表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術学園の宵星館(へスペロス)  作者: ヤマネ狐


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/33

Episode4~そうやって、あなたは眼を逸らす~その4

「……冗談だろ」

 口元を手のひらで覆い、男子生徒は思わず息を呑む。

(ステラフォルのあの噂は本当だったのか……?)


 その時、ルシウスの唇がわずかに吊り上がった。


「——失敗作。そう飼い主がほざいたから、まさか本当に俺が弱いとでも思ったか?」


 重力へ引き戻され、取り巻きたちが代わる代わる地面へ叩きつけられる。

 呻き声が広場のあちこちに散らばった。


「思い上がりも甚だしいな。お前ら如きに敗するほど、カルデンソフィアの名は安くない」


 驕りではない、純然たる事実だった。

 冷たく言い放ち、今度こそルシウスはフローラへ視線を向ける。

 だが再び、主人を庇うように褐色肌の男子生徒が進路を塞いだ。


「ったく、考えなしどもが……。バラバラに撃ったって当たるわけないだろうが。……まだ動けるやつは起きろ。オレに合わせろ」

 やれやれ、そうぼやいて男子生徒は一芝居打つことにした。


 その視線がルシウスの手元に注がれる。

「御三家のくせに、領域型術式を使わないんだな?」

「……お前たちには、この程度で十分だ」


 そう言って、ルシウスは指の間へ挟んだ万年筆をかざして見せた。


「なるほど残念だ。御三家の術式は特別だと聞いていたんでな。一度はお目にかかりたかったが……」

「お前ら如きが、仰ぎ見ていいものではない」


 雑談を交わしている間にも、吹き飛ばされていた生徒たちが肩で息をしながら立ち上がっていく。

 それぞれ術式だけを構築し、魔力は流さず、狙いだけをルシウスへ澄ましていた。


 限界まで魔術式の特徴を隠蔽し、最後に一斉発動で仕留める。

 集団魔術戦における基本戦術。


 無秩序に撃ち込まれるのであれば、術式ごとに優先順位を付け、先ほどのように各個撃破もできた。

 だが今回は違う。統制が取れている。

 視線だけで連携を回し始めた集団を前に、ルシウスはわずかに目を細めた。


 いつの間にか、憩いの場だった噴水広場は完全に空気を変えていた。

 穴の穿たれた石畳。

 噴き散る水飛沫。

 張り詰めた魔力。


 一方、フローラだけは未だ呆気に取られたまま、その場へ立ち尽くしている。

 この空気を制する者は、まだ誰一人として存在しない。


 睨み合いが続く。

 まるで空気を送り込まれ続ける風船のように膨れ上がっていく緊迫感。


 そして。


 褐色肌の男子生徒が、短く息を吸う。

 号令はいらない。それだけで十分だった。


 一斉に、全員が動き出す。


 ——ちょうど、その時。



「ぬわあああああああああああああああ!!!!!」



 噴水広場の空を、一筋の流星が駆け抜けた。


 天を穿つような絶叫を撒き散らしながら、それは急速に落下してくる。


 前代未聞——いや。

 箒へ跨り空を飛び回るその姿は、むしろ時代錯誤も甚だしかった。


 情熱的な“赤”を纏った彗星。


「ああああぁぁぶなーい!! そこのみんなぁー!! どうにか避けてぇぇー!!!」


 紛れもない——この学園が誇る、最大級の問題児(トリックスター)だった。


 構える暇もなく、それはルシウスへ一直線に突っ込んでくる。


 防御術式は間に合わない。

 衝突の直後、耳をつんざく轟音が駆け巡った。

 同時に、巻き上がった粉塵が広場全体を飲み込んだ。


「ゴホッ、ゴホッ……!」

 視界を奪われ、誰もが咳き込む。


 やがて、砂煙はゆっくりと晴れていった。

 最初に視界を取り戻した褐色肌の男子生徒は、即座に二つの脅威へ目を向ける。


 そして、完全に固まった。


 地面へ倒れ込んだルシウス。

 その腹部へ馬乗りになっている赤毛の少女。


 奇しくも、二人が初めて出会った時とまったく同じ構図だった。


 ルシウスが寸前で受け身を取ったことに加え、アサギ自身も減速魔術を行使していたため、致命傷には至っていない。


 だが——、


 震えるように瞼を開いたルシウスは、射殺す勢いでアサギを睨みつけた。

 そんな視線を受けてなお、アサギは屈託なく笑う。


「いや〜、よかったぁ。まだ残ってるかもって思って、空からずっと探してたんだよ」


 ——やっと見つけたよ、ルシウスくん。

 耳元で囁くようにそう言って、アサギは少年の顔前で、満面の笑みを咲かせた。


 衝撃で全身の感覚が痺れている。

 力任せに振り落とすのは難しい。そう判断したルシウスは、底冷えする声で命令した。


「どけ」

「えへへ、ごめんごめん。それにしても、ルシウスくんの腰って乗りやすいね!」

 アサギはヘラヘラとするばかりで、申し訳なさなど微塵もない。


 それどころか、平然とルシウスをおちょくってくる。

「ほらね、フィット感がすごいもん!」

「黙れ! 近寄るな、この欠落者が!!」

「えぇ〜、いいじゃんいいじゃん! 持ちつ持たれつの仲で行こうよ〜!」

「チィッ!!!!」

 盛大に舌打ちするルシウス。


(主にもたれてくるのはお前の方だろ!!)


 内心毒づいていたら、広場を見回していたアサギが、ふと素っ頓狂な声を漏らす。


「あれ? というかこれ、どういう状況?」

「……お前には関係ない」


 サッと視線を逸らしたルシウスと、周囲の惨状を見比べて。

 アサギの目が、ぱあっと輝いた。

「もしかして喧嘩!?」


「……」

「えっ、喧嘩なんだ!」

 図星を突かれ、ルシウスは押し黙る。


 しかしアサギは気にした様子もなく、むしろ嬉々としていた。

「喧嘩ならあたしも混ざりたい!」


「——もう結構です!」

 ピシャリと。


 やる気に満ちたアサギの声を、フローラが真正面から断ち切った。


「興が冷めました。ルシウス・カルデンソフィア・ステラフォル。貴方には心底失望しました」

 冷え切った視線で言い放つと、フローラは苦悶の表情を浮かべる取り巻きたちへ歩み寄る。


「皆さん、これ以上彼に構う必要はありません。行きましょう」

 そして、肩を貸しながら、広場の出口へ足を向ける。


 その去り際、フローラは振り返り、歪んだ口許で宣言した。


「……忘れることのないように! 次は必ず、その目から鱗を叩き出してやりますから!」


 そうして、フローラたちは噴水広場から遠ざかっていく。

 彼女たちの後ろ姿が見えなくなるまで、ルシウスはずっと睨め付けていた。


 やがて姿も気配も完全に消え去る。

 そこでようやく、ルシウスは身を翻した。


 何事もなかったかのように、その場から立ち去ろうとして——。

 隣へ、ぴたりと赤毛の少女が張り付いてくる。


「まだ何か用か?」

「いーや? どこ行くのかなーって」

「帰るだけだ。鬱陶しい、付いてくるな」


 煩わしそうに手を払う。

 だがアサギはキョトンとした顔だった。


「付いてくるなって言われても、あたしたち同じ寮なんだから帰り道一緒だよね?」

「……」


 盲点だった。

 そんな顔で、ルシウスは徐に進路を変える。


「帰るんじゃないの?」

「お前と並んで歩くくらいなら、多少門限を破った方がマシだ」


「おー、不良らしい意見だ」

 感心したようにアサギが頷く。


「——で、どこ行くの?」

「なぜ付いてくる? マリエンプラッツへ通じる門は逆方向のはずだが」

「えーっとね。ルシウスくんの話聞いてたら、あたしもなんか寄り道したくなっちゃった!」

「そうか。それは良かった——なら俺は帰る」

「まあまあまあ! そんなこと言わずにさぁ!!」


 次の瞬間、横から伸びてきた手が、ルシウスのパーカーのフードを掴んだ。


 振り払おうと全力ダッシュする。

 だが、細腕とは思えない力で引っ張られ、パーカーがミシミシと悲鳴を上げ始めた。


 服を犠牲にするか。

 諦めるか。


 数秒の葛藤の末。

 ルシウスは深々とため息を吐き、愛用しているパーカーを守る方にシフトした。


 そのまま、アサギに引きずられるようにして歩き出す。

 擬似宇宙結界の空にかかる夕暮れが、ゆっくりと二人の背中を飲み込んでいった。



 最後までお付き合いいただきありがとうございます。

 この作品が面白いと思ったら、ぜひ、感想や評価で応援してください。

 更新を見逃さないように、ブックマークもお忘れずに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ