第78話 雑用令嬢、お祭りを楽しむ①
迎えた収穫祭当日。アルグレイン領の中心にある繁華街は、朝から大勢の領民で溢れ返っていた。
建物の間には野菜や果物をかたどった飾りが吊るされ、広場から続く通りには料理や酒、工芸品を売る屋台がずらりと並んでいる。
威勢のいい呼び込みや楽器の音が絶えず響き、その間を縫うように焼いた肉や甘い菓子の香りが流れていた。
そんな賑わいの中、ひときわ長い列ができていたのが――。
「うん、そこで棒をゆっくり回してね。そうそう、いい感じよ」
もちろん、私たちの綿あめ屋台である。
「おかあさん、見て見て! おっきくなってきた!」
「ふふっ。よそ見したら形が崩れちゃうわよ」
差し込んだ棒の先端で徐々に膨らんでくる白い塊に、お客の男の子が満面の笑みで振り返る。
その背後ではお母さんも同じくニコニコと見守っていた。
「やっぱり、自分たちで作れる方式にして正解だったな」
「そうですね。みなさん楽しそうにしてくれてなによりです」
目の前の仲睦まじい親子のやり取りを眺めながら、旦那様と私も釣られて笑顔になる。
お客さんの中には綺麗な丸形に作れる人もいれば、細長くなったり、ところどころへこみができたりする人もいた。
それでも自分の手で作ったものには違いない。家族や友人同士で形を見比べて笑い合い、最後には皆そろって美味しそうに頬張っていた。
そんな綿あめ屋台だが、実は今日という日を迎えるにあたって更なる改良も加わっている。
「いらっしゃいませ。次の方はどの味にしますか?」
「う~ん、“イチゴ”もいいけど……“ブドウ”も食べてみたいなぁ」
「なら俺が“ブドウ”にするから、半分ずつ交換しようぜ」
なんと例のグラスファイバータートルへ斧砂糖と一緒に果物を食べさせてみたところ、その色と風味まで砂糖の糸へ移ることが当日までの試作で分かったのだ。
そのため屋台の前面に吊るしているサンプルには白い綿あめだけでなく、イチゴ、ブドウ、オレンジなどの色つきのものまで並んでいる。
おかげでお客さんたちは味を選ぶところから楽しみ、中には別々のものを作って食べ比べる人たちもいた。
「ごしゅじんさま、イチゴが少なくなってきましたキュル!」
「あら、もうそんなに?」
キュルちゃんの声に振り返れば、さっきまで山盛りだった果物のカゴが早くも底を見せ始めている。
するとすかさずそれに気づいた別の影が、屋台の裏手から新しいカゴを抱えてぴょんぴょんと跳ねてきた。
「追加を持ってきましたキュル!」
「ありがとう。そっちへ置いてもらえる?」
「はいですキュル!」
そうそう、今日は《水鏡の神殿》からキュルちゃんの仲間たちも手伝いに来てくれているんだった。
彼らは追加の砂糖や果物を運んだり、お客さんが食べ終えた後のゴミを回収したりと朝から屋台の中を忙しく跳ね回ってくれていた。
そうして新しいイチゴをカゴへ移していると、並んでいるお客さんたちの向こうから聞き覚えのある声が飛んでくる。
「お姉ちゃーん!」
顔を上げれば、こちらへ大きく手を振っていたのはリタちゃんだった。その隣にはリタちゃんのお爺ちゃんであり、ピット村の村長であるベンゼルさんもいる。
「あらリタちゃん、久しぶり。村長さんも」
「久しぶり、お姉ちゃん!」
「おお、アイカ殿。ずいぶんと繁盛しておりますのぉ」
二人と出会ったのは、私と旦那様がピット村付近に出没したモンスターの討伐に出向いたときのこと。
その際、村の食事がワケあってお茶だけだと知った私は――旦那様が空腹で死にそうだったこともあり――村で飼育している聖獣ブリリアのミルクを使った《ブリリア印の羊乳モッツァレラチーズピザ》を作ってあげたのだ。
そして今ではそのピザが名物となり、現在のピット村は人と食料で溢れるようになった。
二人とはそれ以来の縁でずっと交流が続いており、定期的に卸してもらっているブリリアのミルクは今や私たちの食卓にとって欠かせないものだ。
「お姉ちゃん、わたしもこれやりた~い!」
リタちゃんは屋台へ近づくなり、受け皿の中を舞う色とりどりの糸へ瞳を輝かせた。
「ふふ、もちろん。どの味にする?」
「ん~……イチゴ味!」
グラスファイバータートルへ斧砂糖とイチゴを与えると、しばらくして桃色の糸が受け皿の中へ広がり始める。
リタちゃんは棒を両手でしっかりと持ち、唇をきゅっと結びながら中へ差し入れた。
「ゆっくり、同じ場所に偏らないようにね」
「うん……!」
あまりに真剣だからか、棒だけでなく身体まで一緒に回りそうになっている。
途中から少し片側へ偏ってしまったものの、最後にはリタちゃんの顔よりも大きな桃色の綿あめが出来上がった。
「できたぁ!」
「上手にできたわね」
リタちゃんは待ちきれない様子で、さっそく端へかぶりつく。
「おいし~! ふわふわだ~!」
そのまま「おじいちゃんも!」とベンゼルさんにも差し出すと、彼も小さくちぎって口へ入れた。
「ほほ、こりゃすごい。年寄りにも食べやすくて持ってこいじゃ」
「気に入っていただけたようでよかったです」
孫と一緒に綿あめを味わうベンゼルさんの目元は、すっかり緩んでいた。
「お姉ちゃん、またね~」
「うん、またね」
やがて二人が列から離れたところで、入れ替わるように張りのある声がかかった。
「お嬢ちゃん、こっちも一つ頼めるかい?」
振り返ると、そこに立っていたのは町の食堂を営むノーラさんだ。
「ノーラさん! 来てくださったんですね」
「そりゃあ、お嬢ちゃんがお店を出してるなんて聞いたら、顔くらい出さないわけにはいかないだろう?」
ノーラさんと知り合ったきっかけは、彼女の畑に生えていた“畑喰らい”だった。
当時は野菜を弱らせる厄介な魔草として嫌われていたけれど、そこに実っていた赤い果実は試行錯誤を経て“ドレインベリー”という新しい食材に生まれ変わっている。
「あれから、お店の方はいかがですか?」
「おかげさまで繁盛しっぱなしさ。忙しくて休む暇もないくらいでねえ」
そう言って肩をさすったものの、ノーラさんはすぐに嬉しそうな笑みを浮かべた。
「最近じゃタルトだけじゃなく、そのまま瓶詰めしてジャムとして売り始めたんだよ。持ち帰りやすいから、土産にちょうどいいって評判でさ」
「へ~、それはいいですね」
ここで言うタルトとは、かつて私が作った《畑喰らいのフレッシュカスタードタルト》のこと。
今では前述の通り《ドレインベリーのフレッシュカスタードタルト》に名前を変え、ノーラさんの食堂の看板メニューの一つとなっている。
「改めて礼を言うよ。あんたのおかげで、厄介者だった雑草が店の稼ぎ頭になったんだからね」
それからノーラさんは、店先に飾ってあるサンプルと受け皿の中を舞う色つきの糸を交互に眺めた。
「それにしても、相変わらずお嬢ちゃんの考えるものはおもしろいねえ。どれ、あたしも一ついいかい?」
「はい。どの味にしますか?」
「じゃあ、オレンジ味を頼むよ」
ノーラさんは持ち前の器用さで、ほとんど説明する必要もなく棒を回していく。
出来上がった綿あめも見事な丸形で、本人も満足そうに頷いた。
「さすが、お上手ですね」
「毎日料理を作ってるんだ。これくらいはね」
そう笑いながら、淡い橙色の綿あめをひと口頬張る。
「うん、おいしいよ! これなら祭りで歩きながら食べるのにちょうどいいさね!」
口の中で溶ける感覚が気に入ったらしく、ノーラさんはもう一口ちぎると、そのまま祭りの人混みへ戻っていく。
「今度はお嬢ちゃんも食堂へ顔を出すんだよ! そんときゃとびっきりサービスするからね!」
「はい。必ず伺いますね!」
大きく手を振って見送っていると、その先の人混みが少しざわついた。




