第12話 開港
岸の旗が上がった。
ガルドンが、修理場の前で振っていた。荷を吊る索は脇へ寄せられ、船を迎える場所が空いている。
「白い船、動くぞ」
ヨルアンの声で、ハーラルは沖を見た。
ニコラスの船が錨を上げていた。買い直した帆は畳んだままだ。臨時の扱い手は、今朝、小艇で岸へ送った。これからの争いには加わらないと聞き、ニコラス自身が残りの賃金を渡したという。
修理場へは、機関だけで入る。
その外側についたのが、バスティアンの護衛船だった。青い船にも、彼の警護の男が二人乗っている。
ここまでに三週間近くかかった。
荷船は仕事を終えて去り、小艇で運べる荷は運んだ。バスティアンの船は舵の試運転を終え、岸の者たちは護衛の払いを分けて引き受けた。
市会で通ったのは、修理場と倉の持ち主が別の護衛を雇う取り決めだった。デインは、港口の警備まで勝手に変えさせないと答えた。
四月目も、終わりに近づいていた。
「通す船の合図を」
ハーラルが言うと、ヨルアンが旗を上げた。バスティアンの船から返事が来る。
青い船は、白い船より先へ出た。
港口には二隻の警備船がいた。デインの船は修理場へ続く岸寄りに、もう一隻は沖寄りにいる。その間を通らなければ、白い船は岸へ届かない。
低い警備艇が近づいた。
「そこで止まれ」
「岸は受け入れる。修理に入る船だ」
アヴィが告げた。
「警備の契約が済んでいない」
「岸の者と、護衛を出す船主が決めた。書類も渡しただろう」
「デインの許可が要る。進めば押さえる」
ハーラルは、港口の砲を見た。
「白い船を通せ。俺たちとの話は、その後でもできる」
男は首を振り、艇を戻した。
アヴィが操舵室へ入った。ハーラルも続く。
「俺の船を追わせても、白い船は通れないよ。あいつは入口に残る」
「レインが沖側をどかす。その間、こっちはデインを引き受ける」
「一度前へ寄る。曲がる時には掴まってくれ」
ハーラルは柱へ手をかけた。
あの岸へ船長を誘った時、砲の前へ船を出すところまでは考えていなかった。それでも、来た者にここで戻れとは言えなかった。
「任せる」
船尾の音が深くなり、青い船が進んだ。
*
最初の砲声は、デインの船から来た。
船首の前で水が立った。飛沫が窓を叩き、アヴィが舵を切る。青い船は港口を横切り、沖へ向きを変えた。
デインは追わなかった。二隻は間を狭め、白い船の進路を塞いだ。
バスティアンの船が、沖側の警備船へ寄る。
だが、その先には岸へ戻る水樽の小艇がいた。岸の旗が横へ振られ、護衛船は砲を向けたまま撃たずに進んだ。
「待っておる」
ハーラルは岸を見た。ガルドンたちが小艇を桟橋へ寄せている。射線を空けるまで、白い船は止まっていなければならない。
「もう一度、前へ出られるか」
「次は狙ってくる」
「レインが撃つまで、こっちを見せる」
アヴィは機関へ声を送った。青い船が弧を描いて戻る。
デインの船首に、男が立っていた。こちらを見てから僚船へ腕を振り、自分の船だけをわずかに前へ出す。白い船を押さえる役は、もう一隻に残した。
ハーラルは、その船腹を眺めた。
欲しかった。あの船も、それを動かす者も。港の前に置けば、後から来る船長は遠くからでも見つけるだろう。
砲口がこちらへ動いた。
船が傾いた。
背後で砲が鳴り、ハーラルはヨルアンの肩を押して伏せた。甲板へ木片が飛び、舷の一部が裂けた。垂れた索を、乗員が急いで引き込む。
続いて、バスティアンの砲が鳴った。
岸の小艇は退いていた。護衛船は沖側から警備船へ向かい、白い船へ向いていた舷を撃っている。二発目で砲のそばの板が砕け、男たちが伏せた。
警備船は港の内側へ退き始めた。
ニコラスが船首を岸へ向ける。その前へ、デインの船が出ようとした。
「戻るぞ」
アヴィが言った。
青い船がデインの船尾へ回り、その岸側へ入った。近づけば乗り込める位置だった。相手の甲板で、砲へ弾を運んでいた男たちが銃を取りに走る。
デインの船がこちらへ向きを変えた。
その時、退いていた僚船が前を横切った。傷んだ砲を抱えたまま、岸の桟橋へ逃れようとしている。
デインの船は速さを落とした。前へは出られず、岸側には青い船、沖側には、僚船を退けたバスティアンの船がいた。
ハーラルは護衛船の砲が向くのを見た。
「離せ!」
アヴィが先に舵を切った。
青い船が船尾へ退いた直後、砲声が響いた。デインの船の後ろの舷が割れ、砲の台が傾いた。煙の向こうで人が倒れ、別の男が引きずっていく。
バスティアンの船では、次の弾が運ばれていた。
装填する間に、アヴィは船を寄せた。
「脇へつける。長くは保てないよ」
ハーラルはヨルアンと二人の警護の男を呼んだ。
「舵を押さえる。砲の方へは行くな」
ヨルアンが接舷の旗を上げた。護衛船から返事が来る。向けられていた砲が止まった。
甲板へ出ると、船尾から熱い息が流れてきた。リナが機関長に言われた桶を抱え、階段を下りていく。
沖で長い笛が鳴った。
ヨルアンが振り返った。
「白い船の後ろに、二隻!」
低い護衛船と、大きな船が近づいていた。大きな船から小艇が下ろされ、白い船へ向かっている。
「海中国家の船だ」
アヴィが操舵室から叫んだ。
ハーラルは青い船の前へ目を戻した。デインを残して離れれば、白い船は内と外から挟まれる。
「先に、こっちを止める」
警護の男が銃を撃った。相手の舷から顔を出した者が隠れる。
ヨルアンが索を投げ、青い船が船腹へ触れた。
ハーラルは縁へ体を引き上げた。煙の中で男が長い柄を突き出してきた。剣で脇へ払い、肩から押して退ける。
砲のそばには倒れた者がいた。動ける男たちも、負傷者を引き出す者と、こちらへ銃を向ける者に分かれている。
後ろから警護の男が撃った。
ハーラルは操舵室へ進んだ。ヨルアンが追ってきた男を食い止め、短く身体を強めて舷へ押し返す。息を吐きながら索の束を蹴り寄せ、狭い通り道を塞いだ。
操舵室の戸口で、デインが剣を抜いた。
ハーラルはその刃を外へ押し、肩からぶつかった。二人で中へ倒れかけ、古い膝に痛みが走る。机を掴んで踏みとどまり、デインの手首へ剣を当てた。
「落とせ」
窓の向こうに、バスティアンの船が寄ってきていた。砲の前では、男たちが銃を構えている。
デインは外を見た。
僚船は岸へ退き、自分の甲板では怪我人を運んでいた。操舵室を取り戻そうと男を集めれば、その脇を護衛船から撃たれる。
「撃たせるな」
「お前も止めろ」
デインは剣を落とし、戸口へ向かって声を張った。
*
降伏の旗を確かめ、バスティアンの船から男たちが渡ってきた。
ハーラルはデインの武器を預け、甲板へ出た。ヨルアンが舷に腰を下ろしていた。警護の男の一人は肩から血を流し、仲間が布を押し当てている。
港口の警備艇も、止まれと振っていた旗を下ろした。
岸では、船を迎える合図が上がっていた。
白い船まで続く水が空いている。だが、その船首の外側には、海中国家の護衛船が寄っていた。
「戻るぞ」
ハーラルはヨルアンと青い船へ下りた。
機関長が顔を出した。
「さっきの速さは続けられん。少し落とせ」
「分かってる」
アヴィは白い船を見たまま答えた。
小艇の男が、ニコラスへ声をかけていた。
「機関を止めろ。帆と扱い手の調査を行う」
「扱い手は岸へ戻した。船を見るなら、ここで見ろ!」
「修理を始める前に、帆を外して預けてもらう。扱い手にも、こちらへ来るよう伝えろ」
「俺が渡す約束はできない。ベルナールはどこだ!」
「指揮船にいる。実船で照合するため、連れてきた」
「なら、先に帰せ!」
小艇は退かなかった。
ニコラスが船を進めようとすると、護衛船がその前へ出た。索を持った男たちが舷に並ぶ。
ハーラルは、後ろの港口を見た。
そこでは武器が集められ、傷んだ警備船へ岸の小艇が寄っていた。バスティアンは船を港口に残し、甲板から沖を見ている。
ここは開いた。
白い船を迎える岸も、人もいる。あとは、そこへ通すだけだった。
「アヴィ。向こうは、あんたに会うと言ってきたな」
「ああ」
数日前、窓口から返事が来ていた。アヴィの名と用件は指揮官へ届き、本人も会うことを望んでいるという。ハーラルは、その紙を何度も読むアヴィを見ていた。
「先に話すか」
アヴィは、白い船を塞ぐ護衛船を見た。
「ニコラスを置いては行かないよ」
青い船が動いた。
投げられようとした索の手前を横切ると、護衛船の船首が逸れた。白い船との間が開き、ニコラスが機関を動かす。
護衛船は追おうとした。アヴィはその前へ青い船を残し、相手が向きを変えるたびに舵を動かした。
大きな指揮船も近づいてきた。
覆いをかけた帆が、甲板に横たえられていた。その脇に人が立ち、白い船を見ている。ニコラスの叫びが聞こえた。
「ベルナール!」
指揮船の舷へ人が集まった。中央に立つ者が腕を上げ、護衛船へ合図を送る。
アヴィはそちらを見た。
「二隻で白い船を取るつもりだ。指揮船が寄る前に、間へ入る」
「できるか」
「速さは残ってる」
機関へ声を送り、舵を回した。青い船は護衛船の前を離れ、指揮船と白い船の間へ向かった。
ハーラルは剣を握り直した。柄には、自分の汗と誰かの血がついていた。
「会いに行く」
アヴィが言った。
「ベルナールを、帰してもらう」
船首の向こうで、指揮船の舷が大きくなっていった。




