Episode8~箒は彗星の如く~
それぞれの理由で虚脱したルシウスたち三人の元へ、ため息を携えたレオニスがやってくる。
そんな彼の存在に真っ先に気付いたのは、急速な緊張の開放から未だ床にへたり込む少女の背中を支えていた、褐色肌の少年だった。
主人を気遣うように半歩前へ出かけたものの、相手の目的に自身が含まれていないことを察すると、その足はすぐに止まった。
「リヴィエール嬢」
呼びかけられたフローラは、どこか遠くへ向いていた意識を引き戻すように瞬きを繰り返す。
つい先程まで、濃密な神秘を外套を纏う様に従える、あのレグルスと相対していたのだ。
胸の内ではまだ様々な感情が渦巻いているに違いない。
それでも少女は乱れかけていた呼吸を整え、レオニスへ向き直った。
「お初にお目にかかる。俺はコルレオニスというものだ。そのままでは呼びづらいので、兄たち同様レオニスと、そう呼んでくれ。
普段は次期当主の補佐をしている。よろしく」
「こちらこそ、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。
フローラ・リヴィエールと申します。レオニス様、よろしくお願いいたしますわ」
そう言って、礼を示すべく立ちあがろうとするが、
「そのままで結構だ」
レオニスに手で制され、促される通りにフローラは持ち上げかけた腰を再び地面に下ろした。
だからと言って、その場の空気が弛緩することはない。
公衆の面前だからか、レオニスの態度は普段ルシウスに見せるそれに比べ少し硬い。レグルスほどではないが、背筋が伸びるような緊張感を常に放っている。
さて、と前置きして、レオニスは三人の元に訪れた目的を果たすべく口を開いた。
「早速本題だが、元が学生間のトラブルであろうと、カルデンソフィア家の次期当主が認めたからには、俺もこの一件を軽々しく扱うつもりはない。
この決闘は正式なものと相なった。決闘を許可する以上、事前の取り決めが必要となる」
それまで二人を見据えていた眼差しが、ゆるやかにフローラへ定まる。
一呼吸おいて、レオニスは彼女へ言った。
「兄からの伝言だ。勝敗の条件、使用する魔術の範囲、その他の制限事項など——リヴィエール嬢、貴女の要望をまとめておいて欲しいとのことだ」
「それは、決闘の枠組みそのものを、わたしに定めよということですか?」
「そうだ。加えて、この決闘でルシウスに何を求めるのかも明確にしておけ。
内容が決まり次第、こちらで精査する。いいな?」
「……承知しました」
表面上は取り繕って見えるが、その声は煮え切らない様子だった。
腑に落ちない。言外にそんな雰囲気を察知する。
しかし、レオニスは気にも留めていない態度で、隣の褐色肌の少年に視線を移した。
「君も彼女の補佐を頼む」
「お任せください」
即座に応える側近の少年。
彼もまた主人と同じ違和感を抱いていたが、今ここで余計な進言を重ねれば、彼女の矜持に傷をつけかねない。そう判断し、その場は黙って従うことにした。
二人の胸中に釈然としないものが残っているのは明らかだったが、レオニスは構わず小さく頷いた。
それから、離れた場所に佇む弟の姿を視界の端に捉えると、
「ルシウス」
「……はい」
「ついて来い」
そう言って、レオニスは身を翻した。
ルシウスは一度だけフローラの方を振り返ったものの、結局何も言わず、その背中を追う。
一方で、中庭の中心へ向かう兄弟を横目に、フローラたちもまた決闘の条件をまとめるべく話し合いを始めていた。
人目を避けるように二人が足を止めたのは、それから少し後のことだった。
見上げれば、最も低い枝でさえルシウスとレオニスの背丈を足し合わせてようやく届くかどうかという高さにあり、その枝葉は周囲の喧騒を遠ざけるように頭上を覆っている。
「どうしてこんなことになった?」
「自分の至らなさ故です」
「反省文を聞きたいわけじゃない。ことの顛末を求めているんだ」
木の幹に背中を預けたレオニスは、頭痛を追い払うように小さく息を吐いた。
「とはいえ、お前のことだ。何かしら良からぬ未来でも予知してしまったのだろう。それを防ごうとして、このような結果になった。間違いないな?」
「はい」
一族の人間である以上、ルシウスがその身に宿す神秘のことも、それに伴って彼へ課せられた責務の重さも、レオニスはよく知っている。
だからこそ、言い訳も弁明もなく返された肯定に、彼は一瞬だけ喉を詰まらせた。
「……リヴィエール嬢らへ説明は?」
「していません。カルデンソフィアの神秘を口外するわけにはいかないと判断しました」
「そうか……、そうだな。
お前は、正しい。しかし……」
「しかし?」
「いや、なんでもない気にするな。……だが、すでに舌の上を離れた唾は飲み込めない。
兄さんが一体どんな考えで決闘を許可したのかは定かではないが、決まってしまった以上、手を抜くことは許されない。わかっているな?」
「もちろんです」
力強く頷いたルシウスだったが、その直後、わずかに表情を曇らせた。
「ですが、気になることが一つあります」
「言ってみろ」
「本来であれば、決闘を受ける側が条件を定めるものではないでしょうか?」
その疑問は、先ほどフローラたちが見せた複雑そうな表情に通じるものだった。
儀礼を重んじるのであれば、ルシウスの言う通りであるべきである。
だが実際は異なり、その権利を挑戦者側へ委ねるという判断は、見方によっては『どのような条件を持ち出されようと結果は変わらない』と捉えられてもおかしくはなかった。
「それもレグルス兄の判断だ。正直、俺も意図を測りかねている」
レオニスもまた、そのことは重々承知しているのだろう。だからこそ、その声には確かに困惑の色が滲んでいた。
兄の真意は定かではない。しかし、長年その背中を見続けてきた彼には、一つだけ確信できることがあった。
「だが、ルシウス。これは兄さんからお前に与えられた試練であることは間違いない」
弟の双眸を真っ直ぐに見据え、レオニスは言った。
「負けるなよ」
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