きらびやかな夜
「平日の駅の方って、あんまり来ないんだけど⋯⋯」
夕暮れ時から目的地に向かったので、着いた時には空は暗くなっていた。だが、人工の光が夜を感じさせないほど強く光っている。
「なんか、結構人いるんだね」
夏希の言う通りで、駅前にはかなりの人がごった返している。俺も前に来たのは森下を家に送った時以来だが、その時にはここまでの人だかりは無かったように思う。
「まぁクリスマスも近いしな。イルミネーションでも見に来てるんだろ」
意識して周りを見ると、明らかに男女のペアが多い。手を組み「さむーい!」なんて笑いながら歩いておられる。⋯⋯居心地が悪いな。ああいうのを見ると、爆発すれば良いのに、と思う心理も理解できなくはない。
「確かに、綺麗だね」
そんな俺の歪んだ感情とは違い、夏希の方は駅前にあるクリスマスツリーの明かりを見ている。色とりどりの光の演出に目を奪われているようだった。
「⋯⋯素敵な感性をお持ちで」
「え?誰が見ても綺麗だと思うけど」
そうだろうとも、こういう時に目の前の事を楽しまずに、人だかりに目を向けてしまうのは俺が捻くれてるからなんだろう。
「とりあえずカフェに行こう。店で食べるにしろ、買って帰るにしろ、目的は済ませといた方が良いだろ」
「⋯⋯カフェからでも見えるかな?」
「どうだろうな、多分良い席は多分全部取られてるだろ」
それにしても、まだクリスマス当日でもないというのに、一体何故ここまで人が集まるんだろうか、なら本番はどうなるんだ?
「あ、あそこ空いてる。外も見れそうだよ?」
駅前のカフェも勿論、クリスマス前という事もあってそれなりに混んでいたが、窓際の席が一つだけ空いていた。
「んじゃ、注文して空いてたらあそこで食べるか」
そう提案してから、人間性からかどうしても周囲の確認をしてしまう。目立つのはやはり⋯⋯
「この時期って、カップルばっかだな」
「そうかな?」
「そうだろ。ほら、あそこも」
店内を見回すと、二人組ばかりが目につく。高校生くらいの男女から、大人のカップルまで様々だ。クリスマスというイベントに浮かれているのは、みんな同じようだ。
「ゆうくんだって、今日はその一人じゃない?」
「擬似彼女と来てるだけだからセーフだ」
「何それ⋯⋯」
夏希は呆れたように笑いながら、ショーケースの中を覗き込む。
「何にするんだ?」
「んー⋯⋯悩む」
「種類多いもんな」
ガラス越しに並ぶケーキはどれも見栄えが良い。苺の乗ったショートケーキ、チョコレートケーキ、モンブラン、チーズケーキ。クリスマス仕様なのか、普段よりも少し豪華に見える。
「ゆうくんは?」
「俺はモンブラン」
「即決だね」
「消去法だ。一番自分で作れそうにないからな」
他の三種類は作れない事もないだろうが、モンブランはマロンクリームをわざわざ作ってまで自作しようとは思わない。
「そんな理由で選ぶケーキ選ぶ人いるんだ⋯⋯あ、すみません。ショートケーキと、ミルクティーのセットで。あとは、モンブランとカフェラテのセットで良い?」
「勝手に飲み物決めるな」
「違った?」
いや、合ってはいるけども。
「じゃあそれでお願いします」
「かしこまりましたー。少々お待ちください」
⋯⋯店員から温かい目で見られた気がする。気の所為だということにしておこう。
「それにしても、なんで飲み物分かったんだ?」
前にパフェを食べた時には、飲み物は頼まなかった筈だ。夏希が俺の好みを知る機会はないだろう。
「甘いものには、甘さがない飲み物が良いけど、ブラックは好きじゃない、らしいよ?」
「夏希に言った覚えないんだけど」
「子供の頃は変に背伸びしてる子だったって、この間おばさんから教えて貰った」
三者面談の時か、余計な事しか言わない母親だな。
「どういう流れでそんな話になるんだよ」
「それは⋯⋯良いでしょどんな話してても」
そんな話をしながら、夏希がさっき空いていた窓際の席に視線を向けた。まだ誰も座っていないが。
「あ⋯⋯」
「ん?」
その奥の席を見た時だろうか、夏希が小さな声を漏らした。視線の先を見ると、同じ制服を着た女子生徒二人が窓際の席に座っている。名前までは分からないが、どこかで見た覚えはある気がする。
「知り合いか?」
「同級生。ほら、隣のクラスの⋯⋯」
「いや、そんな事言われても分からんだろ」
「えぇ⋯⋯」
夏希は少し引いているが、そんな表情をされても知らないものは知らないのだ。
「同級生の顔くらい覚えておいた方が良いと思うよ?」
「接点ない奴の名前覚えるの難しいだろ⋯⋯」
むしろ夏希が覚えすぎなのだ。よく人の顔と名前が一致するな。感心する。
「⋯⋯まぁでも、流石に見られると面倒だよな」
「やっぱりそうかな?」
「変な勘違いされるのは嫌だからな」
別に悪い事をしているわけではないが、「男女二人でケーキを食べに来ていた」という情報が切り取られると、面倒な噂になりかねない。
「⋯⋯そう、だね」
夏希が小さく頷く。
「じゃあどうする?」
「テイクアウトに変更するか。帰りながら食う場所探してみよう」
探しても見つからないようなら、最悪家まで持って帰っても良いだろう。
「そうだね。⋯⋯すいません、テイクアウトに変更って出来ますか?」
「大丈夫ですよー。すぐお入れしますね」
そうして、注文を終えたケーキが入った紙袋を受け取ると、ほんのりと甘い匂いが漂ってくる。
「どこ行く?」
「このまま歩きながら決めるか」
店を出ると、冬の冷たい空気が肌に刺さる。吐いた息が白く溶けていく。手元にあるホットカフェラテを飲みながら改めて周りを見てみると、俺と同じ制服の学生の姿が少なからずいるのが確認出来た。
「結構学生もいるんだな、どうするか」
「仕方ないから、帰ろっか」
夏希の言葉に少し驚く。さっきまでは結構テンション高くなかったか?急に現実に戻ったのか?
「良いのか?イルミネーション、見たいんじゃないのか?」
「⋯⋯嫌なんでしょ?私と、そういう風に思われるの」
夏希がぽつりと呟く。その言葉に少し棘を感じた。
「⋯⋯ここまで誘った癖に」
というよりも明らかに拗ねている。⋯⋯何に拗ねてるんだこいつ?
「いや、そっちも困るだろ。学校で噂になったらどうするんだよ」
「変装もせずにここまできたんだから、今更じゃない?」
⋯⋯なるほど、夏希の言うことも一理ある。第一、そんな事を気にしだしたら、先程カフェの女子達を見つけた時点で俺の心配事など意味を成していないだろう。
だが、少しくらいは気にしても良いとも思う。森下の耳にでも入ったら面倒臭い事になるのは必至なのだから。
「まぁ、でもゆうくんの気持ちも分かるから、今日は帰⋯」
夏希が最後まで話す前に、都合良く鞄の中にあった帽子を被せてみる。ふむ、サイズは合わないが、それのおかげで目元まで隠れて逆に誰だか分からんな。
「⋯⋯何これ」
「変装。お忍びデートっぽくて悪くないだろ?」
「⋯⋯お忍び、デート⋯⋯」
結論として、折衷案で行くことにした。変装(雑)までしてバレたのだったら、それはもう仕方ない、くらいのノリでいく事にする。
「⋯⋯これ、被ってないと駄目?」
「まぁそっちの方が俺は助かるな。俺の帽子は嫌か?」
「いや、ちょっと周りが見えにくくて」
ああ、なるほど視界が悪いのか、ただでさえ人混みの中に向かおうとしているのに、このままイルミネーションの近くまで歩けば、揉みくちゃにされる事は間違いないだろう。
「それじゃ、手でも繋ぐか?」
軽い冗談のつもりで、夏希に手を差し出してみるが、
「⋯⋯ん」
帽子のつばを思い切り下げながら、夏希が手を握ってきた。
(⋯⋯よくもまぁ、平気でそんな事が出来るもんだ)
何も言わずに、手を握り返す。彼女の方は見ない。いや、見れる筈が無かった。ただ手を握っただけで緊張するだなんて、情けない話だ。
「⋯⋯んじゃ、行くか」
そうしてきらびやかな明かりと、軽快なクリスマスソングが流れる中、夏希と手を繋いで歩く。
(⋯⋯本当に、クリスマスデートしてるみたいだな)
そんな事を考えながら、少しだけ手に力を込める。
――人混みに巻き込まれないために、握った手を離したくはないのだと、自分に言い聞かせて。




