Episode4~そうやって、あなたは眼を逸らす~その2
そして——。
そこで、ルシウスの思考が止まる。
脳裏に浮かぶのは、赤毛の少女。
アサギ・オウサカ。
ルシウスはその名前に、無意識に眉根を寄せた。
——墓暴き(Grave Reaver)。
それが、学園で定着している彼女の二つ名だった。
神秘を暴く者。その一文だけで、ルシウスの内側には生理的嫌悪が走る。
緻密な魔力操作と、常軌を逸した発想力。
見たこともない術式であろうと、一目見ただけでその正体を暴き立てる——そんな与太話じみた噂が、学園中へ蔓延しているらしい。
特に旧家名家の出の生徒たちからは蛇蝎の如く嫌われているとのことだった。
曰く、半径五メートル以内へ近づけば、家に秘匿された神秘を暴かれる。
研究を重ね築き上げた秘術ですら、子供が玩具を分解するような気軽さで解体される。
最初は鼻で笑った。そんな馬鹿げた話があるものか、と。
だが、そんなルシウスとは対照的に、ヴィルヘルムは珍しく苦笑混じりにこう零していた。
『厄介なのは、アイツに悪気がねぇところだ。平然と他人の地雷を踏み抜くくせに、自分が何をやったのか理解してねぇ』
揶揄われているにしても、笑えない。
御三家に名を連ねるルシウスだからこそ、“神秘の暴露”という行為がどれほど致命的かを理解している。
そんな輩へ昨日、自らの吐息が届く距離まで接近を許してしまった。その事実を思い返しただけで、今更ながら心臓を鷲掴みにされた気分になる。
とはいえ、宵星館脱出を掲げた以上、今後彼女を避けて通ることはできない。
対策は必須。
現在も常時、身の回りには神秘隠匿用の結界を三重に展開しているが、それで完全に防げる保証はない。
少なくとも、安全が確認できるまでは不用意な接触を避けるべきだろう。
あるいは——他の寮生たちと関わる中で、何かしら対抗策が見つかる可能性もある。
問題児とはいえ、彼らだって魔術師の端くれだ。自らの神秘を暴かれたくないという点では一致しているはずだった。
そこまで思考を巡らせ、ルシウスはひとまず方針を定める。
ちょうどその頃、初老の男の演説も、終盤へ差しかかっていた。
「——これまで、名だたる魔術師たちの大半が『領域型術式』の使い手であり、同時に『結界術』へ秀でていた! 我々が目指すべき頂——偉大なる四人の魔法使いでさえ、領域型術式によって数多の神秘を成し遂げてきたのだ!」
まさに佳境。初老の男の熱弁は、最後の結論へ向けさらに加速する。
「故にこそ、領域型術式を扱う者こそが真の魔術師であり——『結界術』を制する者こそが、“魔術を制する”というわけだ!」
その瞬間、教室の空気がわずかにざわついた。
刹那。
教室中の視線が、一斉にルシウスへ注がれた気がした。
否、錯覚ではない。あからさまな空気に、ルシウスの口許はへの字に曲がる。。
それを見た生徒たちは、蜘蛛の子を散らすように視線を逸らしていった。
「——む? 時間か」
そこで終了の鐘が鳴った。熱弁の達成感に浸っていた初老の男は、最後まで教室の空気の変化へ気づかなかったらしい。
ざっと全体を見回し、事務的に告げる。
「それでは本日の講義はここまで。次週までにテキスト二十一ページを誦じておくように!」
その瞬間、一気に教室へ弛緩した空気が流れ込んだ。
席を立つ音。小さな私語。鞄を漁る気配。
だが、その最中でも、ルシウスへ向けられる視線だけは途絶えない。
横顔を盗み見る目。
腫れ物を見るような目。
そして——嘲笑と哀れみを滲ませた目。
その意味を、ルシウスは嫌でも理解してしまう。
まるで細い糸のように、無数の視線が肌へ絡みついてくる感覚。
不快感を振り払うように、ルシウスは無理やり意識を宵星館へ切り替えた。
まずはアサギ以外。
優先順位を間違えるべきではない。
そう結論づけ、ルシウスは教室を飛び出した。
♦︎
最初に見つけたのは、ニヴルナだった。
校舎屋上。
日当たりの良い場所で、獣人の少女は呑気に昼寝をしている。
ルシウスは持ち前の身体能力で壁をよじ登り、その枕元へ立った。
「おい、お前」
低い声で呼びかける。
すると、ピクリと獣耳が跳ねた。
ゆっくりと瞼が持ち上がる。
「……ルナは、お前じゃナイ」
「は?」
「ルナには、ニヴルナって名前がアル」
本題とはまるで関係のない返答に、ルシウスは呆れを禁じ得ない。
「だからなんだ。これからのことを思えば、そんなのは瑣末なことだ」
何せ、これは彼女自身の人生に関わる話なのだ。
わざわざ脱線させる意味が理解できない。
故に、ルシウスはそのまま話を続ける。
「よく聞け。お前に最適な更生計画を持ってきた。これさえ実行すれば、お前は——」
「いらナイ」
即答だった。
「……なんだって?」
一瞬、聞き間違いかと思った。
だが、ニヴルナは面倒臭そうに同じ言葉を繰り返す。
「だから、いらナイ」
「聞き間違いじゃないのか? 不要だと聞こえたが」
「ルナは、そう言ってイル」
今度はニヴルナがため息を吐く番だった。
「ルナ、別に、そんなこと求めてナイ」
放り投げるように言い残し、再び仰向けに寝転がる。
「そんなことよリ、ルナのお昼寝、邪魔するナラ、どっか行ッテ」
「何をふざけたことを言っている。これはお前のために——」
「消え失せロ」
底冷えするような声だった。
瞬間、空気が凍りつく。
ニヴルナの琥珀色の瞳が、獣のような鋭さでルシウスを射抜いていた。
「ルナ、お前のこと、嫌イ」
明確な拒絶。
「だから、二度目は容赦しナイ」
その瞬間、ルシウスは悟る。
この少女は、自分が想定していたより遥かに面倒な相手だと。
♦︎
あれ以降ニヴルナは、何を言っても起き上がるそぶりすら見せず、ルシウスは優先順位の変更を余儀なくされた。
次に赴いたのは、イリスだった。
「えー、ムリです」
見向きすらされない。
いつもの猫撫で声すらなく、淡々とルシウスは切り捨てられた。
「……まだ二人いる」
自らにそう言い聞かせ、ルシウスは昼休みの間ずっと、校舎中を歩き回った。
そして、ようやくダイナーを発見する。
分厚い書類の束を小脇に抱えたまま、彼は廊下を足早に進んでいた。
ルシウスはその隣に並び、声をかける。
「興味なんぞ欠片もない! これ以上俺の時間を無駄にするな! 今も刻一刻と、俺から芸術《爆発》が遠のいていくんだぞ!!」
一方的に吐き捨てるや否や、ダイナーはさらに歩調を速めた。
食い下がろうにも、取り付く島もない。
廊下を行き交う生徒たちが、次々とルシウスの脇を通り過ぎていく。
その中をぬようにして遠ざかっていく背中を前に、結局、ルシウスだけがその場へ取り残された。
「……いや。彼なら話は別だ」
唯一まともに会話が成立する人物。
これまでの記憶から、ルシウスはそう判断していた。
それからしばらくの間、校舎中を走り回りながら、ルシウスは白髪の少年を探し続けた。
放課後になって、やっと目的の後ろ姿を見つける。
廊下の窓際。
フレイは、相変わらず穏やかな空気を纏ったまま、数人の生徒たちと談笑していた。
ルシウスは慎重に歩み寄る。
これまで以上に言葉を選び、余計な衝突を避け、可能な限り理性的に。
そうして切り出した提案に対し、返ってきたのは、
「うーん。ぼくには必要ないかな?」
柔らかくも、決定的な拒絶だった。
彼の予測を真正面から裏切る返答に、ルシウスは完膚なきまでに撃沈したのだった。
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
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