第11話 船を迎える手
ビンの倉には、箱を並べるための板だけが敷かれていた。
「三隻で来たと聞いて、場所を空けたんだぞ」
ハーラルが渡した紙を読み、ビンは荷揚げの費用を指で追った。
「船ごとに契約を結び直して、向こうの荷役で下ろす。これじゃ、船長と俺が決めた値段の外に、もう一人入ってくる」
「お前も、この岸を使いたいのだな」
「借り賃は、船が来なくても払う」
入口からガルドンが入ってきた。ヨルアンを見つけると、肩を叩いた。
「戻ったか。船仕事はどうだ」
「荷を下ろすところまで覚えた。今、その手前で止まってる」
「そいつは、ここの連中も同じだ」
ガルドンは岸を見てから、ビンに訊いた。
「今日も待たせるのか。ほかの仕事に回ると言ってるぞ」
「明日の朝、下ろす。船は外に置いたままだ。小艇を借りる値段と、こっちの人手を数えてくれ」
ヨルアンが荷の紙を覗いた。
「重い箱は、どの船にあるか分かる。機関長と積んだから」
「なら、こいつと行け。箱を分ける時に話が早い」
ビンが紙を渡すと、ヨルアンはガルドンと外へ出た。
「小艇なら、あの男を通さずに運べるのか」
「警備の確認は要る。だが、艇も荷役も全部あいつから借りる契約は、まだ結んでない」
「止められぬか」
「そこを確かめる。荷を渡さないまま帰られたら、俺が荷主に説明するんだ」
ビンは戸口の男に、市の港務の窓口へ行くよう頼んだ。デインの費用の紙も持たせる。
「お前は、三隻とも使いたくて連れてきたのか」
「ああ。直せる岸と、運ぶ荷があれば、もっと来る」
「デインも同じことを考えてる」
「だから、あいつに全部は渡せん」
「俺の倉まで、お前に渡す話でもないぞ」
ハーラルは笑った。
「欲しい物を言う男とは、話が早いな」
「金の出る話から先にしてくれ」
「では、警備を変える話は誰にする」
ビンは卓の紙をまとめた。
「船渠へ行こう。俺だけでは船は守れない」
*
修理場では、岸へ引き上げられた船の腹に、職人が金具を合わせていた。槌の音が続く中、親方はビンの話を聞き、奥の作業台へ二人を連れていった。
港務の役人が来ていた。ビンの使いも、その隣に立っている。
「小艇での移送は通せる」
役人が言った。
「荷と荷主の確認は済んでいる。通常の警備料は払う。艇と岸の荷役は、受け取る側が手配してよい」
「デインも承知したのか」
「船を入れる許可とは別だと念を押された。岸に着いた荷は、こちらでも照合する」
ビンは費用の紙を裏返し、数字を書き始めた。
「それなら、今回の艇代は俺が持つ。売れる荷を沖へ置いておくよりいい」
荷を届ける道は開いた。だが、船を修理場へ寄せる話になると、役人は首を振った。
「今の警備の取り決めがある。三隻を通すとは、ここでは言えない」
「白い船からも、帆柱を見てほしいと便が来た」
親方が沖を指した。
「空いた場所はある。船が来なけりゃ、手はつけられん」
ハーラルは船台の向こうを見た。修理を待つ船と、船を待つ職人が、同じ港で別々に止まっていた。
「警備を請ける者を変えるには、船が要るのだな」
「船と、人と、払いだ」
役人はビンの書いた数字を見た。
「デインの護送を頼りにしている商人もいる。あいつを外せと言うだけでは、賛成は集まらない」
「レイン」
親方が作業場の奥へ声をかけた。
若い男が、舵の外された船の下から出てきた。腰に銃を下げ、袖口には油がついていた。
「バスティアン・レインだ。あの船の砲と警護の男をまとめてる。船主は俺の古い客でな」
バスティアンは挨拶を済ませると、沖の三隻を見た。
「青い船を、港口で止められたか」
「見ていたのか」
「入ってくるのを待ってた。あの速さなら、船の脇へ回るのは早い」
「使いたいか」
「遅い船を置いて走るなら、護衛にはならない」
ハーラルは男へ顔を戻した。
「荷船を通す道を作りたい。お前には後ろを見てもらう」
「後ろから来る船だけとは限らない。港の内側に砲がある」
バスティアンは作業台の空いたところへ、炭で岸の線を引いた。港口、その外の待機場所、内側の警備船。岸にいる男へ合図を送り直せば、船同士で見えない場所も伝えられるという。
ハーラルは線の上に指を置いた。
最初に逃げた時には、アヴィの船一隻が抜ければよかった。今度は、後ろを通る船のために、敵をそこへ残してはならない。
「お前の船は、いつ動く」
「明後日、舵を試す。砲弾も人も揃え直す必要がある。船主の返事もまだだ」
「俺と働かんか」
「何を任せる」
「砲と合図だ。俺は、この海の砲をお前ほど知らん」
バスティアンは炭を置いた。
「荷船を前に出して、撃ってくる場所を探らせるような仕事は受けない」
「先に出る者が要るなら、俺が出る。船長たちには、通る道を見せてから選ばせる」
「青い船の船長にも聞けよ」
「無論だ。あれは俺の船ではない」
親方が笑った。
「欲しいと言う割には、まだ持ってない物ばかりだな」
「だから、ここへ来た」
ハーラルは役人を見た。
「守る者を集めたら、この岸へ船を呼べるようにしたい。修理を待つ船も、荷を運ぶ船もだ」
「岸の持ち主と、仕事をする者の取り決めは要る。警備の払いを、入ってくる仕事から出す案なら、市会へ持っていける」
「俺が呼んだ船を、また誰かの気分で止められては困る」
「それは、あなたにも守ってもらう条件だ」
ハーラルは役人の顔を眺めた。
自分の岸に迎えるつもりで、三隻を連れてきた。その岸の者たちは、迎える相手だけでなく、迎え方についても口を出す。
「よい。条件を出せ。俺も出す」
「デグラムへの請求は、警備が変わっても消えない」
「あいつがしたことは、あいつと請求する者に話をさせる」
ビンが紙を畳んだ。
「まず、明日の荷だ。その金が動かなきゃ、護衛の話にもならん」
*
夕方、ヨルアンが小艇二隻の値段を書いた紙を持ってきた。
「朝に来る。重い箱は一度に寄せず、二隻に分けることにした」
「向こうの船員は承知したか」
「積んだ時の場所は分かるけど、下ろす順は船長に聞く。こっちの荷役にも、先に空ける場所を見てもらった」
ガルドンが、岸に積まれた材木を指した。
「あそこを片づけた。艇から上げた箱を置ける」
ビンは紙を読み、借り賃の脇へ印をつけた。
ヨルアンは、その印を見てからハーラルへ顔を上げた。
「よくやった。これで、船長に返事ができる」
「ガルドンが艇の持ち主を知ってたから」
「お前が、荷を知っておった」
ハーラルが言うと、ヨルアンは紙を巻き直した。明朝は自分も小艇で出ると、ビンに告げていた。
*
翌朝、荷船の船長は費用と移送の紙を並べて読んだ。
「俺が払う分は、元の運賃のままだな」
「艇代と岸の人手は、ビンが持つ」
「船は、まだ入れないのか」
「ああ。荷は今日、渡せる」
船長は船員を呼んだ。次の便もあるので、下ろし終えたらビンに会って出航すると言う。
ハーラルは頷いた。船員たちが覆いを外し、最初の箱を舷側へ運んだ。小艇のヨルアンが、重い方を後ろへ回すよう声をかける。
索を取ったハーラルの腕にも、箱の重さがかかった。小艇へ収まると、船腹が少し沈み、二人の男が漕ぎ出した。
港口で警備艇が寄った。
ヨルアンが紙を渡す。男は箱の数を確かめ、沖の荷船を一度見てから、道を空けた。
ハーラルは艇が岸へ向かうのを見届けた。
「岸の話は進んだか」
白い船から渡ってきたニコラスが訊いた。
「砲を使う男と会った。お前の船も見せたい」
「今いる扱い手は、戦うために雇ったんじゃないぞ」
「皆に聞く。お前にも、あいつにもだ」
アヴィも青い船から来た。岸の合図と、警備船の前をどう通るかを聞くと、潮が変わる時の流れを指した。
「ここで向きを変えるなら、機関長とも話す。速いからって、続けて同じ出力では走れない」
「姉の方は、何か来たか」
「まだ、本人へ届いたとは聞いてない。窓口には、こっちの船を見失わないよう頼んである」
アヴィは港口の外へ目を向けた。
「会いに出る道も残しておきたい」
「白い船を置いていくなよ」
ニコラスが言うと、アヴィは頷いた。
「分かってる。向こうがここへ来るなら、同じ道を使うんだ」
ハーラルも沖を見た。
帆を下ろさせようとする船団が、この沿岸へ来る。内側には、船を通さない砲がある。片方へ船首を向ければ、もう片方へ船腹を見せることになる。
「レインを連れてくる。岸から見るだけでは足りん」
*
昼前には、ビンの倉へ箱が入り始めていた。
ガルドンが岸から人数を振り分け、ヨルアンは艇に残って次の荷を受けた。ビンは数を合わせると、荷船の船長へ支払いの紙を渡した。
「次は、初めからここへつけられるようにしてくれ」
船長が言った。
「その方が、俺も安く済む」
ハーラルは、倉の前を空けて二人を通した。
修理場から、バスティアンが来た。今朝は油のついた上着を脱ぎ、折った紙を持っている。
「船主の返事が出た」
「どうだ」
「この岸へ入る商船の護衛を請ける。修理が済んで、試運転を通ったらだ。船員の分と弾代は、出る前に払ってもらう」
ビンも足を止めた。
「値段は」
バスティアンが紙を開いた。ビンは読み終えると、荷船の船長に断ってから、護衛の紙を受け取った。
「今回の売り上げから出せる。次からの払いは、岸を使う連中と決める。いつまでも俺一人にはさせるな」
「船主も、船を渡すとは言ってない」
バスティアンはハーラルへ続けた。
「護衛の間、砲と合図は俺が受け持つ。無理な命令なら、その場で言う」
「言え。だが、言っただけで帰るなよ」
「帰るために、先に言うんだ」
ハーラルは声を上げて笑った。
箱を積んだ荷車が、二人の間を通った。沖には、まだ青い船と白い船がいた。港口の砲も、昨日と同じ場所にある。
ハーラルはバスティアンと岸の端まで歩いた。
「あの砲に、こちらを向かせる。その間に、お前ならどこを通る」
男は沖を見渡し、待機している船から岸へ戻る小艇を指した。ハーラルはその先を見た。
今は、荷だけが通っていた。
次は船ごと迎えるために、二人は水の上に道を選び始めた。




