Episode3~対立~その3
あのあと、ルシウスはすぐに解放され、駆けつけた白髪の少年から事情を説明された。やはり、情報の伝達に手違いがあったようで、先ほどまでの非礼とまとめて陳謝される。
当事者の三人からも頭を下げられたが、どこか気安い友人に接するような態度に、ルシウスの眉間がわずかに寄った。
それを察知した白髪の少年は、さらに勢いよく頭を下げ始める。
「ほんっとうにごめんなさい!!」
さながらヘッドバンギングのように髪を振り乱す姿を前に、ルシウスは短く息を吐いた。
……これ以上責めても仕方がない。
淀みない謝罪と察しの良さから、この寮の平常がなんとなく見えた気がした。
ひと段落ついたところで、一同は一階のリビングへ移動する。
「ひとまず、自己紹介でもしよっか!」
そんなアサギの一言によって、気まずいばかりだった寮内の空気は一変、たちまちルシウスの歓迎ムードに包まれていった。
ルシウスを上座に据え、他の五人はローテーブルを囲むように腰を下ろす。
真っ先に口を開いたのは、赤毛の少女だった。
「私はアサギ・オウサカ! さっきはごめんね? これからは仲良くやっていこう!」
屈託のない笑顔。
けれど、ルシウスの反応は薄く。
その視線は、彼女を見限ってすでに次の人物へ向いていた。
「ニヴルナ・エーヴィヒネーベルタール…………次、イリス」
ぴょこんと耳を揺らした獣人の少女は、短く済ませると隣の桃髪の少女の肩を叩く。
「はいはーい、イリス・セイズルハイムっていいまぁす♪ いくら、うちの見た目が可愛いからって、すぐ欲情しちゃダメですからねぇ? あと、不用意に近づこうものなら、容赦なく蹴り上げますから♪ どうかそのおつもりで、ヨロシクです♪」
悪魔的な微笑みで、背筋が震え上がるようなことを平然と言い放つ。
目を逸らすように、対岸の席へと首を向けた先には——小柄な体躯、中性的な顔立ち。
白い肌に雪色の髪。その毛先だけが、淡く翠を帯びていた。
「ぼくの名前は、フレイって言います。苗字はなくて、名前だけ。……よく、女の子と見間違われるんだけど、正真正銘、男の子です」
よろしくね、ルシウスくん——そっと微笑んで、彼は会釈する。
最後に、青髪の少年がぶっきらぼうに口を開いた。
「オレはダイナー。ダイナー・アズレイだ」
鋭い吊り目に、派手なツーブロック。
学生服ではなくワイシャツの上に白衣を着込み、いかにも研究者気質といった風貌だった。
「おいお前……芸術とはなんだと心得る?」
脈絡もない急な質問。神妙な面持ちでダイナーが尋ねる。
その瞬間、ルシウス以外の全員が露骨に嫌そうな顔をした。
「始まった……」
誰ともなく嘆息が漏れる。
その声に、一瞬、ルシウスは顔を顰めるものの、しばし悩んだ末、パッと一番初めに思いついたものを口にした。
「……ホロスコープだな」
星々の配置を描いた円環図。
それは少し星の位置がズレるだけで、ホロスコープはまったく別の表情を見せる。かくあるような繊細かつ緻密な性格に、ルシウスは強い芸術性を感じていた。
「——ふん! しょうもない男だな!!」
だが、そう吐き捨て、ダイナーは鼻で笑った。
「いいか!? 芸術とは"爆発"だ!! "爆発"こそが芸術であり、"爆発"でないものは芸術ではないッ!!」
「……は?」
訳がわからない。困惑より先に、静かな怒気が込み上げる。
少なくとも、この男が自分を馬鹿にしていることだけは伝わった。
睨み返そうとした瞬間——真横から伸びた白い手が、すかさずダイナーの口を塞いだ。
「何をするフレイ貴様! この分からず屋に芸術のなんたるかを——」
「お願いだからちょっと黙ってて……!!」
呆れ半分、怒り半分。
フレイは全力でダイナーの口を押さえながら、ぎこちない笑顔でルシウスへ振り返った。
「えーっと……ルシウスくん。この変態爆弾魔の言葉なんて気にしなくていいから! というか、そんなことよりも、寮の案内ってまだだったよね?」
半ば強引にその場から連れ出される形で、ルシウスはフレイに腕を引かれて、宵星館を見て回ることになった。
宵星館の構造は、ルシウスが以前いた場所に比べ、遥かに単純な作りをしていた。
「一階は談話室だけの空間になってて、常に一人か二人くらいはくつろいでるもんだから、暇な時とか誰かとお話ししたい時とかにはうってつけだよ」
二階に続く階段を登りながら、背にした空間を一瞥してフレイは語った。再び視線を上方に戻し、その先の空間について説明を口にする。
「この先は居住区になってるんだ。向こうでどうだったかわからないけど、ここでは各々に個室が割り振られるから、わりとプライバシーはしっかりしている方だと思う」
「……そうか」
「だけど注意点が一つ!」
今朝まで過ごしてきた寮を思い生返事だったルシウスへ、人差し指を立てながらフレイが振り返る。真っ直ぐ注がれた翡翠の瞳には、静かな忠告の気配が滲んでいた。
「一度決まった部屋は後から変更することはできないから、その点は胸に留めておいてね。この寮、基本的に人数分の部屋しか出てこないんだ」
説明の最後に飛び出した不可解な発言に、ルシウスの眉がピクリと反応した。
「待て、それはどういう意味だ?」
「え? どういう意味って……あー、はいはいなるほど、そういうことね」
反射的に首を傾げるフレイだったが、ルシウスの指摘を待たずして、彼の言わんとしていることに理解を示した。
それで苦笑を仄めかし、身近な壁の肌を指先でなぞった。
「この寮ね、新しい寮生が来ると勝手に部屋が増えるんだよ」
「……勝手に?」
「宵星館にはたくさんの魔術が組み込まれてて、そのうちの一つの機能なんだと思う」
さらりと言ってのける辺り、この寮ではそれが当たり前なのだろう。
そうして二人、は新たに増築されたらしい一室の前へたどり着く。
「それでね……実は、ぼくが朝起きた時には、もうこの部屋できてて……」
横目にしたフレイの額が、妙に汗ばんで見えた。
「だから、その……少し考えれば分かったことだったんだけど……」
後半の声が窄んでいくなか、彼はその扉をそっと押し開けた。
その先の光景を目の当たりにした直後——ルシウスは眼をひん剥いて、言葉を失った。
「?????」
乱れたベッドのシーツ。
床に忘れられた縄の束。
「……な、なんかその、ご……ごめんなさい」
今日だけで何度、フレイの謝罪を耳にしただろう。誠実であり続けた彼の眼差しが、今この瞬間だけは、どこか遠い場所を彷徨っている。
それは——今日一番の切実な「ごめんなさい」だった。
そうして、新たな傷口を抉られたところで、宵星館案内ツアーは終了した。
♦︎
気分転換に持ち込んだ荷物の整理をフレイに勧められ、頭を空っぽにできるならと、ルシウスはその提案を受け入れた。
ひとまず、フレイと階段前で解散し、吸い込まれるように自室の扉に潜り込んでは、ひたすら無心で荷解きを進めた。
もっとも、荷物はボストンバッグ一つだけなため、作業自体はすぐに終わりを迎える。
手持ち無沙汰になり、部屋の静けさが蘇る。
もうしばらく、この余韻に浸っていようと思っていたちょうどその時。
突き抜けるような姦しさが、ルシウスの鼓膜を震わせた。
「ルシウスくーん! あーそーびーまーしょー!!」
「早く降りてコーイ!」
「ひとりでナニしてるんですかぁ?」
階下から響く少女たちの呼び声。
少し——いや、かなり悩んだ末、ルシウスは階段へ向かった。
階段の中段からリビングを覗くと、三人の少女たちがローテーブルを囲んで騒いでいた。
その奥、カウンター席に学会誌を広げる、ダイナーの姿を発見する。
さらに向こう側のキッチンでは、フレイが忙しなく動き回っていた。
談話室全体を眺めるルシウスの存在に気付き、アサギが大きく手を振った。
「ルシウスくん! 一緒にUNOやろー!」
直後、明確に断りはしたものの、「晩ご飯までの時間潰し!」と押し切られ、結局ルシウスは彼女たちの輪の中へ加わることになった。
ゲーム開始から一時間半ほど経った頃だっただろうか。
「ご飯できたよー!! 準備、手伝ってー!!」
五ゲーム目の中ほどくらいで、キッチンから夕飯を告げるフレイの声が上がる。
それ以降、寮生たちは慣れた様子で、夕食の準備を始めた。
勝手がわからず、呆然と彼女たちの働きを目で追っていたルシウスのもとに、アサギが小走りで寄ってくる。
「ルシウスくん、ちょっとそこどいて?」
怪訝な表情を前面に押し出しながらも、促されるがまま場所を空けるとアサギは、ローテーブルへ向けて短く呪文を唱えた。
次の瞬間——背の低かったローテーブルが、メキメキと音を立てながら成長をはじめる。
十秒とかからずとして、それは一般的なダイニングテーブルへと姿を変えた。
「……これも宵星館の術式か」
「そ! すごいでしょ!」
感嘆するルシウスの隣で、アサギが得意げに笑う。
「ルシウスくんは今日の主役なんだから、先に座ってて!」
不意に肩を掴まれ、押し込まれるように席へ着かされる。
居心地の悪さは変わらないが、ルシウスが拒むことはなかった。
そうしている間にも、次々と料理が運ばれてきていた。
芋やヴルストを炒めた郷土料理から、中華、スペイン料理、和食——と。
ボリュームはさることながら、バラエティに富んだ料理たちが、テーブルいっぱいに並んだ。
やがて全員が席につく。
こほんと喉を鳴らして、グラスを片手にアサギが立ち上がった。
「みんな、グラスの準備はいいかなー?」
その呼びかけに応じて、全員のコップにジュースを注いで回ったフレイが、強く頷く。
「バッチリだね。それじゃあ、注もーく! 今日からここにいるルシウスくんが、宵星館の新しい仲間になります!」
ぱらぱらと拍手が起こった。
「この出会いを祝して——せーの!!」
「「「「「——乾杯っ!!」」」」」
掛け声に乗せて、一斉にグラスが掲げられる。
大半が飲み干す勢いでジュースを流し込む中、ルシウスは舌が潤う程度に口に含んだ。
その直後、
「そして——!」
アサギの息に合わせ、全員が机の下から筒状の物体を取り出す。ルシウスの席から死角になる所に隠されていたそれは、パーティ用グッズの代表格。
手元に垂れ下がった紐が、勢いよく引き抜かれ、
「「「「「——ようこそ、宵星館へ!!」」」」」
パンッ!!
小気味いい破裂音。
虹色の紙吹雪が宙を舞う。
皿に落ちようが、床へ散らばろうが、誰も気にしない。野暮ったいことなど今は気にせず、ただ全員がルシウスの反応を見守っていた。
心から歓迎している。
それが、痛いほど伝わってくる。
ルシウスは黙って、自分の皿によそわれた料理を見下ろした。
暖かい空気。
賑やかな食卓。
歓迎の言葉。
誰も、自分を白い目で見ない。
ただそれだけのことが、妙に胸へ刺さる。
こんな感覚を、ルシウスは知らない。
——いや、そうじゃない。
追憶の境界線に追いやられ、忘れてしまいかけていただけなのだ……。
陽だまりみたいな場所。
心安らぐ空気。
昔、確かにそこにあったもの。
無言のまま固まってしまったルシウスの、淋しげな口許に目をつけ、アサギは茶化すように、抜け殻のクラッカーをマイク代わりに傾けた。
「ルシウス選手! 今のご気分はいかがですか!?」
彼女の無邪気な笑顔を向けられ、ルシウスの胸はギュッと締め付けられる。
自然と笑みが溢れた。
宵星館へ来て以来、初めて自分から作った笑顔だった。
そんなルシウスの表情につられて、アサギたちは顔を見合わせる。どうやら、歓迎会は最高な形で幕を開いたようだった。
アサギに倣って、ルシウスは穏やかな表情で立ち上がる。
ここに自分を蔑む者が誰もいない。その事実は、あまりにも眩しく——どこか、胸の奥に込み上げてくるものがあった。
そして。
次の瞬間を境に——会場の空気が凍りついた。
ルシウスの前を、一陣の風が吹き抜ける。
目の前にあったはずの皿が視界を横切って、その先の壁に激突した。
ガシャン!!
砕けた破片と料理が、派手な音を立てて、地面に放り捨てられた。
誰も動けない。
五つの視線が、壁とルシウスの間を彷徨う。
その様相が酷く滑稽で、あまりにも愚かしくって、腹を抱えて笑えそうな醜態だったにも関わらず——スッと感情が抜け落ちて、ルシウスの表情は無そのものだった。
「今の気分だって?」
冷え切った声。
「そんなの、一つに決まってるだろう」
色を失くした瞳が、ゆっくりと机の上を一周した。
この寮でずっと感じていたもの——
優しさや、気遣い。
和やかな笑顔に、献身。
根底にある馴れ合いめいた空気そのものが、ずっと肌に粘りつくようでいて……。
ひたすら——気持ち悪くて、仕方なかった。
そう、吐き気がするほどに。
「——最悪な気分だよ」
たっぷりと溜めてから放った一言は、鉛のように重く。
しかし、あくまでもそれは——氷山の一角に過ぎない。
彼の本音は、今まさに浮上しはじめたばかりだった。
———『続』———
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