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魔術学園の宵星館(へスペロス)  作者: ヤマネ狐


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Episode3~対立~その4

「お前たちの仲間? 俺が? なんで? どうして?」

 ぽつりぽつり、拒絶が疑問になって押し寄せる。


 ここに来てからの彼らの会話・態度を思い出し、ルシウスの喉は、腑が煮えくり返りそうな怒りに打ち震えていた。

 当然だ。この場所を思えば、相応な反応である。


 彼女たちは誇りも名誉も失って間もないルシウスに対し、正面からこう言ったに等しい。

 お前は自分たちと同じ"欠落品"なのだ、と。

 そしてそれを、めでたいとも讃えた。


「人を侮辱するのも大概にしろよ! この——落ちこぼれどもが!」

 ハウリングするルシウスの絶叫は、グラスに波紋を落とした。


「問題児。欠陥品。不良品。そのような烙印を押されて、よくヘラヘラと笑っていられるな! お前らに魔術師としての誇りはないのか?」


 普通だったら全身を焼くような屈辱感に、居ても立っても居られないはず。

 いやそうあるべきなのだ。

 現に、ルシウスが斯くあるように。

 だと言うのに、宵星館の連中ときたら——。


「歓迎会だ? 仲間だ? はっ……お前たちは随分気楽なもんだな」

 嘲るように鼻で笑う。


「掃き溜めの中で、傷を舐め合いながら馴れ合いごっこか?」

 諫言には遠く及ばない、純粋な嫌悪の表出。


「薄っぺらい笑顔並べて、ぬるま湯みたいな空気に浸って……そんなお前たちを見てるだけで虫唾が走る」


 呪詛が如く吐き捨て、ルシウスは目の前のテーブルに両腕ごと拳を叩きつける。蹴り上げ蹂躙しなかっただけ、まだ理性が残っていると言える。

 項垂れるみたいに俯きながら、余韻を残して、独り言のように呟いた。


「なるほどな。これが宵星館……」

 手に負えない、施しようもない、出来損ないたちの隔離施設。


「学園の噂通りだ。……見習いとは言え、学会の魔術師が聞いて呆れる」


 反吐をぶちまけた後に近い様子で、ルシウスはゆっくりと首をもたげる。

 その時、はたと何か気づいたみたいに、望月色の瞳が見開かれる。


「お前たちのような奴がこの世界にのさばっていていいはずがない」

 まるで、真理の扉を開いてしまったかのような、自分でも驚いた顔をルシウスはしていた。


「全員、死んでしまえばいいのに——」


 ガタッ。

 一言の呟きに、その場にいた全員が席を突き飛ばした。 

 ほんの数瞬——けれど、確かにルシウスの彼らに対する眼差しは、人を見る目ではなくなっていた。


 正しく、ゴミを見る目。

 だが、それは侮蔑でもなければ、害意でも敵意ですらない。

 むしろ、善意や使命感に寄り添ったもの。


 街中の清掃ボランティアに参加するような、何気ない仕草で、ルシウスはそこにいる少女たちのことを——。


「おいおい。こりゃ一体どういう騒ぎだ?」

 

 張り詰めた空気に針を刺すような声が響いた。

 ルシウスは声が聞こえた出入り口の方を振り向く。


 そこには左目に眼帯を巻いた男が一人、立っていた。


 腰を曲げ、お辞儀の姿勢で敷居を跨いでいる。

 この部屋の惨状を見渡しながら、男はずけずけと踏み入ってくる。

 扉を抜けるなり、丸まっていた背中が真っ直ぐに伸びる。その長躯は、この中で最も背丈に恵まれた獣人の少女さえ、頭ひとつ上回っていた。


「いつにも増してヒデー有様だな。そこら辺、床とか傷つけてないだろうな?」


 スラリと伸びた足の踵を打ち鳴らし、ハラハラした様子であちこち視線を這い回す。

 心なしか、寮生たちの緊張が緩んだ気がした。


「お前たち……。喧嘩なら外でやれって、何度言ったらわかるんだ……。もうガキって年じゃないだろうに」

 はあ、と盛大にため息を吐く。


 やけに気だるげな謎の男は、シワだらけで汚れが目立つスーツの胸ポケットに手を突っ込むと、乱雑に煙草の箱を取り出した。


「フレイ……灰皿」

 そして一本口に咥え、顎でカウンターテーブルを指す。

「は、はい」

 慌てて取りに向かった小さな背中の到着を待たず、男は先端に火を灯す。

 気怠そうな態度に、横柄な口調。


 しかしその奥には、大人の余裕らしきものが垣間見える。

 たちまちルシウスは、男の正体に思い至った。


「あんたが、ここの寮母か?」

 胸のうちにひしめく嫌悪感を抜きにしても、ルシウスは本能的に、この男に対する敬語を躊躇った。


 そこで、初めて男はルシウスを観た。


「そう言うお前は、今日から来るって噂の転寮生ってわけだ」


 ルシウスの問いに答えてもないが、否定してもいない。

 それを肯定と捉え、ルシウスは面と向かって次のように宣言した。


「この寮はやはり俺に相応しくない」

 清々しいほどの断定だった。


「へー、それで? お前は俺にどうして欲しいわけ?」

 意外にも、男の反応は平坦だった。


 予想ではもっと口論になるはずだったが、思ったよりも早く話に方が付きそうで、ルシウスは内心ほっとしていた。


「理由はなんだっていい、最悪こじつけだって構わない。俺を元の——擬似宇宙結界アカデミー内の学生寮に戻すよう、学園長に嘆願していただき——」

「それは無理な相談だな」


 だが、少年の要求を最後まで聞くより早く、男は天井に向かって紫煙を吐き出した。

 あっさりと切り捨てられ、ルシウスは眉根を寄せる。


「お前、自分がなんでここに落とされたのか、本当に理解してないみたいだな。おっ、サンキュー」


 ちょうどそこへやってきたフレイから灰皿を受け取り、掘りに灰を落としながら、男は言葉を続ける。


「ま、事情は大体察しがつく。原因はそこの馬鹿連中にあるんだろうがな……、それを差し引いても、お前のやったことは加減を知らなすぎる」


 男の視線が、床へ散乱した料理や割れた皿へ向く。


「そうやって後先考えず過ごしてきたから、この屋根の下に送られたんじゃねぇのか?」


 ルシウスの瞳が険しく細まる。


「あんたに俺の何がわかる?」

「わかんねぇよ。そもそも興味ねぇ」


 心底そう感じているようで、心なし、吐き出された煙が前より長く尾を引いている。


「でもよ、その理由も理解しないまま戻ったって、また同じこと繰り返すだけじゃねぇの?」


 淡々と紡がれる言葉。

 説教くささはない。ただ事実を並べているだけの口調。


「次も、今回みたいに"優しい処分"で済む保証はどこにある? 次なんてないかもしれないんだぜ?」


 そう言って、男はわざとらしく肩を竦めた。


「だいたいからして俺、言い訳するやつ嫌いなんだよね」

「ぶふっ」


 吹き出す声。

 ヴィルヘルムがそちらを睨むと、アサギが口笛を吹きながら明後日の方向を見ていた。


「……て・へ★」

「あとで覚えとけ」

 ゴッ、と鈍い音。

 拳骨を落とされ、「イダー!!」と、アサギが頭を抱えて蹲る。


「とはいえ、だ」

 男は平然な顔して、ふたたびルシウスへ向き直る。


「正直、俺としても入寮初日に、暴力沙汰起こすような危険物を手元に置いてなんざいたくねぇ。お前自ら出て行きたいってんなら、むしろ大歓迎だ」

 あっけらかんと言う男の腹の中を探ろうと、ルシウスは訝しげに目を細める。


「だから、不本意ではあるが、お前の頼みってやつを聞いてやらんでもない」

「取り消すなら今のうちだぞ」

「そんなつもり、さらさらねぇ。俺は嘘つきが嫌いなんだ」


 ニヤリ、と口角が吊り上がった。


「ただし、一つ条件がある」

「条件?」

「あぁ。うちの学園長、見た目だけなら羽みたいに軽そうなんだが、とにかく腰が重ぇ」


 煙草を咥え直し、男は呆れたように笑う。


「千年樹みたいに、ケツが椅子へ根ぇ張ってやがってな。あのババァの気を変えさせようと思ったら、下手すりゃこっちの腰が先に折れる」


 今の発言を受けて、ルシウスの表情が引きつった。

 魔女とも称される魔術界の重鎮を、あろうことかババァ呼ばわりするなんて……。なんと命知らずな男なのだろう。


「だから交換条件だ」

 若干引いたルシウスの視線など、歯牙にもかけず宵星館の寮母は、自分が預かる寮生たちを指先で示す。


「俺にはこの宵星館を管理して、後代まで残すって役目がある。だってのに、こいつらときたら喧嘩に悪戯、爆発騒ぎ……好き放題やりやがる」

「爆発はダイナーだけだから!?」

「昨日、俺への腹いせ魔術を暴発させたのはお前だろ」

「…………」


 ぶーぶーと、アサギから非難の声が上がるが、隙のない反論に、彼女はスッと目を逸らした。


「このままじゃ、そのうち建物ごと灰になって終わる」

 言って男は、旨みのなくなった煙草を灰皿へ押し潰す。


「そこで、だ。お前を元の寮へ戻してやる代わりに——こいつら全員、更生させて宵星館から叩き出せ」

 

 最後までお付き合いいただきありがとうございます。

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