第5話 近衛隊長からの熱烈な求婚を、侍女は「終身雇用契約」と脳内変換する
「……エルザ嬢」
ギルバート様が私の両手をそっと包み込むように握りしめる。
訓練で鍛え上げられたその手は大きくて温かく、少しだけ緊張で震えているように見えた。
耳まで真っ赤に染めたそのお顔は、王宮の令嬢たちが見たら卒倒するほど絵になるイケメンぶりだ。
…やっぱりお顔が大変よろしいわ
「は、はい、ギルバート様」
私は思わず、ゴクリと唾を飲み込んだ。
(な、何かしら。私のお弁当を勝手に回収したのがそんなに怒りを買ったの?
……いえ、それとも……!)
私の脳裏に、かつて我が家にいた熟練料理人の言葉がよみがえる。
『エルザお嬢様、この猪肉の臭みを完全に消し去る蜂蜜と生姜の黄金比率は、我が一族の秘伝中の秘伝。これを身につけた者は、どんな偏食の王侯貴族をも胃袋ごと掴める至高の財産となるでしょう……!』
(まさか、ギルバート様。私のあの『猪肉の消臭調理スキル』に目をつけたのね!?
近衛騎士団の過酷な訓練に耐えうる滋養強壮メニューとして、あの味がどうしても必要になったんだわ!)
私が一人で納得していると、ギルバート様が真剣な瞳で私を見つめ、熱く語りかけてきた。
「エルザ嬢。私はずっと、王宮の廊下を誰よりも一生懸命に、ピカピカに磨き上げている君の姿を見ていた。君がどれほど家族を想い、健気に働いているかも知っている。
……そして先ほど確信した。君の手が作るあの温かい料理を、私はこれから先もずっと、毎日食べたい。君を、私の生涯の伴侶として迎えたいんだ」
「……えっ!?」
私は思わず声を上げた。
(生涯の伴侶……!? 待って、それってつまり、こういうことよね?)
『君の磨き上げスキルの高さを買っている。さらに、我が騎士団の健康管理のため、あの猪肉の消臭メニューを毎日供給してほしい。逃げられないように、法律上の妻という名の「終身雇用契約」を結びたい』
(……待って。こんな最高物件の騎士隊長様が、没落寸前の地味な男爵令嬢に一目惚れ?
あり得ないわ。我が家のスッカスカの金庫が、突然金貨であふれかえるくらいにあり得ない話よ。
じゃあ、なぜ? 原因は間違いなく……今、隊長の胃袋に収まっているあのお弁当よ!)
私の脳内ツッコミが高速でフル回転する。
やっぱりそうだ。
私の「生活力」と「調理技術」が、この細マッチョな最高級物件を射止めたのだ。
恋愛なんてコスパが悪いと思っていたけれど、この雇用契約は破格すぎる。
近衛隊長の奥方(という名の専属凄腕シェフ)になれば、毎月の給与は保障され、実家のスッカスカの金庫には、本当に金貨が溢れんばかりに舞い込んでくるに違いない。
お父様の療養費も、弟の新しいドリルも、妹の可愛いドレスも全部一瞬で解決だ。
「ギルバート様」
私はキリッと真面目な顔になり、彼の手を力強く握り返した。
「その終身雇用――喜んでお受けいたします! 我が家に伝わる猪肉の消臭秘伝、そして毎日の栄養管理、この命に代えましても、全身全霊であなたに捧げる所存です!」
「エ、エルザ嬢……! ありがとう、君を必ず幸せにする!」
ギルバート様は私の言葉に酷く感動した様子で、今度は私の体を優しく抱きしめてくれた。
その胸板は、やっぱり素晴らしい細マッチョの弾力だった。
(ふふ、これで我が家の家計は安泰ね。
これから毎日、ギルバート様のために気合いを入れて『新鮮な猪』を仕込みに行かなくっちゃ。
……ちょうど実家の裏山に、手頃な罠を仕掛けたばかりだし、私の愛用する自家製ボウガンも手入れを終えたところだもの)
幸せそうに微笑むギルバートは、まだ知らない。
これから毎日食卓に上る極上の猪肉が、愛する妻がドレスの裾をからげ、自ら裏山で仕留めて担いで帰ってきた「獲りたてピチピチの戦利品」だということを――。
二人の想いが(絶妙に斜め上に)重なり合い、王宮の中庭には、今日も清々しい風が吹き抜けていくのだった。
ちなみに、地下牢の雑用係に秒速で異動となったファビオラが、毎日暗くかび臭い地下牢で「あの男爵令嬢、絶対に許さないんだからー!」とキーキー叫んでいるらしいけれど、明日の「早朝仕入れ」の準備に忙しい私の耳には、もう一言たりとも届くことはないのであった。
エピソード0(?)ギルバートとエルザの出会い扁。
本日21時頃投稿予定です。




