第4話 お間違えになったようなのでお持ちしました、と侍女は微笑む
「お待たせいたしました、ファビオラ様!」
中庭の美しい緑を背景に、私はこの上なく爽やかな、営業スマイル全開の笑顔で進み出た。
私の後ろには、ファビオラ様が残していった『動かぬ証拠』を掲げた侍女仲間たちが、ずらりと控えている。
「な、何よあなた……! 今、ギルバート様と良いところなんですけれど!?」
ファビオラ様が露骨に顔をしかめ、ギラつく長い爪で私を指差した。
私はその無礼な指先を華麗にスルーし、深々と一礼する。
「大変でございます、ファビオラ様。
休憩室の棚に、ファビオラ様の大切なお弁当をお忘れでしたよ。
……ギルバート様が今召し上がっている『私のお弁当』と、どうやらお間違えになってしまったようでございますね?」
「な、何ですって……!? 私が間違えるわけないじゃない!」
キーキーと声を荒らげるファビオラ様。
しかし、私は待ってましたとばかりに、後ろの仲間から『あの三段重』を受け取り、
蓋をパカッと開けてギルバート様の前に差し出した。
「こちらが、ファビオラ様が休憩室の棚の奥深くに、忘れていかれた、本物のお弁当でございます」
お重の中に入っているのは、炭化してどす黒くなった謎の物体と、完全に生焼けで血が滲んでいるお肉の塊だ。さらに、強烈なバラの香水の匂いが周囲にぷんぷんと漂い始める。
「うっ……!?」
ギルバート様が思わず眉をひそめ、口元を片手で押さえた。
あまりの見た目の凄惨さと異臭に、冷徹な騎士の目が点になっている。
「ち、違うわ! それは私が作ったものじゃ……!」
「いいえ、ファビオラ様。
今ギルバート様が召し上がっているそちらのお弁当は、私が今朝、血の滲むような思いで調理した『野生の猪肉』でございます。
猪の肉は非常にクセが強く、独特の強烈な臭みがあるため、生姜と蜂蜜の配合を極限まで研究しなければ、到底美味しく食べることはできません。
……もちろん、料理を『一生懸命作られた』ファビオラ様なら、当然そのくらいのことはご存知ですよね?」
ニコッ、と満面の笑みで首を傾げる私。
「い、いの……いのしし……!?」
ファビオラ様は顔を真っ青に染め、ガタガタと震え出した。
お嬢様育ちの彼女にとって、野生の猪肉など未知の恐怖でしかないのだろう。
「おまけに、そちらのうさぎさんおにぎりは、食の細い私の弟のために型を抜いたものです。
……ファビオラ様、私の大切な弟のお弁当を盗み、あろうことか私を倉庫に閉じ込めてまでギルバート様に嘘の手作りアピールをするなど、少々手が込みすぎてはいませんか?」
私の後ろで、侍女仲間たちが「そうよそうよ!」「鍵をかけたところを見たわ!」と証言の声を上げる。
「みんな…大臣の娘に対して無礼じゃなくて?!!!…あ、う……うわああああん!」
言い逃れが完全に不可能となったファビオラ様は、ついにプライドが崩壊し、
涙を流しながら中庭から脱兎のごとく逃げ出して行った。
その姿はまさに秒速。
軍の伝令の馬よりも速いのではないだろうか…
翌日には、王宮の秩序を乱した罪と泥棒行為のペナルティとして、
先日空席となった地下牢の雑用係へ秒速で異動させられたという噂が流れることになるが、それはまた別の話だ。
「ふう、お弁当箱が無事で良かったです」
私はギルバート様の手から愛着のあるお弁当箱を回収し、胸を撫でおろした。
すると、それまで静かに事の顛末を見ていたギルバート様が、ゆっくりと立ち上がった。
その引き締まった細マッチョな体が、私の目の前に影を落とす。
「……エルザ嬢」
「はい、ギルバート様。お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」
謝る私に対し、ギルバート様はなぜか耳まで真っ赤に染めながら、私の両手をそっと包み込むように握りしめたのだった。




