Episode9~私を視て~
「——というわけだ。わかったか?」
当初は決闘のルールだけを伝えるつもりだった。
しかし目の前の赤髪の少女が、それだけで納得するはずもなく。
どうして決闘することになったのか。なぜフローラ・リヴィエールと再び対立しているのか。手伝う以上は事情を知る権利があると言い張って一歩も引かず、結局ルシウスは事の経緯を一通り話す羽目になっていた。
そうして返ってきたのは、
「ふーん、なるほどねぇ——て、それルシウスくんが悪いじゃん」
という、あっけらかんとした感想だった。
「黙れ」
思うままを口にするアサギに、ルシウスは躊躇なく言い捨てた。
「今は俺の話などどうでもいい。重要なのは、お前がルールを把握したか否かだ」
「一応は理解したよ。要するに、相手に大怪我させなきゃいいってことでしょ!」
「……はぁ」
ルシウスは思わず額を手で支える。
理解しているのか、していないのか、判断に困る反応だった。
とはいえ、今この瞬間も、思考の大半は目前の決闘へ注がれている。
目下の最大の懸念は、やはり決闘方式だ。
こうした互いの家の名を立てて行われる公式な場では、双対決闘ではなく、一対一の伝統的な方式が選ばれることが多い。互いの名誉や誇りを背負う以上、本来なら他人に命運を委ねるなど避けるべきリスクだからだ。
しかし、フローラはそうしなかった。
理由を考えるとすれば、まず彼女が得意としている魔術特性の問題が挙げられる。
リヴィエール家が代々継承する神秘は、植物を対象とした錬金術に分類される系統魔術である。その術式の多くは中長距離での運用を前提とし、広範囲の制圧に優れる反面、一度懐へ潜り込まれれば優位を失いやすい。
近中距離を主戦場とするルシウスとの相性は、決して良いとは言えない。だからこそ側近を盾に一対一を回避した——そう考えることもできる。
だが、それだけでは腑に落ちない部分があった。
自然と視線が彼女の隣へ向く。
いつも傍に控えている褐色肌の少年。フローラたちと衝突したことは何度かあったが、実力行使を伴ったのは先日の噴水広場が初めてだ。あの時はまともに交戦する前に横槍が入ったため、得意とする術式もわからず、判断材料はほとんど存在しない。
フローラが相方として選んだ以上、彼女の欠点を補える人材であることは間違いないのだろう。
残る問題はといえば——こんな相方で、果たして大丈夫なのかということだが。
「——っ」
そこまで考えたところで、ルシウスは思考を打ち切る。
不敵な笑みを携え、フローラがこちらへ歩み寄ってきていた。
「どうされたんですか? ステラフォル君。今頃になって、怖気付いたのではありませんわよね。もしそうなのだとしたら、御三家の子息として見苦しいのではなくて?」
直前の思案顔に対する挑発であることは見え透いている。ルシウスが沈黙を貫く一方で、フローラは構わず言葉を続けた。
「あくまでこれは忠告ですけれど……あまり無様な姿は晒さないでくださいませ。これ以上、あなたの家の看板に泥を塗るのは、あなたにとっても得策ではないでしょう。せいぜい頃合いを見て、投了することをお勧めいたしますわ」
やがて皮肉の色は薄れ、その表情は聞き分けのない子供を諭すような真剣さを帯びたものへと変化していた。
一拍置いて、フローラは宣言する。
「必ずや、わたしが貴方より強いと証明してみせますわ」
そう吐き捨てるように言い放つと、癖のある長髪を翻して身を返し、共に戦う少年の耳元へと顔を寄せに行った。
その光景を忌々しそうに眺めていると、不意に背後から肩を叩かれる。
「ねぇねぇ、ルシウスくん見てみて! さっきよりも人がいっぱい集まってきてるよ? まるであたしたち、音楽フェスの主役になったみたいだね!」
そこには、目を輝かせながら野次馬たちへぶんぶんと手を振るアサギの姿があった。まるで歓声に応える人気歌手のような振る舞いである。
しかし、それも長くは続かなかった。
ふと何かに気付いたように動きを止めると、そのまま首だけをくるりと回し、ルシウスの顔を捕捉した。
「ところで話は変わるけど……。フローラちゃんと側近のあの人って、とっても仲良しだよね。仲良く共闘するのって羨ましいなぁ。
そうだ! ルシウスくんも、あの人みたいにあたしに接してみるのってどう? そうしたら今よりもっと仲良くなれるって思わない!?」
期待を滲ませた眼差しが頬を刺す。
だが、ルシウスはその言葉をまともに拾わなかった。
視線はフローラたちへ向けたまま、彼は淡々と言葉を重ねる。
「いいか、オウサカ。試合開始の合図とともに、俺はリヴィエールを強襲する。お前は隣の男の足止めでもしていればいい」
そして念を押すように続けた。
「決して余計なことはするな。俺の邪魔をするんじゃない」
「ぶぇーー? それじゃ、あたしがつまんないじゃん! ルシウスくんばっか活躍するんじゃ、あたしが立候補した意味がないよ! あたしもー、見せ場がー、欲しいー!」
「口ばかり達者にするな。これは俺とあの女の決闘だ。誰にも手出しはさせない。それに、この決闘はあの方も見ている」
刹那、ルシウスの視線がアサギの顔から逸れた。
その行き先は、中庭の観覧席。
「もしかして、お兄さんのこと?」
「珍しく察しがいいな。そうだ。あの方の前で家の恥を晒すわけにはいかない。それに、御三家でもない相手に時間をかけて勝利を収めても意味がない。必要なのは圧倒的な勝利だけだ。然もなくば、俺は——」
「俺は?」
反芻された言葉に、ルシウスは口を閉ざした。
今さらこの少女に話したところで、何かが変わるわけでもない。自分の問題は、自分だけが引き受ければいい話だ。
数秒の沈黙ののち、ルシウスは小さく首を振った。
「いや、なんでもない。そろそろ始まる。準備しろ」
「えー! まだ、あたしの質問に答えてもらってないよ! 仲良くするよね? ね?」
「——くどい!」
落雷にも似た怒声が二人の間に響いた。
先刻、フローラに煽られた苛立ちが、まだ体の芯のどこかで燻っている。それを隠す気はなかった。
「以前にも言ったが、俺はお前と馴れ合う気はない。いまは、自分の役割にだけ集中しろ! それだけでいい」
その直後、決闘の審判を担うレオニスから両陣営へ招集がかかった。
まだ言い足りない顔のアサギだったが、ルシウスがすでに歩き出していることに気づくと、渋々といった様子でその背中を追いかけた。
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