Episode7~災難~
レオニスに忠告された手前、午前中の講義をサボるわけにもいかず。
ルシウスは講義の合間の休み時間を、中庭の捜索につぎ込んだ。
幸い三限目には講義をとっていなかったため、時間いっぱい高等部の校舎を駆け回った結果、夢で見た場所と瓜二つ——いや、同一の中庭を見つけることができた。
中庭にしては面積が広く、足元に影を落とす樹木が疎に点在していた。
これなら、校舎内に閉じ込められた公園と言っても過言ではないだろう。
しかし、四限は空きコマではないため、一度校舎の中へ戻らなくてはならなかった。
何もせずその場から離れるのも躊躇われ、ルシウスは懐から四つの石ころを取り出した。
当然、ただの石ころではない。
その表面には幾重にも円環を重ねた幾何学模様が描かれている。
肌に触れることでようやく気づける程度に、薄い魔力の膜で覆われていた。
ルシウスは中庭の四隅に石ころたちを転がす。
見えざるものを見やすくする術式。
より詳しく言うなら、神秘の具現を促進する結界術式が編み込まれている。
もちろんルシウスの自作だ。
以前、妖精とか妖魔だとか、そう呼称される類の神秘生物によって引き起こされた破滅の未来に立ち向かった時から、それらへの対抗策として身に着けるようにしていた。
今朝の予知夢。
ほんの一瞬に過ぎなかったが、それらに類するものの気配をわずかに感じた。
クラゲのような見た目をしていたが、その正体まではわからない。
事件発生まで誰にも気づかせなかったということは、それなりの隠密性を有しているということだろう。
この結界があることで、多少はその存在も浮き彫りになるだろう。
あまりその効果を実感できた試しがないが、あるのとないのとではきっと感じ方に違いはあるだろう。
ひとまず術式が正常に動いているのを確認して、ルシウスは次の教室へつま先を向けた。
♦︎
講義を終えてすぐ、ルシウスは脇目も振らず中庭へ直行した。
自分としては最速で駆けつけたつもりだったのだが、近隣の教室からなのだろう、すでに中庭にはぱらぱらと複数の生徒たちの姿が見受けられた。
続々と、昼休みを迎えた生徒たちが中庭に流れ込んでくる。
見るところによっては錬金術を駆使してテーブルや椅子を用意し、優雅な空間を演出している者たちもいた。
各々が思い思いの昼食を広げ、穏やかな憩いのひと時を過ごし始めている。
とりとめのない雑談。親しみに満ちた笑顔がそこら中で咲いている。
その場に集った誰もが、まさか虎視眈々と自分たちを災厄へ誘おうとする存在が、もうそこまで迫っていることなど、知る由もないだろう。
深呼吸をする。ルシウスは中庭全体へ意識を向けた。
穿つような視線が一帯を駆け巡る。
限界まで神経を研ぎ澄まし、近くに潜む破滅の元凶の気配を探っていた。
しかしその最中、ルシウスの意識は思いがけない一点へと吸い寄せられた。
「——っ!?」
友人たち——いや、正確には友人と呼ぶにはまだ距離のある顔ぶれなのだろう。
複数の男女が囲むテーブルの一角に、控えめな微笑みを浮かべる見覚えのある白髪の少年を見つけて、ルシウスは言葉を失った。
「宵星館は、聞く耳を持たない連中ばかりなのか……」
無意識のうちに、呆れを通り越した苛立ちが口をついて出る。
気づけばこぶしは強く握りしめられており、手のひらには深い爪痕が刻まれていた。
確かに、ルシウスは今朝、忠告をしたはずだ。
絶対に中庭には近づくな、と。
それなのに……。
一瞬、頭に血が上りかけたが、どうにか理性で押し留める。
今は気を散らしている場合ではない。
忠告を破った理由を聞き出し、何としてもここから遠ざける。
そうするべく、ルシウスは足早に歩き出した。
察しがいいのか、中庭の端から接近してくるルシウスに気づき、フレイが目を瞬かせる。
隣にいた生徒へ何事か声をかけたあと、片手を軽く振りながら席を立った。
そして、とてとてとこちらへ駆け寄ってくる。
「どうしたの、ルシウス君」
「どうしたも何もない! なぜお前がここにいる!」
「ええ!?」
開口一番の叱責に、フレイは反射的に声を上げる。
勢いのままルシウスに肩を掴まれ、目を白黒とさせていた。
「なんで急に怒られてるの? ぼく」
「今朝伝えたこと、忘れたんじゃないだろうな」
「それって、中庭には近寄るなって話で合ってる?」
不安そうな声色に、ルシウスは力強く頷いた。
それを目にして、ようやくフレイは彼の逆立つような態度に合点がいったようだった。
「一応ね。言われた通り来ないつもりだったんだ」
「だったら何故来た?」
「えっと……お昼をね。誘われたんだ」
「誰に?」
すかさず差し込まれたルシウスの問いかけに、フレイは頬を掻きながら苦笑する。
「正直、あまり声を大にして言いたくはないんだけど……」
言いながら、フレイは背後を一瞥した。釣られて、その視線を追うルシウス。
「あの子達なんだけど……実は、ぼくのファンクラブの会員なんだ」
一席空白のあるテーブルでは、ちらちらと二人の方へ視線を投げかけながら、談笑を続ける生徒たちがいる。
先ほどから妙な圧力を感じていたが、どうやらその発生源はフレイの背後だったようだ。
以前、憎らしいあの寮母がその存在について口にしていた気がする。
「断ろうとはしたんだけどね。でも、どうしてもお昼をご一緒させてくださいって、何回も頼まれちゃって……」
そう言って、フレイは困ったように笑う。
「それで気づいたら、ここまで連れて来られちゃったんだ」
「……このお人好しが」
自然と深いため息が漏れる。
予想通りとでも言うべきか。
いや——その数倍はくだらない顛末に、ルシウスは皮肉めいた笑みを堪えることができなかった。
断るべきところで断れず、流されるまま付いて来たのだろう。
その様子がありありと想像できた。
(……なるほど)
漠然と彼を見ていて、なんとなくルシウスは気づいてしまった。
恐らくは、それこそが、彼が宵星館へ落ちることになった理由なのではないか。
魔導の探究には多かれ少なかれ、何かしら犠牲がつきまとうものだ。
いざその時を前にして、不要な良心を切り捨てられないのでは、魔術師失格と見做されても仕方のないこと。
成績優秀・品行方正と聞いて、この少年に欠点はないと思っていたが、視点を変えれば意外にも身近にその答えはあった。
善良さと優柔不断は紙一重だ。
そして今のフレイは、その悪い側面を存分に発揮していると言えた。
その時だった。
「…………、ん?」
そこはかとない違和感が背筋を駆け上がり、ルシウスは眉根を寄せる。
嫌な兆候を自身のうちに感じ、急いで思考とその場の空気をまとめることにした。
「——ともかくだ」
有無を言わせぬ口調で、ルシウスは告げる。
「今すぐここから離れろ」
「え?」
「どこでもいい。ともかくこの中庭から距離を取るんだ」
確信に満ちた声が響く。
だが、それが真に迫るごとに、目の前の少年の顔は疑問符で埋め尽くされていった。
フレイは困惑したように首を傾げる。
「なんで?」
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