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魔術学園の宵星館(へスペロス)  作者: ヤマネ狐


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Episode7~災難~その2

 

 フレイは困惑したように首を傾げる。


「なんで?」

「理由はどうでもいい」

「どうでもよくなんてないよ」


 即座に切り返された言葉は、以前に比べ真剣さを帯びていた。


「どうしてそんなこと言うの?」

「いいから行け」

「だから、その理由を聞いているんだけど!」


 致命的なまでに噛み合わない。

 この間にも刻一刻と、夢で見た未来は、確実にこちらへ近づいている。

 仕方ない。ルシウスは奥歯を噛み締めた。


「ここにいたら怪我をする」

 たちまちフレイの表情が強張る。


「怪我? ぼくが?」

「分からん。ただ一つ確かなのは、ここにいる誰かが血を流すような大怪我を負うということ——最悪、死に至る可能性だってあるかもしれない」

「……そんなの、急に言われてもわかんないよ」


 震えるその声には、明らかに恐怖の色が垣間見える。


「嘘じゃ、ないんだよね?」

「ああ、恐らく」


 それ以上、ルシウスは語らない。いや、語れない。

 返答を待つうちに、フレイの表情から戸惑いが薄れていく。代わりに、そのエメラルドグリーンの瞳は、どこか不思議そうに、あるいは腑に落ちないものを見るように細められる。


「ルシウス君。どうして、そんなことが分かるの?」


 心臓が跳ねる。咎めるような響きではない、ただ純粋な疑問だった。


「朝もそうだったよね。中庭に近づくなって言ったり、今みたいに離れろって言ったり……。

 ルシウス君は何を知ってるの? 君には何が見えてるの?」


 そんな問いを受け、ルシウスは押し黙るしかない。


 破滅の未来視。この身に刻まれた、カルデンソフィアの神秘。

 それは軽々しく口外できるものではないし、説明したところで理解されるとも思えなかった。


 未来を視る術式自体は珍しいものではない。

 占星術をはじめとして、未来予測を目的とした魔術体系はいくつも存在する。

 だが、それらはあくまで可能性の観測だ。膨大な情報を解析し、最も起こり得る未来を導き出す——そこに絶対性はない。


 しかし、ルシウスが宿す神秘は違う。

 それは可能性ではなく、確定した破滅の未来を映し出すもの。

 回避しなければ必ず訪れる結末。


 赤毛の少女ならいざ知らず、目の前の少年にこの話を信じさせるだけの材料を、ルシウスは持ち合わせていなかった。

 成績優秀者として知られる彼が、神秘学や神智学の基礎理論を知らないはずがない。

 絶対的な未来予知は、因果の逆転という致命的な矛盾を孕むため、理論上成立しない。

 それは学園に通う者なら誰もが一度は耳にする定説だった。


 だとすれば——自分の言葉は、彼の目にどう映るのか。

 確信のある嘘か。あるいは、思い込みの激しい狂人の戯言か。

 どちらに転んでも、今のルシウスには否定する術がない。


「それは——」

 言葉が喉元まで込み上げる。だが、その先が続かない。


 フレイもまた、それ以上の追求をためらったようで、困ったように眉を下げながらも、無理に問い詰めることはしなかった。


 そうして、言葉の尽きた重苦しい沈黙が落ちたその時——ゴォォォォン。


 不意に、腹の底を震わせるような重厚な鐘の音が中庭へ響き渡った。


「!?」


 それは正午の到来を告げる鐘の音。学園では幾度となく聞き慣れたはずの音。

 ここにいる生徒なら誰しもが、その音色を歓迎し祝福する。


 昨日までなら、愛想なしのルシウスだって同じような心持ちでいられただろう。

 だが、今回ばかりはそうではない。


 その音が耳に届いた瞬間、ルシウスの四肢から熱が失われた。

 夢の中で聞いた鐘の残響が、鮮明な輪郭を伴って脳裏に蘇る。


(——不味い!)


 フレイとの会話に意識を割きすぎた。ルシウスは歯噛みして、ひりついた空気を振り払うように望月色の瞳を中庭へ向けて走らせる。


 白いテーブルクロスと昼食の湯気。錬金術で仕立てた即席の椅子に腰掛ける生徒たち。どこかから漂う香ばしいパンの匂いと、無防備に咲いている笑顔の群れ。


 笑い声があり、食事の香りがあり、束の間の休息を楽しむ生徒たちの姿がある。


 どこを見ても平穏な日常のそれだった。


 目の前の光景は、なんら破滅の予兆など感じさせない、ありふれた昼休みそのものだ。


 しかし、対照的にルシウスの顔色は優れるどころか、みるみる苦悶に歪んでいく。

 頭が割れるように痛い。頭蓋の内側を、誰かの拳でひたすら叩き続けられているような鈍い痛みがある。警鐘というより、呪いに近い。

 全身に汚泥を塗り込まれたような不快感は、以前にも、それこそつい先日にも体験したばかりだった。


 忘れるわけがない。

 宵星館へ落とされる最後の引き金となった、あの校舎損壊事件。

 そこで遭遇した神秘生物と瓜二つの威圧感オーラが中庭に漂っているのを感じる。


 あの時、トドメを刺さず正体を探ろうしたことの代償が、教室丸々一つの焼失であったことは振り返るまでもない。

 つまり、それと同等以上の脅威が、すでにこの中庭のどこかに潜んでいるということ。


 嫌な脂汗が額に滲む。

 煩雑としかかる意識をどうにか束ね、はやる鼓動を深呼吸で宥める。

 そうしてルシウスは、中庭を区画ごとに切り分け、一つずつ魔力を流し込んでいった。


 極めて繊細な作業。魔力の波動が強すぎれば反射に乱れが生じ、かといって弱すぎれば異物を捕捉できない。。

 木々を撫で、芝生を滑り、校舎の壁面とは溶け合うように、薄く広げた魔力を空間全体へ浸透させ、跳ね返る波の中から異質な歪みだけを拾い上げる。


 まさに、針の穴に糸を通すような集中力を要求される手法だった。


 そして、


「——見つけた」




 最後までお付き合いいただきありがとうございます。

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