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魔術学園の宵星館(へスペロス)  作者: ヤマネ狐


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Episode9~私を視て~その4

     ♦︎


 ルシウスとサイードが激突する一方——決闘場の片隅、フローラとアサギの間には剥き出しの緊張が張り詰めていた。


 両者の相性は、見るからに分が悪い。


 フローラが操る魔術は遠距離に特化したもの——弾幕を縦横に展開し、相手の動線を削り、退路ごと封鎖する。対してアサギの戦い方は、相手の術式の隙間へ潜り込み、手の届く距離で勝負を決する近接寄りのそれだ。


 有利と不利は、はじめから明らかだった。


 繰り出されるフローラの魔術は気まぐれな流星のごとく軌道が変わり、読み切ったと思った瞬間、死角から別の一撃が横合いへ差し込んでくる。

 弾幕の隙を縫ってルシウスへ加勢しようとするたびに——ほとんど予告なく——その一撃がアサギの進路上へ叩き込まれた。


 三度試みて、三度阻まれる。

 舌打ちを呑み込みながら、アサギは再び正面へ意識を向けた。

 視線だけをルシウスへ飛ばす。彼はまだ立っていた。サイードの拳を凌ぎながら、この決闘の軸を保っている。

 よかった。まだいける。

 そう思った矢先、フローラの声が飛んでくる。冷静で、乱れのない声だった。


「……ひとつ、うかがいたいのですが」


 距離を保ちながら、フローラは言った。攻撃の手は緩めないまま、しかし問いの口調だけは穏やかだった。


「なぜ、貴方はあの人の味方をするのですか」


 アサギは即座に返す。


「あたしが決めたから」

「決めた?」

「うん。決めた」


 弾幕の隙間を読みながら、アサギは続ける。呼吸は乱れているが、声だけは澄んでいた。


「で、フローラさんに聞きたいんだけど」


 一度、大きく横へ転じる。着地した瞬間、地面すれすれで一撃が通過していった。


「どうして決闘、なの? しかも、ルシウスくんが負けたら、"家との縁を切る"って……なんで、そんな話になるの?」


 フローラの攻撃の密度が、ほんの一瞬だけ変わった。

 変わった、というより——揺れた。

 だが、すぐに元の冷静さを取り戻す。その切り替えの速さが、また嫌らしかった。


「……正しく、断罪する必要があるからです」


 断罪。

 その言葉を、アサギは口の中で繰り返した。


「ステラフォル君が今の状況に至ったのは、誰かが正しく向き合って来なかったからです。甘やかし、見て見ぬ振りをし、あるいは遠ざけた。その結果があれです」


 フローラの声は揺れていない。けれどその芯には、何か固いものが宿っていた。


「今のあの人では——わたしたちには、敵わない」


 その言葉がアサギの胸に刺さった瞬間、中庭が揺れた。

 観衆のどよめきが波のように広がる。人の声が、空気そのものを塗り替えていく。

 アサギは反射的に視線を向けた。


 ルシウスが、宙を舞っていた。


 弧を描き、背中から地面に叩きつけられる。その衝撃が、遠くからでも伝わってくるような重い音だった。


 しん、と。アサギは動きを止める。

 フローラが顎でルシウスの方を示す。


「ほら、言った通りでしょう」


 声に棘はない。ただ、事実として告げている。それがかえって——冷たかった。


「残るはあなただけですわ。ステラフォル君が敗れた以上、もうあなたに戦う理由はありません。この決闘にあなた一人が勝ったところで、何の意味もない。

 真に彼を思うのであれば、今すぐにでも、あなたは降参するべきです」


 静かな、しかし確信に満ちた声だった。

 アサギは答えなかった。すぐには、答えなかった。

 ただ、視線をルシウスへ向けたまま、口を結んでいた。

 周囲の喧騒が遠ざかる気がした。中庭の空気が、二人だけの間だけ凪いでいる気がした。


「確かにあたしだけが勝っても意味はない。……けど」


 アサギの声は、低くなった。

 低くなった分だけ、重くなった。

 フローラを上回る断定の響きが、二人の間を静かに駆け抜けた。


「あたしは信じている。ルシウスくんは絶対に、フローラさんたちには負けない」


 フローラは何も言わなかった。

 言えなかった、とも言えた。あるいは、言う必要を感じていなかったとも。

 けれどその直後——中庭がうねった。


 歓声ではなかった。

 驚嘆だった。観衆の息が一斉に止まり、そして一拍遅れて、それが爆発した。

 フローラの視線が、引き寄せられるようにルシウスへ向く。

 ボロボロで満身創痍の少年の姿がそこにはある。

 服は汚れ、いくつかの箇所から滲んだ血が制服に黒く滲んでいる。体は重力に逆らうことすら億劫そうに見えた。


 それでも——立っていた。

 両の足で地面を踏み、顔を上げて、真正面を見据えている。

 そしてその身から溢れ出る闘志は、倒れる前の何倍も濃い。


 折れていない。

 砕けていない。


 アサギは何も言わなかった。ただ、ほら、と言いたげな瞳でフローラを見つめる。

 フローラは——しばらく、ルシウスの姿から目を離せなかった。



    ♦︎



  最後までお付き合いいただきありがとうございます。

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