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闇の眼 光の手  作者: 碧檎
第三部 闇の皇子と焔色(ほむらいろ)の罠
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終章

「ほら、ルキア。じっとしてて。今日はあなたが主役なのよ、格好良くしてもらおうね」

 動き辛いのだろう、堅苦しい衣装を嫌がるルキアを、スピカが一生懸命なだめている。その周りでは準備の指揮をとる叔母や、孫の晴れ姿に涙ぐむレグルスがいた。

 僕たちの部屋には天井付近に埋め込まれたガラス窓から太陽の光が燦々と降り注いでいた。ルキアのお披露目には絶好の日和だ。朝、窓越しに綺麗な青空をみつけて、僕とスピカは二人で微笑んだ。

「スピカ、そういうのは叔母様とシュルマに任せたらいいよ。君お腹が重いだろう? 座ってゆっくりしておいてよ」

「うん……でも」

「皇子、スピカさまはご自分でなさりたいのですよ。大事なご子息の晴れの舞台ですもの」

 くすくすと笑いながらシュルマが茶と菓子と運んで来る。僕の前に茶を置くと、後をまとめて部屋の中央のテーブルに置いた。

 スピカはにっこりと笑うと、ルキアの髪を櫛で梳く。日の光が当たり、頭に艶やかな白く丸い輪が出来る。

「んまー、まぁ」

「はいはい」

 とうとうルキアがぐずりだし、スピカはサディラを呼ぶ。

 ルキアは部屋の隅で彼女にお乳を貰い、ようやく部屋は静かになる。

「もう一歳だから卒業しないとね。来年はルキアもお兄ちゃんだから。取り合いになっちゃうわ」

「ルキアさまもそれで余計に寂しいのでしょう。お母様をとられるのが分かるんですわ。子供は意外に敏感ですからね。なんだかんだで、二、三歳までねだる子もいるようですよ」

「ああ、お前も二歳近くまでは飲んでた。ラナがいい加減にしないとって困ってたぞ」

「それを言うならシリウスは三歳まで――」

「叔母さま。やめてくれ」

 部屋に笑いがはじける。



 あれから二月が経つ。

 スピカはあの後ゆっくりと安定期を待ち、先日ようやくジョイアに戻って来た。

 僕が口実に使っていた「実家に里帰り」それは、本当の事となっていた。

 結局、王は頷いた。そして『かつて愛した人』の娘をまるで自分の娘のように扱った。彼はスピカをシトゥラの一員として認めさせ、そしてシトゥラ家から改めてジョイアに輿入れさせた。

 つまり彼女は、アウストラリス王家の後見のついたシトゥラ家の娘として、僕の妃に収まったのだ。

 それと同時にジョイアとアウストラリスは同盟を結び、国境の封鎖を解いた。塩は元通りに流通をはじめ、国内の混乱は次第に収束した。そしてジョイア側は難民の受け入れを広くする事に加え、食料でアウストラリスを支援する事を決定した。

 誰も文句がいえないこの『政略結婚』に、スピカを追い落とそうとしていたジョイアの貴族達は黙り込んだ。

 そして僕がある政策を打ち出すと、貧しさに喘ぐ北部の貴族がこぞって僕を支持しだした。

 それは――ハリスを貿易の拠点に加えること。

 北部が貧しいのはひとえに閉ざされているからだった。そして、南部が大きな顔をするのも、そこに物流の全てが集まるから。

 ハリスを始め、ジョイア北部には大きな川が流れている。アウストラリスよりとれる『塩』を始めとする資源は北部から国内外へと川を使って流せばいい。そうすれば人と物が流れ、北部が活性化する。そして、その流れが分散する事は強大な南部の力を削ぐ事にも繋がった。

 それはアウストラリスでも同じ事だった。

 逆にハリスからは、アウストラリスへと『水』を運ぶ。かの国が渇望しているもの。それは『水』だった。

 水が足りない。雨が降らない。それは結局のところは真実で、彼らはその渇きに慣れているだけだった。もっと水があれば、そう心の底で願いながらも諦めているだけだった。水さえあれば、あの国はもっと豊かになる。

 ジョイアは治水に関してはアウストラリスより随分と進んでいた。その技術を生かせば、今後渇きは癒せるかもしれない。

 そうして僕たちは歩み寄る。互いに足りない物を奪い合うのではなく、補いながら。

 

「皇子、ご到着されました。いかがされます? 賓客の控え室で待っていただきますか?」

 イェッドが扉から顔をのぞかせ、報告する。

「いや、ひとまずこちらへ通してくれ」

 しばらくして待ち人が扉から現れる。真っ赤な髪を日の光に輝かせる、王者の風格を備えた青年は、その身を白の衣装に包んでいた。僕の着ている漆黒の衣装と対になるような純白の衣装だった。腹が立つほど似合っている。あれは僕には絶対似合わない。

「ようこそ、ジョイアへ。ルティリクス王太子殿下」

「本日は、ご子息のご生誕一年、誠におめでとうございます。我が国を代表してお祝い申し上げます」

 涼しい顔をして飄々とそう言うと、ルティはふいと僕から目を逸らす。そして隣にいたスピカを見て――きっとそれは僕に対する嫌がらせの一種だろう――酷く魅力的な、ある意味反則的な笑顔を浮かべる。

「おめでとう、スピカ」

「あ、ありがとう」

 息を呑む音に後ろをちらりと振り返ると、予想通り女性陣が一様に頬を染めている。スピカも少し赤くなってるのを見て、僕はムッとする。気持ちは分かるけど――兄にときめいちゃだめだろ。

 僕が睨むと、スピカは少し気まずそうに、僕から目を逸らした。


 スピカ達の準備が佳境に入り、僕たちは部屋から追い出された。天気が良かったので、ルティを誘ってそのまま中庭を案内することにした。室内では人の目を気にして堅苦しくなりがちで、ろくに話が出来ないのを嫌ったのだ。

 赤く色づき始めた木々の間を歩きながら、軽く尋ねる。

「そういえば、君、どうしてルキアの髪が赤いと分かった?」

「あぁ……なんだお前、やっぱり知っていたのか」

 彼も王子の仮面を外して答えた。

「いや、知ったのは最近。色々落ち着いたら、ふと気になったんだ。『なんで君はスピカが赤い髪の子を産んだ事を知っていたのか』って」

「ふん」

 触れて欲しくなさそうな様子に、僕はほくそ笑む。やっぱりな。

「あの作戦はルキアの髪が赤いことが前提となった作戦だった。でも僕は髪の色の事は信頼できる人間にしか言わなかったんだ。そしてもちろん誰にも言わせなかった。最初シュルマからヴェスタ卿に髪の話が漏れたのかって思ったけど、よくよく考えるとスピカの力のことさえ言わなかった彼女だ。一番言っちゃいけない情報を言うわけがなかった。

 君が知り得たのはルキアが『皇子』だということだけだ。それを知っただけで、君はあの作戦を実行した。けれど――それは少し出来すぎていた。いくら君の髪が赤かろうと、ルキアはスピカに似るかもしれないだろう? だけど君は確信を持ってあの作戦を決行している。つまり、君は『君の子だから髪が赤い』と思っていたのではなくて、『スピカが産む男児は髪が赤い』をいう事を『知っていた』んだ」

「……」

 黙り込むルティに畳み掛ける。

「シトゥラの娘の力は娘にしか受け継がれない。じゃあ、息子には何も受け継がれないのか? ――いや、息子には、きっと力の代わりに外見が受け継がれるんだ。特徴的な、赤い髪、茶色の目が。そういうことなんだろう?」

「ふん。どうせもう裏付けはしてるんだろう? あれから二月もあったんだ」

「まあね」

 僕はにやりと笑う。彼の手の込んだ『嫌がらせ』を我慢するのも今日で終わりだ。どうやら、かつての恋敵は、これまたやっかいなものに変貌したようだった。僕はこれからレグルスに加えて、彼にも試され続けるのだろう。彼が自分からは答を与えないのはきっとそういう訳だ。


 庭の端を見ると、準備が終わったのだろう、ルキアを連れてスピカ達も庭に下りてきている。

 スピカは、落ち着いた深緑色の天鵞絨びろうどで出来たドレスに着換えていた。そのお腹はずいぶんと大きくなっていて、もう入る服が無かったのだけれど ――シトゥラは随分奮発してくれて、何枚ものドレスが彼女の元に届いていた。その中には――もしかしたら花嫁衣裳の代わりなのかもしれない――今彼女が身に着けている、今日のための特別な衣装も含まれていた。あれだけあれば、まず彼女が肩身の狭い思いをすることも無いだろう。

 彼女達の幸せそうな笑顔を見ながら僕も微笑む。そしてさらりと口に出す。

「それから……君はスピカを抱いていない」

「何だ、今頃。あれだけ格好つけておいて」

 ルティが心底呆れた顔をした。それを無視して続ける。

「ほんと、今頃だ。バカみたいだけど、思いつかなかった。最初からスピカに話を聞いてればよかったんだ。――もしそうだったら、僕が気が付いてるに決まってるのに」

「どっちでもいいんじゃなかったのか」

 僕はふんと鼻を鳴らす。今更こいつの前で格好つけても仕方が無い。嫉妬が無いといえば、その方がよっぽど嘘臭いだろう。

「うん。でもやっぱりまったく気にならないってのは嘘になる。ルキアの将来にも関わるし。――メイサが教えてくれたんだ。その疑わしい夜について。今更かもしれないけどって」

 僕はルキアの髪のことがなぜか妙に気にかかってメイサに手紙を書いたのだけど、彼女はその回答に加えて、自分が思いついたことを書いてくれた。どうも、ルキアがもし『彼女と同じ境遇』かと思うと胸が痛かったようだ。

『あなた何も気が付かなかったの?』

 手紙を読んで、すべてが分かった。

 僕はそれはもっと前の事だと、攫われてすぐだったのではと思っていたのだけれど――疑わしき時は、僕がスピカと再会するすぐ前だったということ。――もし彼らの間に何かあれば、いくらなんでも僕が痕跡に気づくに決まってる。あのとき、彼女の体にそんな痕は見当たらなかった。

 スピカは……そういうこと、どうも鈍いから……思い当たらなかったみたいだけど。まぁ、思い当たっても聞けないか。きっと僕たちがその事について話せないことまで計算していたんだろう。やっぱりルティは情報を操る事に関しては天才的だった。もう二度と敵には回したくない。敵には回さない。


「あ、ルキア! すごーい!」

 スピカたちの高い声が響いて、そちらを見ると、ルキアが両手でおもちゃを持って、どこにも掴まらずに立っている。

「――あ! 立ってる!」

 誇らしげなルキアの周りでは、女達が歓声を上げながら拍手をしていた。

 思わず駆け寄る。ルキアは満面の笑みを浮かべて周りの真似をしてパチパチと拍手をしている。かと思うと、なぜか後ろから来たルティを見て、「ぱー」と語りかける。

「あ、ちがう!」

「おい……また嫉妬か。お前の人生嫉妬だらけだな」

 ルティはにやりと面白そうに暴言を吐くと、物珍しそうにルキアを見つめた。ルキアも目を輝かせてルティを見上げている。赤い髪が珍しいのかもしれない。

 ルティはルキアに手を伸ばし、高く抱き上げる。青空に赤い髪が輝きながら舞う。

 スピカが空でけらけら笑うルキアに言い聞かせた。

「ルキア、ちがうわよ、これは『おじさま』」

「お、じ……」

 思わず絶句するルティに皆が吹き出した。

 中庭に笑顔が輝く。秋の中庭は春の花々にも負けないにぎやかさだった。


「皆様、もうそろそろお時間です」

 侍従が声を掛け、僕らはそれぞれ室内へ戻る。

 戻る途中、ふいに振り向くと、ルキアを抱っこしたままのルティが、お腹の大きなスピカの一歩後ろを続く。ルキアは背の高い彼の抱っこを喜んで、人見知りもせずにニコニコしていた。

 髪の色を見れば、夫婦かと思えるような絵なのに、今はもう兄妹にしか見えなかった。

 ルティはスピカの『兄』として今日の祝いの席にやって来てくれた。それは、僕達にとって何よりの贈り物。

 彼は何も言わないけれど、こうしてやって来てくれた事が全ての答えになっている。僕はそう思っていた。


 僕らは、こうして家族になる。そうして出来た和やかな輪は、きっとジョイアもアウストラリスもを栄えさせてくれる。

 僕はそう信じていた。



〈了〉


長い間お付き合いいただき、本当にありがとうございました。

一言でも感想を頂けると嬉しいです。


スピンオフ「金の大地 焔色の星」http://greenapple.rusk.to/redprince/index.html

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