Episode9~私を視て~その4
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ルシウスとサイードが激突する一方——決闘場の片隅、フローラとアサギの間には剥き出しの緊張が張り詰めていた。
両者の相性は、見るからに分が悪い。
フローラが操る魔術は遠距離に特化したもの——弾幕を縦横に展開し、相手の動線を削り、退路ごと封鎖する。対してアサギの戦い方は、相手の術式の隙間へ潜り込み、手の届く距離で勝負を決する近接寄りのそれだ。
有利と不利は、はじめから明らかだった。
繰り出されるフローラの魔術は気まぐれな流星のごとく軌道が変わり、読み切ったと思った瞬間、死角から別の一撃が横合いへ差し込んでくる。
弾幕の隙を縫ってルシウスへ加勢しようとするたびに——ほとんど予告なく——その一撃がアサギの進路上へ叩き込まれた。
三度試みて、三度阻まれる。
舌打ちを呑み込みながら、アサギは再び正面へ意識を向けた。
視線だけをルシウスへ飛ばす。彼はまだ立っていた。サイードの拳を凌ぎながら、この決闘の軸を保っている。
よかった。まだいける。
そう思った矢先、フローラの声が飛んでくる。冷静で、乱れのない声だった。
「……ひとつ、うかがいたいのですが」
距離を保ちながら、フローラは言った。攻撃の手は緩めないまま、しかし問いの口調だけは穏やかだった。
「なぜ、貴方はあの人の味方をするのですか」
アサギは即座に返す。
「あたしが決めたから」
「決めた?」
「うん。決めた」
弾幕の隙間を読みながら、アサギは続ける。呼吸は乱れているが、声だけは澄んでいた。
「で、フローラさんに聞きたいんだけど」
一度、大きく横へ転じる。着地した瞬間、地面すれすれで一撃が通過していった。
「どうして決闘、なの? しかも、ルシウスくんが負けたら、"家との縁を切る"って……なんで、そんな話になるの?」
フローラの攻撃の密度が、ほんの一瞬だけ変わった。
変わった、というより——揺れた。
だが、すぐに元の冷静さを取り戻す。その切り替えの速さが、また嫌らしかった。
「……正しく、断罪する必要があるからです」
断罪。
その言葉を、アサギは口の中で繰り返した。
「ステラフォル君が今の状況に至ったのは、誰かが正しく向き合って来なかったからです。甘やかし、見て見ぬ振りをし、あるいは遠ざけた。その結果があれです」
フローラの声は揺れていない。けれどその芯には、何か固いものが宿っていた。
「今のあの人では——わたしたちには、敵わない」
その言葉がアサギの胸に刺さった瞬間、中庭が揺れた。
観衆のどよめきが波のように広がる。人の声が、空気そのものを塗り替えていく。
アサギは反射的に視線を向けた。
ルシウスが、宙を舞っていた。
弧を描き、背中から地面に叩きつけられる。その衝撃が、遠くからでも伝わってくるような重い音だった。
しん、と。アサギは動きを止める。
フローラが顎でルシウスの方を示す。
「ほら、言った通りでしょう」
声に棘はない。ただ、事実として告げている。それがかえって——冷たかった。
「残るはあなただけですわ。ステラフォル君が敗れた以上、もうあなたに戦う理由はありません。この決闘にあなた一人が勝ったところで、何の意味もない。
真に彼を思うのであれば、今すぐにでも、あなたは降参するべきです」
静かな、しかし確信に満ちた声だった。
アサギは答えなかった。すぐには、答えなかった。
ただ、視線をルシウスへ向けたまま、口を結んでいた。
周囲の喧騒が遠ざかる気がした。中庭の空気が、二人だけの間だけ凪いでいる気がした。
「確かにあたしだけが勝っても意味はない。……けど」
アサギの声は、低くなった。
低くなった分だけ、重くなった。
フローラを上回る断定の響きが、二人の間を静かに駆け抜けた。
「あたしは信じている。ルシウスくんは絶対に、フローラさんたちには負けない」
フローラは何も言わなかった。
言えなかった、とも言えた。あるいは、言う必要を感じていなかったとも。
けれどその直後——中庭がうねった。
歓声ではなかった。
驚嘆だった。観衆の息が一斉に止まり、そして一拍遅れて、それが爆発した。
フローラの視線が、引き寄せられるようにルシウスへ向く。
ボロボロで満身創痍の少年の姿がそこにはある。
服は汚れ、いくつかの箇所から滲んだ血が制服に黒く滲んでいる。体は重力に逆らうことすら億劫そうに見えた。
それでも——立っていた。
両の足で地面を踏み、顔を上げて、真正面を見据えている。
そしてその身から溢れ出る闘志は、倒れる前の何倍も濃い。
折れていない。
砕けていない。
アサギは何も言わなかった。ただ、ほら、と言いたげな瞳でフローラを見つめる。
フローラは——しばらく、ルシウスの姿から目を離せなかった。
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