ハーラルは石の岸へ上がった。足の下に、久しぶりの硬さがあった。倉の戸は開き、箱を置くための板まで敷かれている。
振り返ると、三隻は外にいた。
「ビンは、どこにおる」
「倉の奥だ。あんたたちを待ってる」
ハーラルは空いた岸をもう一度見てから、倉へ向かって歩きだした。




