第3話 近衛隊長はうさぎさんおにぎりを頬張り、お局令嬢は勝ち誇る
カチャリ、と小気味よい音を立てて、王宮の頑丈な鍵が内側から開いた。
「え……エルザ、本当に開けちゃったの!?」
驚愕する侍女仲間たちを背に、
私はヘアピンを元の位置にサッと差し戻す。
「ふう、手応えのない鍵でしたね。
皆さん、私はファビオラ様の後を追います。
あの黒焦げ三段重に被せてあった、例の『バラ香水のハンカチ』を忘れずにお持ちください。
大事な動かぬ証拠ですから!」
私は棚からファビオラ様の豪華三段重(と証拠のハンカチ)を引っ掴むと、
王宮の廊下を俊足で駆け出した。
毎日、重いバケツを持って廊下を往復しているのだ。
夜会(ほとんど出席することは無いが)以外の外出時も基本徒歩移動だ。
私の足腰の強さを舐めてもらっては困る。
目指すは、近衛騎士団の執務室、
あるいは彼らの憩いの場である中庭だ。
その頃、王宮の美しい中庭では、一人の男がベンチに腰掛けていた。
近衛隊長、ギルバート・レナード。
彼は今、静かに額の汗を拭っているところだった。
訓練帰りなのだろう、体にぴったりと沿った上質な騎士服の上からでも、無駄な脂肪が一切ない、しなやかに引き締まった胸板や肩のラインがはっきりと分かる。
まさに、戦うために研ぎ澄まされた、見事な細マッチョの体躯だ。
彫刻のように整った涼しげな目元と、誠実そうな強い意志を宿した瞳。
王宮の令嬢たちがこぞって黄色い悲鳴を上げるのも無理はない…とにかく顔が良い。
「――まぁ! ギルバート様、お疲れ様でございます!」
そこへ、私の可愛い「うさぎさんおにぎり弁当」を大事そうに抱えたファビオラ様が、
これでもかと腰をくねらせて現れた。
「ファビオラ令嬢……? どうかされましたか」
ギルバート様は、内心の「また来たか」という面倒くささを完璧な騎士の礼儀作法で隠し、
穏やかに応じる。
「ふふ、いつも国のために戦うギルバート様のために、
私が朝早くから起きて、心を込めてお弁当を作って参りましたの! ぜひ召し上がって?」
差し出されたのは、あまりにも愛らしい「うさぎさんおにぎり」が並ぶお弁当箱。
ギルバート様は一瞬、目を丸くした。
目の前の、どぎつい装飾の施された長い爪を持つ伯爵令嬢と、
そのお弁当のギャップに強烈な違和感を覚えたのだろう。
しかし、無下に断るわけにもいかない。
「……恐れ入ります。では、ありがたく頂戴します」
ギルバート様が、うさぎさんのおにぎりを一口、口に運んだ。
その瞬間、彼の端正な顔立ちが、目に見えて変化した。
(美味しい……! なんだ、この旨味は……!)
それは、野生の猪の肉だった。
本来なら強い臭みがあり、硬くて料理人を悩ませる扱いにくい食材だ。
それが、生姜と蜂蜜の絶妙な配合によって極限まで柔らかく煮込まれ、
臭みどころか、噛めば噛むほど滋養に満ちた深いコクが溢れ出てくる。
厳しい訓練で疲れ切ったギルバートの体に、その栄養が隅々まで染み渡っていく。
何より、食べる人の体を労るような、どこか涙が出るほど温かい家庭の味がした。
「いかがかしら? 私、ギルバート様の健康を一番に考えて、一生懸命作りましたのよ」
ドヤ顔で髪をかき上げるファビオラ。
「本当に貴女が作ったのか?」
冷徹な騎士としての目に、何かが語りかけてくる。
なんの苦労も刻まれていないその派手な指先と、
目の前の至高の味があまりにも矛盾しているのを、彼は本能で見抜いていた。
そこへ――。
「お待たせいたしました、ファビオラ様!」
豪華三段重を持った私(と、後ろに証拠を持った侍女たち)が、
満面の笑みを浮かべてすたすたと現れたのである。




