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魔術学園の宵星館(へスペロス)  作者: ヤマネ狐


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Episode4~そうやって、あなたは眼を逸らす~その3

 フレイとの接触を終えたあと、ルシウスは当てもなく学園の敷地を彷徨い歩いていた。


 流れ着いた先は、学園中央の噴水広場。


 昼休みには学年の垣根を越え、多くの生徒たちでごった返す場所だが、この時間帯ではその喧騒も見る影がない。

 絶えず水飛沫をあげながら、陽光を周囲へ撒き散らす噴水を横目に、ルシウスは近くのベンチへ腰を落とした。


 思考は、完全に行き詰まっていた。

 意味がわからない。

 理解できない。


 提示した条件に不備はなかったはずだ。

 相手ごとに内容も調整した。目的にも合わせた。

 にも関わらず、返ってきたのは拒絶ばかり。


 何が悪かった?

 態度か。

 だとしても、あそこまで露骨に拒絶される覚えなどない。


 いや——そもそも、対話でどうにかしようと考えたこと自体が間違いだったのだ。

 何も、自らの意思で更生しなくたっていい。

 必要なのは、更生したように見せること。

 外圧を加え、強制的にそうせざるを得ない状況へ追い込めばいい。


 そうして深く項垂れていた、その時だった。

 ふと、足元へ一筋の影が差し込む。


「あら、奇遇ですわね、ルシウス・カルデンソフィア・ステラフォル」

 頭上から降ってきた声に、ルシウスはのっそりと顔を持ち上げた。


 ゆるくウェーブがかかったブロンドの髪が、風に仰がれた花畑のように、腰の辺りでひらひらと揺れている。


「貴方がこんなところにいるなんて、何の風の吹き回しかしら」

 そう言って、彼女の碧眼が薄く細められた。


「……リヴィエール」

 端正な顔立ちを見上げながら、ルシウスは辟易した声でぼそりと呟く。


 フローラ・リヴィエール。


 現在七つ存在する学生寮の一つ——『白鳥館』を実質的に立ち上げた少女。

 初等部六年にして、庶民・親貴族派閥の中心へ立ち、貴族派にも引けを取らない勢力を築き上げた、学園内でも屈指の実力者である。


 その後ろ盾となっているのが、フランス革命以降に興った新興魔術師——リヴィエール家。

 御三家のような古き血統に比べれば歴史こそ浅いが、短期間で魔術業界へ与えた影響は決して小さくない。

 近年では急速に発言力を増し続けている一族でもあった。


 少なくとも、御三家に連なるルシウスですら、一目を置かざるを得ない存在である。

 そんな彼女が、一体なぜこんな場所にいるのか。

 その理由はすぐに察せられた。


 白色のブラウスにベージュのトレンチ風ライトアウター。下半身には紺色のスカート。


 どこからどう見ても、気合いの入った装いだった。

 チラリと彼女の背後へ目を向ける。

 取り巻きの生徒が四人。一定の距離を保ちながら、フローラの背中を見守っていた。


「ここはピクニック会場じゃないぞ」

「別に遊びに来たんじゃありませんわ!」


 即座に否定が返ってくる。


(……違うのか)

 あの人数で来ていたから、てっきりそうなのだと思っていた。


「なら、なぜここにいる?」

「遠くから貴方の姿が見えたので、ご挨拶をと思いまして……」


 一見礼儀正しそうな発言だが、その表情はまるで噛み合っていない。

 不敵な笑みを浮かべたまま、フローラはルシウスを見下ろした。


「ステラフォルくん。本日は随分とお忙しくされていましたね?」


 妙に含みのある呼びかけ。

 だが、答えを待つことなく彼女は続ける。


「風の噂で耳にしましたわ。貴方——“宵星館”へ堕ちたんですってね」


 その単語を口にした瞬間、フローラの瞳が鋭さを増した。


「知識もある。センスもある。血筋も申し分なし——。けれど、排他的で傲岸不遜で暴力的。そうして、ついに宵星館に落ちてしまうなんて……まったくもって無様ですね」


 的確に痛いところを突いてくる。刺々しい物言いだが、言葉の節々はどこか弾んで見えた。

 しかし、今更そんな彼女へ怒りを覚えることもない。


 顔を合わせるたび、決まってこうなる。

 今回ばかりは、その理由も明白だった。

 ルシウスとフローラの間には、深い因縁がある。


 あの日以降、彼女は露骨にルシウスへ敵意を向けるようになった。

 もっとも、半年以上も続けば慣れもする。


「落ちるところまで落ちて、気でも触ってしまったのかしら? 今更、お仲間ごっこでも始めるおつもりで?」

「……」


 煽り文句が次第に熱を帯びても、ルシウスは涼しい顔を崩さない。

 これが、半年かけて編み出した対フローラ用対人結界術式——ひたすら無視するだけ、である。


 侮辱を一方的に垂れ流し続ける中、先に根を上げたのはフローラの方だった。


「——っ、反論の一つでもしてみなさいな!」

 息を呑み、感情を荒げる。


「ここまで言われて何の弁解もないなんて、それでも御三家の子息ですか!」

 一方的に吐き出す側から、反応を求める側へ。


 空気の変化を感じ取ったルシウスは、そこへ一気に高火力の言葉を叩き込んだ。

「俺の事情などお前には関係ないだろう。違うか?」

「ぐっ!?」

「文句だけなら、とっととどこかへ行け。俺は忙しいんだ。お前みたいな性格のひねくれたやつに構っている暇はない」

「……ぐぬぬ」

 図星を突かれ、フローラは呻くことしかできない。


 その様子を前に、ルシウスは不思議と胸が梳く思いだった。

 しかし、それも束の間。


「ふふふ。いいでしょう。あくまで貴方が無関心を貫くというのなら、わたしにだって手があります」


 半年でルシウスが対策を編み出したように、フローラもまた、彼への切り札を手に入れていたらしい。

 勢いを持ち直した彼女は、自信満々に胸をそびやかすと、躊躇なくその言葉を口にした。


「——カルデンソフィア家の失敗作」


 ぴたり、と。ルシウスの呼吸が止まった。


 スッと目の色が冷めていく様子に気づかず、更にフローラはその先を口にする。


「いくら歴史が深かろうと、その集大成が“これ”なのですから、御三家と言えど、カルデンソフィア家も大したことな——」


 その瞬間。

 ルシウスはフローラへ拳を振りかぶっていた。


「——きゃ」

 短い悲鳴を上げ、咄嗟にフローラは目を閉じる。


 しかし、いつまで経っても衝撃は訪れなかった。

 恐る恐る瞼を開くとそこには、自分の肩越しから伸びる一本の腕があった。


 それはルシウスの拳を、掌の正面で受け止めている。

 振り返ると、褐色肌の男子生徒が額へ冷や汗を浮かべていた。


「その手を離せ……。何様のつもりだ、お前は?」

「それはこちらのセリフだ、ステラフォル」


 一向に力を緩めないルシウスを睨みつけ、

「落ちこぼれの分際で、お嬢へ手を上げようなんざ百年早い」

 男子生徒は反対の手でルシウスの喉元を狙った。


 瞬間、ルシウスは掴まれた拳を強引に引き寄せ、相手の重心ごと突きの軌道を逸らす。

 すかさず反撃へ移ろうとして——手応えがない。

 その時にはすでに、男子生徒はフローラの肩を抱き、大きく飛び退いていた。


「チッ」

 鉛のような舌打ち。


 追撃へ移ろうと腰を落とした瞬間、前方三箇所から急速に魔力が膨れ上がるのを感知する。


 術式の立ち上がりは、てんでばらばら。

 ルシウスは焦ることなく、それぞれの構築速度を見極める。

 どの魔術を先に潰すべきか。道筋を定め、その姿勢のまま懐へ腕を伸ばした。


「待て、お前たち!」

 同時に、男子生徒の制止が広場へ響き渡る。


 だが、もう遅い。


 男子生徒は深々と頭を抱えた。

 次の瞬間——流星じみた三筋の光が、空間を切り裂いた。


「……言わんこっちゃない」

 一斉に吹き飛ばされる取り巻きたちを前に、男子生徒は鼻で笑う。

 だが、その視線はルシウスへ釘付けになっていた。


(……速い。いや、速すぎる)


 目を見張るべきは魔術そのものではなく——術式構築から発動までの速度。


 通常であれば、領域型術式は術式の構築・展開の後に、魔力が流し込まれる。


 だが、ルシウスの魔術は違った。

 術式を構築する前に魔力だけが先行して発火しているように、男子生徒には見えた。


 およそ領域型術式では実現不可能な速度だ。


「……冗談だろ」

 口元を手のひらで覆い、男子生徒は思わず息を呑む。


(ステラフォルのあの噂は本当だったのか……?)


 その時、ルシウスの唇がわずかに吊り上がった。


 最後までお付き合いいただきありがとうございます。

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