第82話 雑用令嬢、未曾有の危機に直面する③
凍りついたモンスターの向こうから姿を現したのは、なんと二人の大妖精だった。
「フロストーレ様! アグニール様!」
思わず名前を呼ぶと、宙に浮かんでいたフロストーレ様がこちらを振り返る。
「おお、アイカか! ひどい有り様じゃが、これはいったいどういうことじゃ?」
「それが、私たちにもよく分からなくて……。お祭りの最中に、急にあちこちからこのモンスターたちが現れたんです」
外周の警備を破られた様子はなく、どこから来たのかも分からない。しかも倒しても倒しても、次々と新しい個体が現れている。
私が端的に状況を説明すると、フロストーレ様は周囲へ視線を巡らせながら頷いた。
「ふむ。細かい事情はともかく、緊急事態なのは理解した。ここからはワシらも加勢しよう」
「本当ですか!?」
伝説級の大妖精が二人も力を貸してくれる。
この危機的状況において、これほど心強いことはない。
「ありがとうございます、フロストーレ様! アグニール様も!」
「なに、礼には及ばん。そもそもワシらは、この祭りでウマいものを食べるために来たのじゃ。こんな得体の知れん奴らに台無しにされてはかなわんからのぅ。なあ、アグニール?」
なるほど。だからお二人はここに……。
しかしその一方、隣に浮かぶアグニール様はぷいっと顔を逸らす。
「ふん、勘違いするな。オレはこいつに無理やり連れてこられただけだ」
あからさまに不機嫌そうなご様子。
が、続けてポツリとひと言。
「……ただ、約束は約束だからな」
「!」
その言葉に、私はかつて火山でお刺身を振る舞ったときの記憶を思い出す。
――まあなんだ、無制限に人間同士の争いへ関わるつもりはない。そこは変わらん。
――だが、本当にこの領地に危機が迫るなら話は別だ。この地で魔素を整える者として、無用な争いで自然界のバランスが崩れるのを見過ごすわけにもいかんからな。
「アグニール様……」
そっか。あの時の約束、ちゃんと覚えててくださったんですね。
「ありがとうございます……アグニール様」
「……別に大したことではない」
アグニール様が片手を前へ突き出す。
「とにかく話はあとだ。まずはこの状況を切り抜けるぞ」
直後、騎士団の防衛線へ迫っていたモンスターたちの足元から炎が噴き上がった。
「ガアアアッ――!」
炎は周囲の屋台や領民には触れず、狙ったモンスターだけを一瞬のうちに焼き払う。
それとほぼ同時に、反対側の通りを走っていた群れの足元が白く染まった。
「ここは祭りの会場じゃ。少々狭いが、まあ問題あるまい」
フロストーレ様が指先を軽く振ると、地面を走った冷気が何匹もの脚へ絡みつき、そのまま身体をまとめて凍りつかせる。
「す、すげぇ……!」
「あれだけの数のモンスターが一瞬で……!」
避難中の領民たちだけでなく、騎士団員さんたちからも歓声が上がった。
「ありがたい! お二人とも、領主として心より感謝する!」
旦那様は短く礼を述べると、すぐさま周囲の団員さんたちへ向き直る。
「今のうちに避難経路を立て直せ! まだ動ける者は負傷者を運び、残りは通りへ入り込んだ敵を食い止めろ!」
「はっ!」
私も近くの領民たちへ声をかけ、再び避難を促す。
「皆さんも立ち止まらないでください! 凍っているモンスターから離れて、そのまま騎士団の指示に従ってください!」
フロストーレ様とアグニール様が加わったことで、押され続けていた騎士団にもようやく余裕が生まれた。
二人とも圧倒的な力を持っているのに、人や屋台を巻き込むことはない。
フロストーレ様は範囲を細かく絞りながら、通りへ現れるモンスターを次々と凍らせ、アグニール様も細く鋭い炎を走らせて、騎士団へ迫る個体だけを正確に焼き払っていく。
周辺の敵は目に見えて減っていった。けれど、遠くから聞こえる悲鳴や戦闘音はまだ止まらない。
くっ、これでもまだ手が足りないなんて……!
そんな中、今度は町の入口側から大きな掛け声が響いた。
「うおおおおおっ!」
え!?
何事かと振り返ると、戦斧や槌を手にしたドワーフの一団が、通りを埋めるように駆け込んでくる。
「どけどけぇ! こっからはオレたちも相手になるぞぉ!」
先頭の戦士が振り下ろしたハンマーに、モンスターの巨体が横へ吹き飛ぶ。
続くドワーフたちも重たそうな武器を軽々振り回し、その頑丈な身体で敵を正面から押し返していった。
さらに――。
ひゅん、と頭上をいくつもの影が通り過ぎる。
「ギャウッ!」
騎士団の防衛線へ迫っていたモンスターたちへ、矢が一斉に突き刺さった。
「全隊、前進! アルグレイン騎士団を援護しろ!」
「者ども、殿下に続け!」
!? あれは……!
「レオルーシェ様! ラッセル様まで……!」
別の通りから現れたのは、なんとレオルーシェ様とラッセル様。その後ろには弓や杖を構えた大勢のエルフ兵が続いている。
「フランベル殿、ご無事ですか!」
「はい、なんとか! ……でも、どうして皆さんがこちらのことを?」
まさか遠く離れたドワーフやエルフの国にまで、この騒ぎがすでに伝わっているとは思わなかった。
私の問いには、近くでモンスターを押さえ込んでいたドワーフの戦士が答えてくれた。
「ガルガンから里へ緊急の鳥が飛んできたんだ! アルグレイン領が大変なことになってるってな!」
知らせを受けた族長は、すぐに戦士たちをこちらへ送り出し、交流のあるエルフ王へも事態を伝えてくれたらしい。
「私たちは父上より、アルグレイン領を救援するよう命を受けました」
レオルーシェ様が続ける。
「これまで多大な恩を受けた皆様の危機とあれば、放っておくことなどできません」
「レオルーシェ様……ありがとうございます」
私が頭を下げる一方で、ラッセル様は短く頷いただけで、すぐに後方の兵士たちへ指示を飛ばした。
「弓兵は屋根へ上がり、孤立している騎士団を援護! 魔法部隊は避難経路へ敵を近づけるな! いいか、ヒト族の皆様を誰一人傷つけさせてはならんぞ!」
「はっ!」
エルフ兵たちは迷うことなく散開し、建物の屋根や高所へ駆け上がっていく。
そこから矢と魔法が次々と放たれ、路地へ入り込もうとするモンスターや、騎士団の背後へ回ろうとする個体を正確に撃ち抜いた。
フロストーレ様とアグニール様が群れをまとめて削り、狭い通りではドワーフたちが壁となって敵を押し返す。
その後方をエルフたちが援護したことで、各所に分断されていた騎士団もようやく合流し始めた。
崩れかけていた防衛線が、少しずつ形を取り戻していく。
それを見たムルウジさんが斧を構え直し、団員さんたちへ向けて声を張り上げた。
「おい、おめぇら! 助っ人の皆様方がこれだけ活躍してくれてんだ、俺たちも負けてらんねぇぞ! アルグレイン騎士団の意地を見せろ!」
「おおおおおおっ!」
団員さんたちも一斉に声を上げ、疲労を押してモンスターの群れへ踏み込んでいく。
「騎士団は避難誘導を続けながら敵を分断しろ! ドワーフの皆には大通りの封鎖を頼む! エルフの弓兵は高所から敵の動きを押さえてくれ!」
旦那様も全体を見渡しながら次々と指示を出す。
「すごい……。さっきまで、いくら倒しても減っている気配すらなかったのに」
それが今では、町の各所から聞こえていた唸り声が少しずつ遠ざかっている。
大妖精、ドワーフ、エルフ、そしてアルグレイン騎士団。
それぞれが自分たちの得意な役割を担い、町に溢れていたモンスターを確実に追い詰めていく。
やがて残った群れは、郊外にある広場の一角へ追い込まれた。
「ふむ、そろそろ幕を引かせてもらおうかの。――そら、凍るがよい!」
フロストーレ様の冷気が地面を走り、群れの脚をまとめて凍らせる。
そこへアグニール様の炎が横から襲いかかり、動きを乱したモンスターたちへドワーフと騎士団が一斉に踏み込んだ。
包囲を抜けようとした個体も、屋根の上から放たれた矢によって次々と倒されていく。
そして、最後まで残っていた一匹が旦那様へ飛びかかった。
「はあああっ!」
銀色の刃が、モンスターの首元を一閃する。
巨体が地面へ倒れ、それを最後に――町からモンスターの唸り声が消えた。
「やったぞ!」
「助かった……!」
「うおおおおおお!」
騎士団員さんたちが武器を掲げ、ドワーフやエルフの兵士たちと勝利を喜び合う。
ただし、旦那様だけはすぐに剣を下ろそうとはしなかった。
「まだ気を緩めるな! 負傷者の救護を最優先に、町中を確認しろ! 見落としている敵がいないかも調べるんだ!」
「はっ!」
団員さんたちが再び各所へ散っていく。
その姿を見届けてから、旦那様は援軍に来てくれた皆さんへ向き直った。
「フロストーレ様、アグニール様。それにドワーフとエルフの方々も、本当に感謝する。あなたたちの助力がなければ、領民を守り切ることはできなかった」
「ふっ、無事に片づいたなら何よりじゃ。もっとも、これを無事と言っていいかどうかじゃがの」
フロストーレ様が町を見渡しながら答えると、隣のアグニール様も続く。
「ああ。それに、まだ終わったと決まったわけでもないだろう」
たしかに、アグニール様の言うとおりだわ。無事にモンスターをすべて倒したからといって、この一件が解決したわけではない。
町の安全が確認されると、自然と話題は襲撃の原因へ移った。
「しかし、妙な連中じゃったのぅ。深手を負っても逃げるどころか、なおさら人へ襲いかかっておった」
「はい。しかも報告では、外周の警備を突破された形跡もなかったと聞きます。なのに奴らは町の各所へ突然現れた」
旦那様の言葉に、周囲の騎士団員さんたちも険しい顔で頷く。
「私が見た限りでは、離れた場所にいたモンスターたちが、ほとんど同時に耳を動かしていました。その直後、目の前の相手を無視して領民へ襲いかかったんです」
「耳か……。となると、やはり俺の聞いた笛のような音との関係も考えられるな……」
とはいえ、その音がどこから鳴ったものかも、本当にモンスターと関係があるのかも定かではない。
実際のところ、今回の事件の真相はまだ謎だらけ。
「とりあえず、町の周囲と倒したモンスターを早急に調べよう。ムルウジ、悪いが動ける団員を集めて――」
けれど、旦那様がそう振り返ったところで。
「――待った。その必要はないよ」
え。
聞き覚えのある声が、集まった騎士団の後方からかかった。
「……フレット?」
私たちが振り返ると、数名の部下を引き連れたフレット様が、騒ぎの収まった広場へ歩いてくるところだった。
突然の思いもよらぬ幼馴染の登場に、旦那様が驚いた顔を向ける。
「なぜお前がここに……いや、それよりもどういうことだ、フレット。必要がないとは」
フレット様は私たちの前で足を止めた。
「今回の騒ぎを起こした“首謀者”なら、すでに分かっている」
「なに!?」
それ以上は答えず、フレット様は後ろに控えていた部下へ合図を送る。
すると人々の間から、両腕を縄で縛られた一人の男が連れてこられた。
服は汚れ、髪も乱れている。男は俯いたまま歩いていたが、部下に背中を押され、ゆっくりと顔を上げた。
……まさか!
驚く私の隣で、旦那様がその名を口にする。
「ガルド・バルディオス……!」




