Episode5~見て~その2
「ふぅ」
隣から、やり切ったような吐息が聞こえる。
全身から力を抜いていたルシウスは、その横顔を盗み見ながら疲弊した声を漏らした。
「これで満足か?」
「うん! まんぞくまんぞく!」
「一度でも他言してみろ。例え宵星館の連中であっても、漏らしたと知れたら、俺は容赦なくお前と聞いた奴らを排除する」
恫喝するように言い放つが、アサギは気にした様子もなく、
「いいよ! 煮るなり焼くなり好きにすれば!」
むしろ歓迎するみたいに胸を叩いた。
もはや打つ手なし。ルシウスは嘆息を禁じ得なかった。
「ルシウスくんの身体に刻まれた神秘ってさ、未来予知の術式だよね?」
「……そうだ」
「常時発動型で、しかも相当精度が高い」
「ああ」
いちいち訂正する気力すらない。
ルシウスはただ、この時間が早く終わることだけを願っていた。
「さっきルシウスくん、領域型術式について説明してくれたよね?」
「そうだな」
「人ってさ、術式を処理するための"場所"を頭の中に持ってるじゃない?」
「……」
「でも今のルシウスくん、その大半を体の神秘に押し潰されてる」
今度ばかりは、ルシウスも何も返せなかった。
それでもアサギは続ける。
「だから、領域型術式を発動しようとすると、どうしたって時間がかかる」
「……」
「つまりさ」
アサギは、まっすぐルシウスを見る。
「ルシウスくんって、"魔導具に逃げてる"んじゃなくて、"それしか戦い方がない"んだよね」
静かな声だった。
「……だったら、落ちこぼれなわけないじゃん」
そうして長きに渡る問答に、アサギはそう結論づけた。
沈黙が降りる。
風だけが、二人の間を吹き抜けていった。
「……この短時間で、よくそこまで辿り着けたもんだな」
掠れた声が、風に乗って少女の髪を揺らす。
「ふふーん、どうだすごいでしょ! でもまあ、詳しい魔術理論とかはよくわかんないんだけどね」
占星術の講義とかよく寝てるし——そう言って、アサギは恥ずかしそうに頭を掻く。
「ぶっちゃけ、神秘言語の癖とか術式構造とか見てるとさ、"どんな気持ちで作られたのか"がなんとなく頭に浮かんでくるんだよね」
「……ふざけた話だな。意味がわからん」
彼女は精一杯論理的に説明しているつもりなのだろうが、全くもって要領を得ない。
だって。
結局のところそれは、ただの直感と言っても差し支えないのだから……。
「——ルシウスくん」
耳に深く残る声だった。
振り返った先、彼女は真っ直ぐこちらを見据えていた。
淀みのない眼差し。
不貞腐れた子供を諭すような口調で、アサギは言う。
「相手を見るって、こういうことを言うんだよ」
そして、穏やかな声音で繋げた。
「聞いて、話して、触れて、時々想像して——確かめる。そうやって少しずつ、君の等身大を知っていく時間って、誰かから聞いた噂より、ずっと価値があると思うんだ」
ルシウスは唇を結んだまま目を伏せる。
「百聞は一見にしかず。あたしの"大お婆ちゃん"の故郷に伝わることわざらしいよ」
「……なんだそれ」
「あたしが、君に非があるって思ったのは、つまりそういうこと。きちんと相手を見れば、必ず相手も応えてくれる」
「……」
馬鹿馬鹿しい、と。
そんなものはただの言葉でしかない、と。
胸の奥では確かにそう叫んでいるのに。
何故だろう、否定の言葉だけが喉を通らない。
触れられたくない場所ばかりを、正確になぞられていく。
隠し通してきたものを暴かれているはずなのに、不思議と嫌悪だけでは終わらなかった。
まるで長年絡みついていた何かが、少しずつ解かれていくようで——だからこそ、気味が悪い。
どうしてだろう、理解されたくなどないはずなのに。
彼女の言葉だけが、妙に胸の奥へ沈んでいく。
「だからさ——」
ぽつりと。
何気ない調子で、アサギは笑った。
弾かれたように顔を上げる。
視界の先——そこには、何の打算もなく差し出された少女の右手があった。
「そんな捻くれちゃって悪いことばっかしてないで、一緒に楽しく、気ままに学生生活を過ごそうよ!」
その瞬間、積み上がっていたものが、音を立てて崩れ落ちていく気がした。
全てをひっくり返されるような感覚に、
「……はは」
ルシウスは乾いた笑みを漏らす。
「相手を見る、か」
そして。
差し出された手を、弾くように振り払った。
「お断りだ」
拒絶ではない。
それはむしろ、失望に近い声音だった。
「やはり俺は、お前みたいな、ちゃらんぽらんな奴が——大嫌いだ」
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