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王なき国の王――五十一歳のヴァイキング王、異世界で国を獲る  作者: Lambzono


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第3話 船長の声

 翌朝、ガルドンは岸壁で荷車を一台追い返していた。


「それは午後だ。今ここへ下ろされたら、奥の荷が出せなくなる」


 運転席の男が何か言い返したが、ガルドンは首を振り、空いている通りを指した。車が動きだすと、待っていたアヴィに顔を向けた。


「で、一人欲しいって?」


「力があって、こっちの話を聞ける奴」


「お前の話を聞いて船へ乗る奴は、だいぶ減ったぞ」


「知ってる。だから頼みに来た」


 ガルドンはアヴィを見てから、ハーラルへ目を移した。顎の張った、日に焼けた男だった。テルナの息子だと聞いていたが、黙って相手の返事を待つ時の目は、確かにあの女に似ていた。


「あんたも行くのか」


「そのつもりだ」


「ソアが、続きを教えるって言ってたぞ」


「助かってる。いい教師だ」


「伝えとくよ。次の授業は長くなるかもな」


 ガルドンは口元を緩め、倉庫の軒下へ二人を連れていった。


 そこでは、滑車から下ろした鉄の枠を、四人の男が台車へ移していた。台車の車輪が石の継ぎ目に落ち、枠が傾く。一人が短く声を掛け、両腕で端を抱え直した。


 ハーラルは思わず手を出しかけた。自分より小柄な若者だった。ほかの男が二人がかりで支えている側と釣り合いながら、さらに枠の角を持ち上げている。


「下ろすな。足、先に抜いて」


 若者は向こう側を見ていた。相手が台車との間から靴を引くまで待ち、頷いたのを確かめてから、ゆっくり荷を置いた。


 鉄と木が触れる音がした。若者は手を離し、腰に両手を当てて息を吐いた。額から汗が垂れている。


「あれは何だ」


 ハーラルが低く訊くと、アヴィが答えた。


「身体補強。身体を支える術を使ってる」


「腕にも術をかけるのか」


「あいつは、かなり強い方だよ」


 ハーラルは若者の腕を見た。袖の下に何かある様子もない。若者は水を飲み、もう一度枠へ手を掛けようとしたが、ガルドンに呼ばれてこちらへ来た。


「ヨルアン。少し話せるか」


 近くで見ると、まだ顎の線に若さがあった。手の甲の古い傷が、日に焼けた皮膚の上で白く見える。


「お前、今の力はいつまで保つ」


 ハーラルが訊くと、ヨルアンは持ち上げていた枠を振り返った。


「あれなら、もう一度は。でも、運び続けろと言われると困る」


「人と戦ったことは」


「荷の護衛を少し。何の仕事だ」


「少し大きめの荷の護衛だ」


 アヴィは周りの者から離れ、船を取り戻す話をした。船に残された五人のこと、明日の試運転、追手が出ること。ヨルアンは途中で口を挟まず、最後にハーラルの剣を見た。


「あんたと、甲板に?」


「そうだ。敵が乗ってきたら、俺が前に立つ。横を支えてほしい」


「俺は銃弾を止められるわけじゃないぞ」


「止めろとは言わん。今、荷を下ろす前に、向こうの男を見ていたな。ああいうふうに、俺の足も見ていてくれ」


 ヨルアンはハーラルの顔へ目を戻した。それからアヴィを見た。


「船を取り戻したら、俺は降りるのか」


「乗ってたいかい」


「荷を載せるところまでは、いつもやってる」


 ヨルアンは言いかけ、岸壁の船へ目をやった。


「その先も、やってみたい。けど、船の仕事はあまり知らない」


「最初は皆そうさ。甲板頭に習ってくれ。口は悪いけど、教えるのはうまい。働いた分は払うよ」


 ヨルアンはしばらく考え、手の汗をズボンで拭った。


「荷物を取ってくる。明日の何時だ」


「今の仕事を終えてからな」


 ガルドンに言われ、ヨルアンは足を止めた。荷の脇から呼ぶ声がして、そちらへ戻っていく。ハーラルはその背を見送った。


「いい男だ」


「引き抜いておいて、俺に言うな」


 ガルドンはそう返し、倉庫から出てきた男へ手を上げた。


「ケムリック。さっきの船の話、こいつらに直接してくれ」


 紙を綴じた板を脇に抱えた男が、アヴィの顔を見て寄ってきた。


「本当に戻す気なんだな」


「戻すよ」


「なら、戻った船で仕事をしてくれ。近場へ出したい荷がある。乾物と雑貨だ。デインの船しか選べないと、運賃の話ができん」


 ケムリックは明日の搬入を請ける職人と取引があった。アヴィが連絡を頼んでいる相手でもある。交換材は既にそろい、ガルドンが運ぶ手をまとめることになった。


「抜けたあとの修理場にも話をする。あそこの親方なら、デインの顔色では仕事を決めん。ただし、金は取るぞ」


「最初の運賃から払う。それまで待ってもらえるか」


「船の具合を見てからだ。引き受けてもらえる範囲を聞いてくる」


 ケムリックが去ると、ガルドンは倉庫の中へ二人を招いた。


「俺が行くのは荷を渡すところまでだ。明後日も、ここで仕事がある」


「分かってる」


 アヴィが答える横で、ハーラルも頷いた。ガルドンは棚から上着を一枚引き出し、ハーラルの肩へ当てた。


「やっぱり短いな。だが、その血のついた服よりはいい」


 *


 午後、職人を通じて船内から返事が来た。


 機関は明日動く。十分な出力へ上げるまでの時間も書いてあったが、ハーラルには数字が読めない。アヴィに説明させ、どこまでが待つ時間で、どこからなら船を動かせるのかを確かめた。


 その足で港の外へ回り、岩の続く岸を歩いた。アヴィは水際まで下り、長い竿を沈めては、濡れたところを確かめている。ハーラルは上から竿を受け取り、次の足場へ渡した。


「ここへ入るのか」


 岩と岩の間で、波が白くほどけていた。上から見る幅はある。だが、水面の下にも岩の肩が伸びている。


「明日の試運転は、もっと潮が上がった時刻だ。船の沈み具合も、機関長が知らせてくれた。あれなら通れる」


「追ってくる方は」


「回収艇は底が深い。ここへ同じようには入れない。砲艇は沖を回るだろうね。その前に、向こうの岩の陰へ出たい」


 ハーラルは港口を振り返った。あそこから岸に沿って来て、ここで曲がる。沖側を敵の船で塞げても、ずっと隠れてはいられない。


「機関が整うまでは、俺たちが甲板を持たせる。合図はお前から出せ」


「出したら、すぐ離してくれよ。引っ張ったまま曲がりたくない」


「索を扱える者を、二人ともこちらへ寄せておけ」


「甲板頭と、舵を交代する奴だな」


 アヴィは水から竿を抜き、先の砂を落とした。


 夕方には、ヨルアンを加えた甲板の分担を船内へ伝えた。ケムリックからも、船の修理場が当座の点検代を待つという返事が届いた。試運転用の燃料で、そこまでは行ける。


 ハーラルは借りた上着の袖を引いた。どう引いても手首が出た。


 *


 翌朝、ヨルアンは待ち合わせの倉庫に、二人より先に来ていた。


 小さな袋を肩へ掛けている。ガルドンに、それは船へ載せる工具箱の横へ置けと言われると、結び目を確かめてから下ろした。


 ハーラルの剣も、鞘ごと布で包まれていた。長い工具箱の底へ収め、その上に鉄の棒と修理道具を並べる。腰が軽いのが気に入らず、ハーラルは空になった剣帯を外した。


「持つなら、そっちの端だ」


 ガルドンに言われ、ヨルアンと箱を持ち上げた。アヴィは帽子を深く被り、交換材の台車を押した。


 桟橋の入口で、武装した男が職人を呼び止めた。搬入の紙と交換材を見比べ、工具箱の蓋も開けさせる。職人は上に並べた道具を指し、昨日の点検で交換を決めた箇所を説明した。男は手元の紙に目を落とし、道を空けた。


「荷役は作業が済んだら下ろせよ」


 職人とガルドンが返事をし、一行は柵の内側へ入った。


 濃い青の船が、すぐ目の前にあった。


 岸から船へ渡した板は、波に合わせてわずかに上下していた。ハーラルは箱の重さを片側へ寄せないよう、ヨルアンの歩みに合わせた。最後の一歩で左膝が痛んだが、足裏が甲板を捉えると、そのまま膝を緩めた。


 船が揺れた。岸の石とは違う、身体の下で水を受ける動きだった。


 渡り板の脇にいた監視が、銃を下げたまま二人を見ていた。前の操舵室にも、戸口に一人立っている。


「箱はこっちだ」


 太い指をした男が、甲板中央の戸の脇を示した。ハーラルたちが箱を下ろす間に、アヴィの台車へ木片を噛ませ、留め具を外していく。


 ハーラルは道を空けて舷側へ寄った。すぐ下の水に、青い船腹が映っている。広い海へ出れば、ここにどれほど風が来るだろう。


 アヴィが脇を通り、中央の戸へ手を掛けた。一度引き、少し持ち上げると、戸が音もなく開いた。親指が、手すりに継ぎ足された木の端を撫でた。


 機関長に呼ばれ、ハーラルとヨルアンは交換材を二度に分けて下ろした。狭い機関室では、もう一人が管の留め具を締めていた。


 甲板へ戻る途中、操舵室から出てきた痩せた男が、アヴィの前で足を止めた。


 アヴィは工具を差し出した。男はそれを受け取る際、アヴィの手を一度強く握った。渡り板の監視がこちらを向いた時には、もう操舵室へ戻るところだった。


 ハーラルは最後の段を上がった。船首の帆柱脇では、見張りが岸の動きを窺っている。箱を受け取った男は、剣の上にあった道具を脇へ移していた。こいつが甲板頭だ。目を合わせると、男は小さく頷いた。


 足の下で低い音が始まった。鉄の震えが靴底へ届く。ハーラルは中央の戸へ目をやったが、アヴィはまだ首を振った。


 職人とガルドンは台車を岸へ戻し、ハーラルたちは残りの道具を待った。機関の点検が済むまでは、針のついた計器を外せないと機関長に言われていた。


 船尾から来た監視が、近くの木箱に腰を下ろした。銃は腿に載っている。


 ガルドンたちと入れ違いに、四人目が渡ってきた。


 短い外套を着た男だった。操舵室へ目を向け、それから甲板を見渡した。アヴィは屈んだまま、工具を布で拭いていた。


「元の乗員は、まだ全員いるのか」


「五人です」


 渡り板脇の監視が答えた。


 外套の男は操舵室脇の監視を呼んだ。


「お前が舵を取れ。元の舵取りは岸で待たせる」


 監視が戸の中へ入り、代わりに痩せた男が出てきた。甲板頭が手を止める。


「そいつには、まだ索をやってもらう」


「岸の者にやらせろ。下りろ」


 痩せた男が立ったままでいると、渡り板脇の監視が腕を取って引いた。


 アヴィが工具を置いて立ち上がった。下では機関が鳴っているが、音はまだ低く、出航の合図は来ない。


 速さが出るまで待っていれば、あいつは岸にいる。


 ハーラルは手にしていた道具を置き、ヨルアンの肘に触れた。甲板頭がこちらを見た。足元の工具箱は開いていた。


「待て。そいつは乗せていく」


 アヴィの声だった。


 痩せた男が、渡り板へ出しかけた足を止めた。外套の男は声の方へ顔を向け、まっすぐアヴィを見た。


「……デグラム」


 アヴィはもう顔を伏せなかった。


 外套の男の手が胸元へ走った。吊っていた笛を咥えるより早く、ハーラルは箱の布を掴んだ。鞘から剣を引き抜きながら、ヨルアンへ顔を寄せる。


「俺の左だ」


 鋭い笛が鳴った。岸で怒鳴る声がし、その先から、同じ笛の音が返ってきた。

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