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魔術学園の宵星館(へスペロス)  作者: ヤマネ狐


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Episode3~対立~その2

「——嘘つき♪」

 ぽつり、と。

 となりから投げ込まれた爆弾に、二人の少女が振り返る。

 耳へまとわりつくような声音。真夏の羽虫を思わせる不快さに、ルシウスの眉間が歪む。


「仮に転寮生が来るっていうのが本当なら、うちらにもその情報が共有されてなきゃおかしいですよね。でも実際問題、先輩たちも、うちだって、そんな報告は一切受け取っていない……となると、答えは一つしか残されてないんじゃないですか?」


 まるで悪魔の囁きだった。

 止めようにも止められない。

 ここで遮れば、不都合を誤魔化そうとしていると指摘されては、否定に詰まる。

 奥歯を噛み締めながらでも、ルシウスは黙って、その結論を聞くしかなかった。


「嘘ですよ、嘘。この男、うちらへ嘘をついて騙そうとしてたんです。油断したところを狙って襲い掛かろうとしていたに違いありません。それこそ——以前、アサギ先輩にやったみたいに」

「先に仕掛けてきたのは、お前たちの方だ! 違うか!?」


「嘘がめくれそうになったからって逆上するなんて、情けなくありません? それが嘘であれ真実であれ、拷問すれば分かることです」

「確かに、イリスちゃんの言う通り、そうするしかなさそうだね」

 アサギが納得したように頷いている横で、ニヴルナは不思議そうに首を傾げた。


「なら、拷問って、なにをするンダ?」

「確かに。うちの案がダメってことは、アサギ先輩、なにか考えがあるってことですか?」


 二人から疑問が寄せられ、アサギは淡い桜色の口許に、不敵な笑みを浮かべる。


「ふっふっふ……。なーに、簡単な話なんだよルナちゃん。こんな時こそ——宵星館流拷問術の出番だよ!」


 どこか誇らしげな表情は、悪戯っぽくも曲がっていた。

 それを聞いて、もふもふの耳がビクッと跳ねる。


「……アサギ、まさか。アレを、やるノカ?」


 戦々恐々としたニヴルナの横顔を一瞥して、アサギはさらに微笑みを深める。


「これを前にして、口を割らなかった者は誰もいない」


 ギラリ、と茜色の瞳がこちらを向いた瞬間、ルシウスは心臓を掴まれたように固まった。

 嫌な予感しかしない。

 アサギは咳払いすると、勢いよくルシウスを指差した。


「見せてあげよう! 宵星館流拷問術の極意——!」


 ゴクリ。生唾が食道を駆け降りる。

 

「——こちょこちょの刑を!!」  

 

「……は?」


 その瞬間、ルシウスの思考は、停止した。


「よーし、ルナちゃんそっち押さえて!」

「任せロ!」

「イリスちゃんは足固定ね!」

「言われなくてもっ♪」


 呆然に囚われ、硬直したままのルシウスに、三人が一斉に飛びかかってくる。

 獣人の太腿が首を挟み込み、イリスが膝を押さえつけ、アサギが両手をわきわきさせながら迫ってくる。

 遅れて拒絶を口にしようとした、次の瞬間、十本の指がルシウスの脇腹へと侵入した。


「待てッ、やめろ! 本当にやめ——」

「いっくよーーー!!」


 途端、快感にも似た不快感が横腹を襲った。


「——ッ!? ふ——ぐっ……や、やめ……ッ——!!」

「ここかな? いやこっちかな?」

「ぐっ……かぁッ!」


 がっちりと縛られた身体では身をよじることすら叶わず、ルシウスは、アサギの指に容赦なく急所を突かれ続ける。その横では、ニヴルナは無言のまま両肩を固定し、イリスは満足げな顔でその様子を観戦していた。

 カルデンソフィア家の人間として、情けない姿を晒している。その事実が、くすぐられる以上に、ルシウスの表情を苦悶に染める。除けものや腫れものにされた過去はあっても、こんな辱めを受けたのは、人生で初めてだった。

 最後までこいつらの思い通りになるのは癪だった。だからルシウスは、悶え苦しむことはあっても、声をあげて笑ってやるもんかと、胸の中で強く決意した。

 だが、


「さてはここが弱点だな?」


 あっさりと弱点は見つかり、そこを巧みな指捌きで執拗に攻め立てられる。

 鉄壁を志した仮面に亀裂が走り、いとも容易く崩壊した。


「っ!? ぁ、あははははッ!!」

「アサギ先輩、この人めちゃくちゃ効いてますよ」

「ほんとだ! じゃぁさ、ここはどう!?」


 笑いたくもないのに、勝手に喉が震える。

 先ほどまで精神操作を警戒していた自分が馬鹿らしくなるほど、いまは目の前の責苦が辛い。


「ぁ、はっ……! や、やめろ……ッ、ふ、ぁははっ!!」

「えー、まだまだこれからだよ?」


 アサギは妙に楽しそうな声を上げながら、さらに指の動きを加速させる。脇腹を這い回っていた指先が、不意に脇へ滑り込んだ。


「——ッ!!?」


 ニヴルナに肩を押さえられ、逃げ場を失った身体が痙攣する。

 イリスはそんな様子を見下ろしながら、くすくすと喉を鳴らしていた。


「ふふ、随分可愛らしい声出すんですねぇ」

「うるさいッ……!!」

「お、まだ反抗する余裕あるんだ?」


 アサギが悪戯っぽく笑う。

 その笑顔は無邪気なはずなのに、どこか得体の知れない不気味さが滲んでいた。


「じゃあもっと頑張っちゃおっかな〜」

「やめ——ぁっ、ははははッ!!」


 再び指が暴れ回る。

 羞恥と疲労で頭が真っ白になり始めた、その時だった。


「騒がしいぞお前らァ!!」


 バン!! と、勢いよく部屋の扉が蹴り開けられた。

 そこには、煩わしそうにコバルトブルーの眼差しを送る、青髪の少年が立っていた。


「オレの研究を邪魔するなって何度——」


 言葉が止まる。

 視線の先には、三人がかりで拘束された男を、全力でくすぐり責めしている光景。


「…………」


 青髪の少年の眉間に深い皺が寄った。

 その直後、


「ちょっと待ったーー!!」


 さらにもう一人、白髪の少年が息を切らしながら部屋へ飛び込んできた。

 彼はベッドの上を視界へ入れるなり、「やっぱり、こうなってた……」と半ば呆れたように呟いた。

 そのまま慌てた様子で、彼はルシウスを指差す。


「みんな! その人、新しい寮生!!」


 その瞬間、その場に満ち溢れていた喧騒が、跡形もなく吹き飛ばされた。

 完全なる沈黙。

 数秒かけて、三人の顔がぎこちなくルシウスへ向く。


「……へ?」

 アサギが固まる。


「……エ?」

 ニヴルナの耳がぴこんと立った。


「…………は?」

 イリスの笑顔が凍りつく。


 そして。

 拘束されたまま涙目になっているルシウスが、死んだ魚のような目で、三人を見返していた。

 数秒後……、

 

「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?」」」

 

 宵星館中を揺らす絶叫が、盛大に響き渡ったのだった。


———『続』———


 最後までお付き合いいただきありがとうございます。

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