第79話 雑用令嬢、お祭りを楽しむ②
「? なにかしら?」
そう思って私は振り返ったが、すぐに理由が分かる。
大柄な男性たちがまとまって歩いてきたせいで、周りの人たちが自然と道を空けていたのだ。
「アイカちゃーん! 久しぶりだべ!」
「アドーさん!」
先頭にいたのは、ドルイ鉱山で採掘チームを率いるアドーさんだった。その後ろにも、見覚えのあるドルイ族の人たちが何人も続いている。
ドルイ鉱山は、私がギルド職員時代からつながりのあった大陸有数の魔石鉱山。
私が追放された後に王国――正確には管理の代表役であるガルド――から無茶な採掘量を押しつけられ、集落ごと倒れていた彼らだけれど、私の振る舞った《ゴーストサーモンの“あらだし”鮭茶漬け》でなんとか体力を取り戻すと、そこからすっぱり王国とは縁を切るに至った。
今では旦那様の計らいで代わりに結んだ帝国との取引も軌道に乗り、鉱山は以前の活気をすっかり取り戻していた。
「いやぁ~、こないだうちの集落にもお祭りの招待状が届いてよぉ~。せっかくお誘いいただいたもんだから、みんなで遊びに来たべ!」
「招待状?」
私が首をひねると、すかさず背後で旦那様が答えてくれた。
「ああすまない、言い忘れていた。アイカが祭りの準備で忙しそうだったから、俺の方から出しておいたんだ。彼らとの取引の窓口はアルグレイン領だからな。そういう意味では、彼らもまた領民のようなものだ」
なるほど、そういうことだったんですね。さすが旦那様です。
「ほんと、領主様には感謝だべ」
「みなさん、街に出るのはたぶん久々ですよね? どうですか、お祭りは楽しめていますか?」
「んだ! こったら大きな祭りは初めてだから、どこを見てもおもしれぇべ! 料理も何食べてもうめぇしよぉ」
そう笑うアドーさんの両手には、フランクフルトやステーキ串などが握られている。
「つっても、アイカちゃんの料理には負けるけどな。あ~、懐かしいなぁ。アイカちゃんの顔を見ると、ついついあのとき食べた《デスチョコレートのフォンダンショコラ》の味を思い出しちまうべ」
デスチョコレート――というのは、ドルイ鉱山の周囲に生えている“クリオロ”から作った私のオリジナルチョコレートだ。
クリオロは通称“死神の木”とも呼ばれていて、その実はカカオによく似ている。
瘴気が濃いので並の手段じゃ食べられないが、聖水で浄化したことで極上のチョコに進化した。
「ふふ。よろしければまたお作りしますね」
「ほんとだべか!? やったべ!」
私が笑顔で告げると、喜びのあまり身を乗り出すアドーさん。そこで彼はふと気づく。
「ところで、これがアイカちゃんの新しい料理だべか?」
「綿あめといいます。この中に広がっている砂糖の糸を、棒で巻き取って作るんですよ」
「ほえ~、こったらすごい機械があったとはなぁ」
受け皿を覗き込んだアドーさんは、その下に設置された《聖なる刃》へ目を向けた。
「この回転する力、うまく利用すればオラたちの仕事にも使えそうだべな」
「魔石掘りにですか?」
「んだ。こんだけのパワーがあれば、硬い岩盤でもゴリゴリ削れそうだしな。やり方次第じゃ、採掘ももっと楽になるかもしんねぇだ」
「あー」
なるほど。いわゆるドリル的な。
「つっても、アイカちゃんの料理道具をそんな使い方する気はねぇけども。――あ、そうそう。仕事と言えば、最近、みんな元気になったのもあって採掘場所を隣の山まで広げてみたんべよ」
「あら、そうなんですね」
「そったら、これがまぁ前よりも質の良い魔石がドバドバ掘れちまって。ある意味でオラたちの集落もプチお祭り騒ぎだったべ。ワハハ」
アドーさんはそうやって笑いつつ、「ほら」とパンパンに魔石の詰まったリュックを見せてくれた。
たしかになんとなく輝きの質が違うような気がする……たぶん。
ともあれ、彼らの仕事が順調そうなら私としても嬉しい限りだ。
「ちなみに今日持ってきた魔石は商会に卸す用だけど、いずれアイカちゃんのとこにももっと厳選したのをお裾分けしに行くつもりだから楽しみにしててけんろ」
「え、そんな悪いですよ。ちゃんと買い取りますから」
「なんのなんの! 他ならぬアイカちゃんへのプレゼントだべ! これがありゃ、あの聖水にも負けないくらい強い力で瘴気を打ち消してくれるはずだからな」
「聖水!?」
なんと、それはすごい!
「そうだべ。つーわけで代わりと言っちゃなんだが、それでまたもっと美味しい料理を食べさせてほしいだべ!」
「……わかりました。そういうことであれば」
そんな風に言われたら、私も素直にありがたく受け取るしかない。そしていずれそのときが来たら、きっちり腕によりをかけてお礼しよう。
「んじゃ、そろそろオラたちもその綿あめっつーのを作ってみるべ!」
「オラはこのパイナップルにするだ!」
「お、ならメロンと交換すんべ!」
「オラはまず普通の白いのにしてみるっぺかなぁ」
ドルイ族の皆さんは、それぞれ違う味を選んで棒を手に取った。
太い腕で壊れ物を扱うように慎重に巻き取る姿は少し意外だったけれど、出来上がれば皆、子どものように顔をほころばせる。
「んじゃアイカちゃん、またな~!」
「は~い!」
そうして色とりどりの綿あめを手にした大柄な一団は、互いの味をシェアしながら祭りの雑踏へと去っていった。
けれど彼らを見送ったあとも、屋台の列が途切れることはなかった。
果物を補充したかと思えば、今度は砂糖が足りなくなり、巻き方を説明している間にも次のお客さんがやってくる。
旦那様も受け皿の調整やグラスファイバータートルの世話を続けてくれていたが、忙しさは増すばかりだった。
「お姉さん、イチゴ味を二つ頼む!」
「こっちはプレーンを一つ!」
「はい、順番にご用意しますので、少しだけお待ちください!」
次のお客さんへ棒を渡そうとしたところで、横から太い腕が伸びてくる。
「おっと待ちな。そいつは俺がやる」
「ムルウジさん?」
見れば、ムルウジさんの後ろには数人の騎士団員たちが立っていた。
彼らはすでに前掛けまで身につけ、いつでも店番を交代できる格好をしている。
ムルウジさんは私から棒を受け取ると、そのままお客さんへ簡単に回し方を説明した。それから屋台の中を一通り確認し、私と旦那様へ向き直る。
「嬢ちゃん、団長。ここは俺たちでやるから、二人とも祭りを見てこい」
「え? でも、まだお客さんがこんなに……」
「だから交代に来たんだよ。砂糖の補充も装置の扱いも、もう覚えた」
「棒の回し方だって説明できますよ、姉御!」
「キュルルたちもいるし、こっちは心配いりませんって!」
団員さんたちはそう言いながら、早くも果物や斧砂糖の残りを確認し始める。
ここまでの準備や店番も何度か手伝ってもらっていたので、一通りの作業は本当に覚えているらしい。
「ですが……」
「せっかく準備した本人たちが、店番だけで祭りを終えるつもりか?」
なおも列を気にする私へ、ムルウジさんが呆れたように言った。
「ここは俺たちに任せろ。少しくらい祭りを見てきたって罰は当たらねえよ」
「しかし、ムルウジ――」
「団長もだ。領主が祭りの様子を見て回るのも仕事だろ」
そう言われた旦那様は、改めて屋台の中を見回した。
団員さんたちはすでにそれぞれの持ち場につき、次のお客さんへ味を尋ねている。ムルウジさんも《聖なる刃》の固定具を確かめ、問題がないことを確認していた。
「……そうだな。これなら任せても問題なさそうだ」
それから旦那様は私の方へ顔を向ける。
「せっかくだ。お言葉に甘えるとしよう」
「そうですね……。では、お願いします」
「おう。こっちは気にしなくていいから、ゆっくり祭りを堪能してきな」
言いながらムルウジさんがウィンクする。その奥では他の団員さんたちも笑顔で頷いていた。
……ほんと、ここのみんなは優しいなぁ。
これがかつての王国なら、きっと日がな一日中店番だったに違いない。
私と旦那様は改めて彼らにお礼を告げると、屋台の外へ出た。
ずっと店の中から眺めていた通りへ降りてみると、祭りの音や香りが先ほどよりずっと近く感じられる。
左右にはまだ見ていない屋台がいくつも続き、その前をいつもよりオシャレな格好をした人や、お面らしきものを被った人たちが楽しそうに行き交っていた。
「さて、どこから回る?」
旦那様もいざ通りへ出ると、ようやく店番から解放されたからか、どこかウキウキしたように辺りを見渡している。
「そうですね。せっかくなので、端から順番に見てみましょうか」
「ああ。そうしよう」
私たちは人で賑わう祭りの通りへ、並んで歩き出した。




