Episode8~箒は彗星の如く~その2
弟へ激励の言葉を贈った後、レオニスは決闘の調整をすると告げ、中庭の片隅で観覧席を設けるレグルスの元へ歩み去ってしまった。
その後ろ姿を呆然と見送っていると、木の陰からフレイが顔を出した。
偶然の遭遇というわけではない。彼がずっと離れたところからタイミングを伺っていた。
口を開きかけた矢先、フレイの声が先に飛び出す。
「大丈夫!? ルシウス君!」
あまりにも切迫したそれに、ルシウスは思わず口にしかけた言葉を忘れる。
大丈夫か、と彼は訊いた。
なんとかその言葉を咀嚼しようと試みるが、納得には辿り着けない。
確かにあの時の爆発は、距離を詰めていたこともあって、腕一本程度なら容易く吹き飛ばせるほどの威力があった。
けれどだからと言って、フレイがルシウスを心配する道理は無いように思える。
何故など語るまでもなく、巻き込まないための措置だったとはいえ、本人に一言も告げないまま全力で背後へ投げ飛ばしたのはルシウス自身なのだから……。
むしろ大怪我をしていたって不思議ではなかったのだ。
それなのに、彼は……。
「爆発をモロに喰らってたけど………うん、目立った怪我はなさそうだね」
よかったぁ、そう言ってフレイは胸を撫で下ろす。
ルシウスはその様子を、ただ言葉もなく見つめるだけだった。
「それにしても、モンテーニュさんの方は大丈夫だったのかな? 頭からかなり出血してたけど……」
「……知らん」
「ルシウス君……」
あんなことがあった手前、素直に心配することができないルシウスを見て、フレイは不安そうな眼差しを浮かべる。
しばらくの沈黙の後、フレイはふと思い出したかのように、「そういえば」と呟くと、自身の背後へ視線を向けた。
「さっきのあそこにいる人たちって、もしかしなくても、ルシウス君のお兄さんたちだったりするのかな?」
「そうだ」
「お兄さんって怖い人なの?」
「?」
兄たちの話題になることは珍しくない。行動を共にすれば、同年代からかならず一度は問われてきた。
ただ、こういう形で彼らの人となりを訊かれたのは、初めてのことだった。
「なぜそう思う?」
「だって、さっきからルシウス君の様子が変だと思ったから……」
「気のせいだ」
「気のせいじゃないよ」
即座の否定へ、さらに重ねるようにフレイは言った。
「お兄さんたちがやって来てから、なんだかとっても苦しそうだよ」
「——お兄様たちは関係ない」
俯きがちに、ルシウスは拳を握り込んだ。
「俺が弱いだけだ。カルデンソフィア家の子息として、あるべき姿を全うしていれば、お兄様たちは——」
そこで、ルシウスはハッとする。
顔を上げると、フレイの目が丸く見開かれていた。
「ご、ごめん。余計なこと言っちゃったよね」
その表情を見て、胸の奥に澱んでいたものがすっと引いていく。
「……すまない。少し、取り乱した」
「ううん。ぼくが的外れなこと言っちゃったのが悪いんだよ」
「……」
肯定も否定もなく、ルシウスはじっと翡翠色の瞳を見据えた。
「お兄様たちは、俺の遠く及ばぬところにいるお方達だ。それは間違いない」
「ルシウス君?」
「だから——わからない。レグルスお兄様が何を思い、あの決闘を許したのか」
それがわからない、ぽつりルシウスは呟く。
「レオニスお兄様は『試練』だと言った。だが、決闘には必ず賭けるものがある。俺はカルデンソフィア家の誇りを賭けることになるだろう」
右手を開き、その掌を見下ろす。ブロンド髪の少女の姿が一瞬だけ脳裏を過り、ルシウスは指を握り込むことでそこから追い払った。
「おそらくリヴィエールは、この決闘で俺を打ち負かすことで、先ほどの一件への報復を果たすつもりだ。そのうえで兄上たちの前に俺の無様を晒せれば、あの女にとっては十分目的を果たしたことになる」
「それって……」
フレイが何か言いかけた、その時だった。
中庭の反対側で動きがあった。
いつの間にか、フローラたちと話をつけていたレオニスが、こちらへ視線を向ける。
どうやら決闘の条件整理が終わったらしく、
「——ルシウス、こちらへ」
有無を言わせぬ声が響いた。
すぐ行きます、とだけ短く返して、ルシウスはフレイへ向き直る。
「悪いが話はここまでだ。俺は行く」
「待って!」
甲高い声が、その場を去ろうと踏み出したルシウスの足を引き止めた。
「ルシウス君、嫌なことは嫌って言ってもいいんだよ?」
「……白髪」
「は、白髪!? それってぼくのこと?」
彼の戸惑いには答えずに、ルシウスは続ける。
「お前が何かを勘違いしているのは分かった。だがこれは、俺がカルデンソフィア家の一員である以上、最初から避けられない話だ。好き嫌いで動く余地など、そもそもどこにもない」
そう、これは彼にとって必然の理り。
「それに——これは、お前には関係のないことだろ」
背を向けたまま言い切る。
フレイが今どんな顔をしているかはわからない。ただ、首筋に触れる気配だけが、笑顔ではないと静かに物語っていた。
だが、それでもルシウスは気にしない。
なぜなら、
「もう無理に俺に構う必要はない」
彼はすでに、道の先に立ちはだかる障壁を見据えていたから。
その言葉だけを残して、ルシウスは歩き出した。
「ルシウス君」
背中で小さく声が上がった気がした。
今度は、引き止めるほどの力はない。
弱々しく、か細いその声を、ルシウスは振り払って進む。
三人が待ち構える中で、先に出迎えたのはフローラだった。
互いに不敵な笑みを浮かべ、睨み合う。
「来ましたわね、ステラフォルくん。尻尾巻いて逃げるなら今のうちですわよ」
それは単なる挑発の言葉ではない。この瞳にこそ映らないものの、白色のグローブが今、ルシウスの足元へ放り投げられたのだ。
フローラの正面でルシウスは足を止め、一瞬だけ彼女の周到さに眉を動かす。
けれど、すぐにルシウスは心を引き締める。
返す言葉は、ここへ来る前からすでに決まっていた。
「俺はただ一族としての責務を全うするだけだ」
それ以上でも、以下でもない。
そうして、互いの誇りをかけた戦いの幕が——静かに、しかし確かに、上がった。
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