第77話 雑用令嬢、お祭りの準備をする③
そのまま記憶を辿っていると、前世の屋台に置かれていた綿あめの機械がぼんやりと頭に浮かんできた。
もちろん細かな構造までは覚えていないし、そもそも知らない。
でもたしかだけど、機械の中心部分が勢いよく回転し、その周りに白い糸がふわふわと広がっていたはずだ。
「……回転?」
口に出した瞬間、一つの魔道具が頭に浮かぶ。
「そうだ。《聖なる刃》……あれが使えるかもしれません!」
「《聖なる刃》を?」
「はい。あれなら、中の刃を安定して回し続けられますよね。その回転を上手く使えば、砂糖の糸を塊にすることなく広げられるかもしれません」
現在はミキサーやフードプロセッサーとして大活躍している《聖なる刃》――またの名をディバインスライサーとも言う――だけれど、そもそもあれは中の刃を高速で回す魔道具だ。
とすれば、現状の課題にもフィットするかもしれない。
ただし。
「でも、回転させるだけじゃ駄目よね。風を発生させないと……」
「風か。それならば、俺が風魔法を使おうか?」
旦那様がすぐに提案してくれる。
「う~ん……試すだけならそれでもいいんですけど、お祭りの間ずっと旦那様に屋台へ張りついてもらうことになっちゃいますから」
「俺としては別に構わんが」
「私が構います」
まさか領主である旦那様に一日中、綿あめのためだけに店番を手伝わせるわけにはいかない。ブラック企業じゃあるまいし。
できれば《聖なる刃》だけで、継続して動かせる形にしたい。
「それなら、羽根をつけるのはどうですキュル?」
「羽根?」
キュルちゃんが白い身体を弾ませた。
「丸い受け皿を《聖なる刃》で回して、その内側に斜めにした羽根を並べますキュル。そうすれば、いっしょに風も起きると思いますキュル!」
「斜めに羽根を……なるほど、扇風機的な」
たしかに前世で使っていた扇風機も、何枚かの羽根を回すことで風を送る仕組みだった。
ならばそこからさらに羽根の向きなどを調整し、周囲に囲いをつけて中身が飛び散らないようにすれば、まさしく本物の綿あめ機のような仕組みが再現できるかもしれない。
そして、その間に棒を差し入れて巻き取れば――。
「いけるかも……!」
「うむ、さすがキュルルだな」
「お役に立てて嬉しいですキュル!」
キュルちゃんがいつも以上に高く跳ねる。
こうして大まかな形が決まった私たちは、必要な受け皿と羽根を作ってもらうため、ガルガン様たちの工房へ向かった。
といっても、作ってほしいものは単純な部品だけ。
こちらが形や大きさを説明すると、ガルガン様は「それなら朝飯前だぜ」と軽く請け負い、その日のうちに仕上げてくれた。
でもって再び屋敷の中庭。
旦那様が《聖なる刃》の上に円形の受け皿を乗せ、ガルガン様たちに作ってもらった留め具で固定していく。
受け皿の内側には、少し斜めに傾けた羽根が何枚も並んでいた。
「これで外れないはずだ」
「ありがとうございます。キュルちゃん、羽根の向きはこれで大丈夫そう?」
「もう少しだけこっちを上げたほうがいいですキュル!」
私が受け皿の位置を確認し、キュルちゃんが羽根の傾きを細かく調整する。
準備が整ったところで、《聖なる刃》へ魔力を流した。
受け皿がゆっくりと回り始め、羽根が中の空気を動かしていく。手をかざしてみると、受け皿の内側に沿ってちょうどいい具合の風が流れていた。
「うん、これならいけそう」
私は棒を用意し、グラスファイバータートルの前へ斧砂糖を置いた。
亀はすっかり屋敷の中庭にも慣れたらしく、砂糖を見つけると警戒することなく口へ入れる。
旦那様には排砂孔が受け皿の上へ来るよう、亀の身体をそっと支えてもらった。
あとは待つだけ。
少しして、甲羅の後ろ側から白い糸が伸び始める。
「来ました!」
ぐるぐると回転しながら宙を舞う砂糖の糸。
前回はそのまま下へ落ちていたけど、今回は受け皿の風に乗り、内側へ沿うように薄く広がっていく。
私はそこへ棒を差し入れ、ゆっくりと回す。
一本。また一本。
細い砂糖の糸が次々と棒へ絡みつき、先端に白い塊が作られていく。
「おお……!」
「どんどん大きくなっていますキュル!」
棒を回すたび、白い塊は少しずつ膨らんでいった。
最初は小さな毛玉ほどだったものが、やがて片手では隠せないほど大きくなり、最後には雲のような形へ広がっていく。
「やった……」
《聖なる刃》を止め、私は棒を引き抜いた。
先端にあるのは記憶にあるものと同じ、白くて大きな綿あめだった。
「できました! これが綿あめです!」
思わず高く掲げると、旦那様がまじまじと見上げる。
「なるほど。“綿”あめとはよく言ったものだ。たしかに、見た目は綿の塊そのものだな」
「ぼくにそっくりですキュル!」
キュルちゃんが綿あめの横へ並び、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねる。たしかに色もふわふわ具合もよく似ていた。まるで兄弟みたいだ。
何はともあれ、無事に完成してよかった。
「では、旦那様。味見をどうぞ」
「いいのか? 思い出の味なのだろう?」
「だからこそです。旦那様がどんな反応をするのか、早く見てみたいので」
「そういうことなら、遠慮なくいただこう」
旦那様は綿あめの一部を指先でちぎり、口へ入れた。
「むっ!? こ、これは!」
目を見開いたのは、ほんの一瞬。
「ふわっっっっふわだぁああ……」
次の瞬間には、その表情がとろけたように緩んでいく。
「なんということだ、見た目の大きさからは想像できないこの軽さたるや。それにふわりとした口当たりを感じたかと思えば、あっという間に舌の上で溶けて消えていく……。あとに残るのは、斧砂糖の澄んだ甘さだけだ」
とろけきったままの顔でそう解説しつつ、旦那様はそのまま残った綿あめをモシャモシャと頬張り続ける。
隣ではキュルちゃんも白い繊維の一部を腕へ変え、「ふわふわですキュル~」と嬉しそうに味わっていた。
……その様子は若干共食いに見えないこともなかったけど、まあ本人が幸せそうなので口には出さないでおこう。
「うむ。たしかに、これは祭りに持ってこいだな」
「ですよね。しかも屋台では完成したものを渡すだけじゃなくて、お客さん自身に巻き取ってもらおうと思うんです」
「客が自分で作るのか?」
「はい。こうして棒を回して、どんどん大きくしていくんです。上手く丸くできる人もいれば、細長くなったり、少し歪んだりする人もいるでしょうけど、それも遊びの一つになると思いませんか?」
自分で作った綿あめなら、少しくらい形が悪くても、それはそれで思い出になるでしょう。特に子どもたちなんかには喜んでもらえそうな気がする。
「いいな。それは実におもしろいアイディアだ」
「大盛り上がり間違いないですキュル!」
「ふふっ。では、これで屋台の内容は決まりですね」
味よし。作る過程も楽しい。
これなら収穫祭でも、きっと目を引く屋台になるはずだ。
そうしてようやく肩の力を抜いたところで、旦那様がなおも糸を出し続けていたグラスファイバータートルへ目を向けた。
「しかし、あれだな。もちろん味もアイディアも申し分ないんだが、強いて問題があるとすれば……」
「? どうかしましたか?」
「いや、その、なんだ。ふと冷静に見たとき、この絵面はちょっとどうも……」
旦那様の視線を追い、私も亀の後ろ側を見る。
「あ」
もちろん、仕組みとしては何の問題もない。
排砂孔は甲羅にある専用の器官で、決してお尻ではないし、出てくる糸も排泄物ではない。けれど、何も知らない人が遠目に見たらどう思うか……。
これはちょっと、いや、だいぶよろしくないかもしれない。
「あ、そうだ。では、こうしましょう!」
私は屋敷から急いで大きめの布を持ってくると、グラスファイバータートルの後ろ側を覆った。
客のいる側からは受け皿と広がる砂糖の糸だけが見え、肝心の亀は布の向こうへ隠れる形だ。
「おお! それならばたしかに問題ないな!」
旦那様も満足そうに頷く。
……ふぅ。これで今度こそ問題はすべて解決ね。
味も見た目も楽しく、自分の手で作ることもできる綿あめ屋台の完成だ。
「収穫祭が楽しみですね」
「ああ。屋台に来たお客たちがどんな反応をするか、今から待ち遠しいな」
「みんなに早く食べてもらいたいですキュル!」
私たちは完成した綿あめを囲みながら、間もなくやって来る収穫祭の日を楽しみにするのだった。
――けれどその舞台が、まさかあんなことになるなんて。




