二学期の終業式
「今日で一旦連休だな、ワッキーは何して過ごすんだ?」
「さあな、予定らしい予定は入ってない」
時は過ぎ、二日間の休日が終わり、今日は終業式当日。雪が朝から降り続いていた。
窓の外を見れば、グラウンドが白く染まっている。冬らしい季節だと言えば聞こえは良いが、家に帰ってからの雪かきを考えると、目の前の景色が億劫になる。
「そっか、じゃあ休みのどっかで誘うわ」
「そうか、行けそうなら行くわ」
「それ来ねぇやつじゃん」
いや、そんな事はないぞ?確率としては多分二割はあるな。
「上原に長い間会えないと思うと、俺は寂しいよ」
「絶対思ってないだろそれ⋯⋯」
そんな他愛もないやり取りを上原としながら、横目に夏希の席を見る。いつもなら森下や他の友人達と話しているか、俺達のやり取りを苦笑いしながら見ているかしているのだが⋯⋯
(今日はまだ来てないのか)
前田夏希の席は空席だった。席の横に鞄も置かれていない。
別に珍しい事ではないだろう。雪がこれだけ降っているのだ。遅刻という可能性もある。
(⋯⋯今まで、あいつとどうやって話してた?)
それなのに、妙に落ち着かなかった。夏希とどうやって顔を合わせれば良いのか、未だに悩んでいる。
理由は分かっている。先週の夜のせいだ。擬似クリスマスに擬似彼女、そして公園でのやり取り⋯⋯
(いや、普通に接すればいいだけだろ)
そう自分に言い聞かせる。
公園のあれは事故だし、俺が夏希の事を好いていたとしても、その感情を表に出さなければ、今まで通りに過ごせるだろう。
だから今日会ったとしても、いつも通りに話せばいい。
そう結論は出ている。出ているのだが。
(……好きな奴が別にいるって知ってて、一緒にいるのはどうなんだ?)
この二日間ぐるぐるとその事だけを考えていた。俺がもしも夏希の彼氏なのだとしたら面白くはないだろう。ではどうするのが正解なのか、未だに答えは出ていない。
「はい席つけー、ホームルーム始めるぞ」
そんな事を考えているうちにホームルームの時間になる。担任が教室へ入り、教壇へ立った。
騒がしかった教室が少しだけ静かになる。しかし、今日が終われば連休が控えているのだ、クラスの浮足立った空気は変わらない。
「えー、前田は体調不良で休みだ。他に休みはいないな?」
そんな空気感の中、担任は出席簿を見ながら一言だけ告げた。
教室からは「珍しいね」や「最近寒かったもんなー」程度の反応しかない。
だが。
(体調不良?)
胸の奥が少しだけざわついた。終業式である今日は十二月二十三日。明日はクリスマスイブだ。
夏希にとっては、恐らくかなり大事な日。そんな大事な日の前日に風邪で休むなんて、随分と運が悪い。そう思えたらどれだけ楽だろうか。
だが、俺は知っている。彼女が先週何をしていたのかを。
寒空の下。公園でケーキを食べた。
夏希の防寒着から考えても、彼女はあまり寒さに強いタイプではない。公園には長時間いたわけではないが、決して暖かい環境ではなかった。
(俺のせいか?)
そう考えた瞬間、妙な罪悪感が胸に広がった。別に俺が無理矢理言い出した話ではない。
だが、暖かい場所で食べる事が出来なかったのは俺の落ち度だ。それに、公園での事は止める事も出来たはずだ。
少なくとも、家で食べようと言う事くらいは⋯⋯
「おい⋯⋯おい脇阪!」
担任の声で我に返る。どうやら何度か呼ばれていたようだが、気づけなかったようだ。
「珍しいな、お前がそこまで考え事をするのは」
「すみません。何ですか?」
「終業式終わったら、少しだけ職員室に来い。用件はその時話す」
担任は俺に用があるようだが、俺は別の事で頭が一杯で、その後の終業式までの説明すら、ほとんど頭に入ってこなかった。
「⋯⋯連絡事項は以上だ。じゃあ講堂に移動しろ」
担任が連絡事項を伝え終え、ホームルームが終わると同時に、携帯を取り出す。少しだけ迷ってから、メッセージアプリを開く。
『生きてるか?』
打ち込んで送信。我ながら酷い文章だ。だが、心配だと俺が連絡すれば、それが彼女の負担になる気がした。
送信されたメッセージを見て、一度携帯を伏せる。
(まぁ、終業式が終わった頃には連絡つくだろ)
そう思っていたのに、終業式が終わった後に確認してみても、既読はついていなかった。
(……本当に死んでないだろうな)
縁起でもない考えが頭をよぎる。だが、最悪の事態でなくても、環境的には倒れて動けない可能性だって充分にあるのだ。
(家行ってみるか?⋯⋯いや、流石にやり過ぎか?)
悶々としながらも、職員室の扉を開ける。用があると言っていた担任が手招きしている。
「来ましたよ、何の用ですか?」
部活動なら冬休みの間ならせんぞ。基本は家で引きこもるんだ俺は。
「いやぁすまんな、今日渡したプリントだが、前田が休みだったから渡す事が出来なくてな悪いんだが、悪いが前田の家に届けてくれないか?」
担任からの頼み事は、夏希の家に向かう口実としては、ぴったりの物だった。渡りに船というのはこういう時の事を言うのだろう。
「分かりました」
即答すると、担任が驚いた表情でこちらをまじまじと見てくる。何故だ。
「なんですか?」
「珍しいな、こうやって頼むと嫌な顔してから引き受けるイメージだったが」
⋯⋯断る事はないとは思われているが、喜んで受け取るイメージはないのだろう。それはそうだ。自分でもそう思うからな。
「まぁ⋯⋯ちょっと心配なんで」
だが今回は状況が状況だ。プリントを持っていく口実に体調の方も確認出来る、一石二鳥だ。
「そうかぁ⋯⋯そうだよなぁ。家族ぐるみの関係だもんなぁ気になるよなぁ」
担任はいつも以上の笑顔で頷いている。⋯⋯やはり三者面談で、母親に会わせたのは間違いだった。家族公認みたいに思われている。
「もう良いですか?それじゃ渡してきますよ?」
これ以上話していても不毛だと、踵を返して職員室を出る。外に出ると、変わらず深々と雪が振り積もっていた。帰ったらまずは雪どけからだろう。
(まずは自分の家の雪どけてから⋯⋯)
そう考えた時に、少しだけ嫌な予感が脳裏に浮かぶ。夏希の家には彼女しかいない。この雪の中、夏希ならどうするか⋯⋯
(先に夏希の家行ってみるか)
そうして、馬鹿な事をしていない事を祈りながら、俺は先に彼女の家に向かうのだった。




