第87話 雑用令嬢、肉を焼く①
「「「ヤキニク!?」」」
そう。
相手は伝説のモンスターであるベヒーモス。食べるどころか、見るのも触れるのも初めてだ。
だからこそ今回は余計なことをせず、この貴重なお肉の味そのものをじっくり堪能できる料理がいい。
そう考えた末に思いついたのが焼肉だった。
「って、それって肉をただ焼くだけってことか?」
「そりゃまたなんともこざっぱりとした……」
「要するに小さく切ったステーキみたいなもん……ってことだよな?」
……む。
まあでも、名前だけ聞けばそう思うのも無理はないか。
「いいえ、それは少し違いますね。たしかに『焼いた肉』と書いて焼肉ですが、焼肉とはとても奥が深い料理なんですよ」
「奥が深い……」
「はい。とはいえ、ここで詳しく説明しても伝わりにくいと思いますので……百聞は一見に如かずです。ここは騙されたと思って、ぜひ一度ご賞味ください」
そう言って笑うと、それでも何人かはまだ不思議そうに首を傾げている。
なので、私は少しだけ付け加えた。
「それともみなさん、私のことを信頼いただけませんか?」
すると、真っ先に反応したのは旦那様だった。
「ふっ。まさか、そんなことあるものか。今さらアイカの料理を疑う者など、ここにはいないさ。そうだろ、みんな?」
振り返った旦那様に、周囲の人々も笑顔で同調する。
「へへ、そりゃそうだ!」
「今まで何度ウマいもん食わせてもらったんだって話っすよね!」
「むしろヤキニクってのがどんな料理なのか楽しみになってきたぞ!」
「うおー腹減ってきた!」
あっという間に周囲の空気が変わり、さっきまで怪訝そうだった人たちまで期待した顔でベヒーモスを見上げ始める。
よし。それならさっそく――と思った、そのときだった。
「ん? でもよく考えたら、このバケモノってあのおっさんから生まれたんだよな?」
「うっ……」
しまった。そういえば完全に忘れていた……。
このベヒーモスは、そもそもガルドが《冥禍の笛》を飲み込んだことによって誕生した存在だ。
もしもこれが、ガルド自身の肉体が変化した姿だとしたら……。
「それなら問題なさそうじゃぞ」
「え?」
辺り全体に微妙な空気が流れる中、今度はフロストーレ様が呟いた。その視線を追って、私もベヒーモスの頭部へ目を向ける。
すると大きく開いた口の奥から、“何か”がにゅっと突き出ていた。
「あれは……」
よく見れば、それは人の腕だった。
さらに騎士団のみなさんが近づいて引っ張ってみると、現れたのは気を失って白目をむいた状態のガルドだった。
「ど、どうして……」
私が呆然と呟くと、フロストーレ様も「さてな」と首をひねった。
「最初から内臓あたりに収まっていただけだったのか、一度は取りこまれたのがベヒーモスの生命活動が終了したことで分離したのか。まあいずれにせよ、これでさっきの懸念事項は解決じゃの」
たしかにこうしてガルドの肉体が出てきた以上、彼とベヒーモスは別々の存在と見るのが妥当だろう。
とすると、さっき私たちの脳内を駆け巡った気持ち悪い想像は否定されたことになる。
「まったく。どこまでも悪運の強い奴だ」
「ええ、実に」
フロストーレ様の分析を受け、アグニール様は鼻を鳴らし、レオルーシェ様も呆れたように肩をすくめた。
「いえ、案外そうとも限りませんよ。むしろ生き残ってくれたのは好都合です」
「フレット様?」
意外な言葉に振り返ると、フレット様は倒れているガルドへ冷ややかな視線を向けていた。
「もしあのまま身体が取り込まれたままだったら、首謀者を実質的に取り逃したのと同じですから。この男にはきちんと生きたまま己の罪に対する罰を受けていただかないと」
「ああ、それもそうだな」
旦那様も頷く。
「これだけの騒ぎを引き起こしておいて、ワケの分からないまま消えて逃げられるのもかなわない」
そして一度私を見ると、再びガルドへ視線を戻した。
「なにより、コイツはまだ王国でアイカに与えた仕打ちの報いも受けていない。例の《金の盾》もろとも、今度こそ必ず司法の場で決着をつけるべきだ」
その言葉に、周囲も当然だというように頷いてくれた。
「みなさん……」
ともあれ、ガルドが生きていると分かった以上、私たちがこれ以上ここで悩む必要もない。
フレット様の部下の方々によってガルドはベヒーモスの口から引き出され、今度こそしっかりと拘束された。
というわけで。
「さて、それでは始めていきましょう!」
まずはベヒーモスの身体を確認する。
先ほど大量の魔石を使って瘴気を抜いたおかげか、戦っていたときに全身を覆っていた禍々しい気配はほとんど残っていない。
多少の瘴気はまだ感じるものの、これならいつものようにきちんと下処理すれば問題なさそう。
私は普段使っている包丁を取り出し、ベヒーモスの皮膚へ刃を当てた。
が。
「……あら?」
力を込める。
「…………」
もう少し込める。
「…………」
……ダメだ。ビクともしない。
さすがは神話級モンスター。死んで瘴気が抜けたあとでも、皮膚そのものがとんでもなく分厚い。これじゃあ解体できない。
「う~ん、どうしましょう……」
困っていると、近くにいたガルガン様が何かを思い出したように声を上げた。
「ん? おっと、そういや忘れてたぜ。実はリスティンの旦那の剣を作ってる間に、せっかくだから”こいつ”も用意してたんだった」
そう言って懐から取り出した包みを、私へ差し出す。
受け取って布を開くと、中から出てきたのは一本の包丁だった。
「これ……私にですか?」
「あんたにはうまいカレーを食わせてもらったからな。いつかお礼がしてぇなと思ってたんだ」
「ありがとうございます、ガルガン様!」
私はありがたく受け取ると、さっそくベヒーモスの皮膚へ刃を当ててみる。
「わっ……!」
あまりにも滑らかな感触に、思わず声が出てしまった。
「へへっ、驚くこたぁねぇぜ。そっちはそっちでドワーフの技術の粋をこめて仕立てたもんだからな。切れ味は折り紙つきだぜ」
「すごい……」
これさえあれば……!
私は一気に包丁を走らせる。
ズババババッ!
「す、すげぇ……!」
「速すぎて手元が見えねぇ……!」
「まるで剣の達人だ……!」
凄まじい包丁さばきに、周囲から驚きの声が上がる。
正直、自分でも驚いている。切れ味もさることながら、こんなによく手になじむ包丁には未だかつて出会ったことがない。おかげで身体のほうが勝手に動いているみたいだ。
これが、ドワーフの作った包丁……!
そのまま夢中で作業を進めていくと、やがて私の周りには大きな塊肉がいくつも積み上がっていた。
「……ふぅ。これでブロックごとの切り出しは終わりました」
ひとまず大仕事を終え、額の汗を拭う。
でも、本番はむしろここから。
私は切り出した肉を一つずつ確認しながら、今度は実際に焼いて食べる大きさへと包丁を入れていく。
焼肉というのは、単に肉を小さく切ればいいというわけではない。
同じ肉でも切り方ひとつで柔らかさや歯応え、脂の感じ方は大きく変わる。
ゆえに口へ入れたときの噛み応えや口当たりを計算し、部位によって肉の厚さや切り方を変える必要がある。
もちろん余分な筋や硬い膜を取り除くことも欠かせない。
そうした手間暇やひと工夫こそが、焼肉の勝敗を分けてくるのだ。
「なるほどのぅ。いつぞやの刺身のようなものか」
「ええ。まさにその通りです」
私の作業を眺めていたフロストーレ様が、納得したように呟く。
「ごしゅじんさま! 鉄板の回収が終わりましたキュル!」
そんな中、今度はキュルちゃんたちが戻ってきた。見ると、それぞれが大きな鉄板を抱えている。
「ありがとう、キュルちゃん。みんなも助かったわ」
今日はもともと大規模な収穫祭だっただけに、町中には食べ物を扱う屋台がいくつも出ていた。
その中から無事だった鉄板を集めてもらえば、大勢で一斉に肉を焼くにも十分な数になる。
「それじゃあ、今度はこれを綺麗に洗ってもらえる?」
「かしこまりましたキュル!」「おまかせあれキュル!」
キュルちゃんたちが元気よく鉄板を運んでいき、洗い終わったものから旦那様たちが瓦礫を使って組んだ簡易かまどの上へ順番に設置されていった。
他にも無事だった家から食器類やテーブルなどが運び出され、広場にはみるみる食事会場が出来上がっていく。
その間にも、私はお肉の準備を着々と進める。部位ごとの切り分けが済んだあとは、それぞれに合った下味をつけていった。
そして最後に、仕上がったそれらを大皿へ順番に盛りつけていけば――。
「できました!」
――《特選ベヒーモス肉の神話級焼肉盛り合わせ》の完成です!




