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魔術学園の宵星館(へスペロス)  作者: ヤマネ狐


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Episode8~箒は彗星の如く~その3

 両陣営の顔触れが揃ったことを確認すると、レオニスは一歩前へ出た。


 中庭にはすでに相当数の生徒が集まり始めている。

 決闘という単語の持つ吸引力は想像以上だったらしい。

 遠巻きに様子を窺う者、興味津々に身を乗り出す者、噂話に花を咲かせる者——様々な視線が自然と中央へ集束していた。


 そんな喧騒を見渡してから、レオニスは静かに口を開く。


「制限時間は設けない。降参、あるいは審判が戦闘不能と判断した時点で決着とする。最後まで戦力を保持していた陣営の勝利だ。

 また、相手を死に至らしめる危険性の高い魔術の使用は禁止。魔導具を含む武器の持ち込みも認めない。

 ただし、決闘開始以降に魔術によって生成したものであれば使用を許可する。無論、刃引きのされていない刃物は例外なく禁止だ。

 そして、以上の規定に違反したと審判が判断した場合、その時点で反則負けとする。いかなる事情があろうと、この決定が覆ることはない」


 澄み切った声音だった。

 その声は決闘者たちだけでなく、刻一刻と増え続ける観覧者たちの耳にも明瞭に届いていた。


「以上のルールに則り、この決闘は二対二による双対決闘として執り行う」


 ピシャリと言い放たれたその瞬間、

「————」

 ルシウスの脳裏を電流が駆け抜けた。みるみるうちに思考が白く塗り潰されていく。


 領域型術式の扱いに難があることなど、今さら隠しようもない——学園中に知れ渡っていることは、ルシウス自身が誰よりも承知している。だからこそ、フローラが自分の最大の武器である魔導具を封じてくることまでは予測していた。


 しかし、最後の宣言だけは、まるで想定していなかった。てっきり眼前の少女との一騎打ちになるものと考えていたルシウスは、戸惑いを隠し切れない。


 その僅かな動揺を隣のレオニスに拾われる。


「ルシウス。お前のペアはどうする?」


 問い掛けに、ルシウスは即座に答える。迷う余地はなかった。


「いえ。自分一人で十分です」


 刹那、褐色肌の少年のこめかみがぴくりと引き攣った。その額には青筋が浮かび上がり、今にも何か言い返そうと口が開きかける。


 だが、その前にフローラの指先がそっと袖を摘まんだ。


 褐色の少年は一度だけルシウスを睨みつけると、喉元まで込み上げていた言葉を無理やり飲み込んだ。


「しかし、ルールだ」

 困ったように肩を竦めたレオニスは、諭すような口調でそう言った。


 そして視線を中庭へ向ける。

 観衆の数は今も増え続けており、好奇や期待の色に満ちたざわめきが絶えず広がっている。そのすべてを一息に見渡してから、彼は声を張った。


「誰かルシウスのパートナーを引き受けてくれる者はいないか」


「「「「「…………」」」」」

 沈黙が重くのしかかる。


 十秒が過ぎ、さらに数秒が流れようとしても、誰一人として手を挙げる様子はなかった。

 先程まで賑やかだった中庭が、潮の引くように静まり返っていく。誰もが腫れ物を扱うように息を押し殺し、その場の成り行きを窺っていた。


 弟を取り巻く現状に軽い頭痛を覚えながら、視線だけで兄に指示を仰いでみる。が……、頑なに首を左右へ振り続けるレグルスの姿に、レオニスは小さくため息を漏らした。


 一方で、ルシウスもまた頑固だった。誰も名乗り出ない状況に落胆するどころか、独りで十分だと言わんばかりに闘志を燃やしている。


 どうしたものか。そう思いながら何気なく視線を虚空へ彷徨わせた。


 その時だった。


 不意に、その動きが止まる。


「……ほう」


 ほんのわずか、群青の眼が見開かれ。

 次いで、どこか愉快そうに口元が緩んだ。


 そうして、レオニスは肺いっぱいに空気を吸い込む。


「今一度、この場に集う者へ問う! 我が弟のパートナーを引き受けてくれる者はいないか!」


 その声は天高くまで轟いた。


 だが生徒たちの反応は先程と変わらない。誰もが先ほどの二の舞を予想し、目を覆う者までもいた。


 相手はリヴィエール。今もっとも勢いのある派閥を率いる少女。

 対して味方になるのは、問題児として悪名高いカルデンソフィア家の失敗作。


 どちらが有利かなど、問うまでもなかった。


 誰が好き好んでそんな窮地へ飛び込むというのか。

 どうせ手を挙げる者など現れない。

 少なくとも、この場にいる生徒たちの誰もがそう思っていた。



 しかし——

 


「はーい!! はいはいはい、はーーーーーーい!!」

 


 突如として、どこからともなく快活な声が降ってきた。


 中庭中の視線が大きく揺れる。

 誰もが声の主を探して辺りを見回し、その視線は幾重にも交差した。


 やがて誰かが頭上を指差して、叫んだ。

「上だ!」

 その一言に導かれるように、何十もの首が一斉に持ち上がる。

 

 肩口で跳ねる紅の髪。

 夕焼けを映したような瞳。

 薄桃色の肌に浮かぶ無邪気な笑み。

 その全身からは抑えきれない好奇心が溢れていた。

 

 ――アサギ・オウサカ。

 

 この学園で一番の問題児。

 境界の彼方から飛来した彗星が如く、彼女は空を裂いて現れた。


「この逢坂浅葱が! ルシウスくんのパートナーに志願します!」


 箒に跨り、空を自由に駆け抜ける赤毛の少女。かつては魔術師の象徴とされながら、今や前時代の遺物として忘れ去られた箒術。

 あまりにも時代錯誤で、あまりにも目立ち過ぎる登場だった。


 その姿は誰の目にも強烈に焼き付き、会場は割れんばかりのどよめきに包まれた。


 フローラは、思わず息を呑む。

 褐色肌の少年もまた目を見開き、信じられないものを見るように空を仰いでいた。

 観衆のざわめきは瞬く間に広がり、あちらこちらで驚愕と困惑の声が上がる。遠巻きに眺めていた生徒たちは顔を見合わせ、何事かと囁き合っていた。

 離れた場所にいたフレイでさえ、目を丸くして凝視している。


 誰もが予想していなかった。

 まさか、彼女が現れようとは——ただの一欠片も。


 だが——その場にいた誰よりも衝撃を受けていたのは、間違いなくルシウスだった。


 思考が止まる。

 理解が追いつかない。


 なぜ、お前がここにいる?

 なぜ手を挙げた?

 なぜ自分の隣へ向かってくる?


 疑問ばかりが脳裏を埋め尽くす。


 気がつけば、一直線にこちらへ飛んでくる少女の姿を、呆然と眺めていた。


 軽やかに着地したアサギは、そのまま当然のようにルシウスの隣へ歩み寄る。

 そして、屈託のない笑みを浮かべた。


「ルシウスくん、私がパートナーってことでいいよね?」


「……あ、ああ」

 それは返答などではなかった。驚愕に揺さぶられた喉から、たまたま肯定の形をした声が漏れ出しただけのことに過ぎない。


 だが、静寂のひと呼吸を置いて、自身が口にした言葉の意味が追いついてくる。


 瞬間、ルシウスの顔色が変わった。


 ――待て、今のは違う。そういう意味で言ったんじゃない。

 その唇が言い直しの言葉を形作ろうとした、まさにその時、


「ぃやったー!! やっとルシウスくんに認められた!」


 それよりも早く、少女の歓声が中庭いっぱいに響き渡った。


「待て! 俺はそんなつもりで言ったんじゃ!」

「でも、私以外にルシウスくんのパートナーになってくれる人っていないよね?」


 不意に投げ掛けられた言葉に、ルシウスは息を詰まらせた。


 反論しようと思えばいくらでもできる。

 厚かましいだとか、勝手に決めるなだとか、文句なら山ほど浮かんでくる。


 けれど、そのどれもが喉元で引っ掛かったまま先へ進まない。

 周囲を見渡すまでもなかった。

 レオニスが二度に渡って呼び掛けても、名乗り出る者はついに現れなかったのだから。


 沈黙こそが答えだった。


 結果として、この場で自分の隣に立とうとしているのはアサギただ一人。

 その事実を突きつけられた瞬間、ルシウスは何も言い返せなくなってしまった。


 口を開きかけたまま固まる弟を一瞥して、レオニスは小さく息を吐く。

 少なくとも当人同士に異論はなさそうだ。

 そう判断した男は、一歩前へ出ると朗々と宣言した。


「オウサカ嬢を、ルシウスのパートナーとして認める」


 それと同時に、中庭のざわめきが再び大きく膨れ上がった。

 問題児として名高い二人が同じ陣営に立つ。誰も予想していなかった組み合わせに、生徒たちは口々に驚嘆を交わしている。


「さて、これで両陣営の準備は整った。しかし数分だけ、オウサカ嬢のためにルール確認の時間を設ける。その後、決闘を開始する。双方とも準備を怠らぬように」


 そう告げると、レオニスは一度その場を締め括るのだった。








  最後までお付き合いいただきありがとうございます。

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