第75話 雑用令嬢、お祭りの準備をする①
先日のドワーフの里訪問からしばらく。
あのときの会合の決定により、我らがアルグレイン領には数名のドワーフの職人さんたちが派遣されることになった。
すでに選抜メンバーには領内の町外れに住居と工房が用意され、そこに滞在してもらっている。
騎士団のみんなにも資材の運搬や建設を手伝ってもらい、工房にはドワーフ製の炉も完成。生活と仕事の環境は、ひとまず問題なく整ったらしい。
なお、メンバーの代表はガルガン様。
何があったか知らないけど、希望者が殺到したことによる壮絶な争いを勝ち抜き、見事に代表の座を射止めたのだと誇らしげに語っていた。
そして今日は、いよいよ旦那様の新しい剣作りに向けた準備の日だった。
「ふむふむ……」
ガルガン様は旦那様の腕へ巻いていた紐を外すと、近くの作業台に広げた紙へ何やら書き込んでいく。
身長や腕の長さといった採寸だけでなく、剣を握る手の形や普段の構えまで確認していた。
ただ頑丈な剣を作ればいいというわけではなく、使う人に合わせて重さや重心を調整する必要があるらしい。
「うっし。これで下準備はバッチリだ」
ガルガン様は最後にもう一度旦那様が予備の剣を構える姿を眺めると、満足そうに大きく頷いた。
「んじゃ、あとは任しときな。必ずやオレがリスティンの旦那に見合う、最高の一振りを仕上げてやるぜ!」
「ああ。よろしく頼む」
ニカッと笑って親指を立てたガルガン様に、旦那様も迷いなく応じる。
勘違いが発端とはいえ真剣勝負をした仲だけあって、二人の間にはすでに強い信頼関係ができあがっていた。
これで新しい剣作りは、正式にガルガン様たちへ託されたことになる。
完成まではまだ少し時間がかかるらしいけれど、ようやく旦那様の力に耐えられる剣が手に入るんだ。
いったいどんなすごい剣に仕上がるのだろう。楽しみだ。
「ところでよ」
話が一段落したところで、ガルガン様が工房の外へ目を向けた。
「さっきから気になってたんだが、町の連中は何をやってるんだ? 通りに飾りなんかつけてよ」
開け放たれた扉の向こうでは、何人かの住民が建物の間へ色鮮やかな布を渡していた。
広場でも屋台らしきものが組み立てられ、町全体が普段より少し浮き立っている。
「あれはもうすぐ開かれる“収穫祭”の準備をしているんだ」
「収穫祭?」
「この領地で年に一度開かれる伝統ある祭りだ。その年に採れた作物の恵みに感謝するという、まあどこの地方でも割とよくあるタイプのものだな。もっとも、うちの場合は他よりだいぶ盛大だが」
町の人たちにとっては、一年の中でも特に大きな催し。
領内のあちこちから人が集まるので、当日は広場どころか周辺の通りまで埋まってしまうという。
実は私も初めて参加するので、密かに楽しみにしていたりする。
「ガルガンたちも、よければぜひ参加してくれ。移住してきたばかりだが、これを機に領民たちと仲良くなってもらいたい」
「いいのか? やったぜ!」
ガルガン様が子どものように顔を輝かせる。
たしかにこれからしばらく滞在するにあたって、このお祭りは良い交流の機会になりそうだ。
それにせっかく来てもらったからには、彼らにもアルグレイン領での滞在を満喫してほしい。
「そういえば、アイカも何か料理の屋台を出すんだろう?」
「ええ、そのつもりです。騎士団のみんなからせがまれちゃって……」
というより、最初から出ることが決まっていたまである。
『収穫祭かぁ。姉御の料理、楽しみだなぁ』
『できればお祭りっぽいやつ期待してます!』
などと口々に言われたら、さすがに出ないというわけにもいかないというか。
するとまたまたガルガン様の瞳が輝く。
「お、マジかよ! 今度は何を作ってくれるんだ!?」
「それが、まだ決めていないんです。これから考えるところで」
そう。だから今日はこの後、お屋敷に戻ったら検討会を開くことになっている。
「そっか。んじゃ、あとは当日のお楽しみってやつだな! あ、でも味見役が必要ならいつでも手伝うぜ!」
ガルガン様はそう言ってニシシと笑うと、そのまま仲間のドワーフたちと剣作りの相談のために工房の奥へと下がっていった。
邪魔をしても悪いので、私と旦那様もそこで工房を後にする。
それからアルグレイン邸へ戻った私は、厨房の作業台を前に腕を組んでいた。
「さてと、それじゃあどうしましょうか……」
正面には旦那様とキュルちゃんがいる。
二人にも相談に乗ってもらいながら、収穫祭へ出す料理を考えることになったのだ。
「肉料理はどうだ? 大きな塊肉を焼けば、祭りでも目立つと思うが」
「う~ん、そうですね。でも、お肉はほかの屋台にもたくさん並ぶと思うんですよね」
煮込み料理や串焼きも同じだろう。
もちろん美味しいものを作る自信はあるけれど、せっかくの祭りなのだ。普段の食事とは少し違う、見た目にも楽しいものを出したい。
「お祭りらしくて、珍しくて……見た瞬間に食べてみたいと思えるもの……」
祭り。
屋台。
その二つの言葉から、前世の記憶がいくつも浮かんでくる。
たこ焼きや焼きそば、りんご飴。どれも好きだったけれど、子どもの頃から必ず買っていたものが一つあった。
「あっ、“綿あめ”!」
思わず声を上げると、旦那様が怪訝そうに眉を寄せた。
「わたあめ?」
「はい。砂糖で作るお菓子です。雲みたいに白くて、ふわふわしていて、とても大きいんですよ」
「砂糖……でできているのに大きいのか? それでは相当甘そうだな」
「それが意外とそうでもないんです。いえもちろん甘いのは甘いんですけど、見た目ほど砂糖の量は多くなくて。軽いうえに口に入れるとすぐに溶けちゃうので、案外パクパクどうってことない感じで食べられちゃうんです」
「ほう……」
旦那様が興味深そうに頷く。
「白くてふわふわなら、ぼくとお揃いですキュル!」
隣ではキュルちゃんも嬉しそうに跳ねている。
言われてみれば、たしかに見た目は少しキュルちゃんに似ているかも。
「で、問題は作り方なんですけど……」
材料が砂糖であることは間違いない。
屋台の機械の中へ棒を差し込み、くるくると回して巻き取っていたことも覚えている。
けれど、肝心の砂糖がどうやって細い糸になっていたのかまでは分からなかった。
「まあ、考えているだけでは始まりませんよね。とりあえず試してみましょう」
私は以前に《水鏡の神殿》にて入手したミノタウロスの斧砂糖を少量だけ鍋へ入れ、ゆっくりと熱を加えた。
斧砂糖は癖や雑味がほとんどなく、綿あめの材料としても申し分ないはずだ。
溶けた砂糖を匙ですくい、できるだけ細く垂らしながら棒へ巻きつけてみる。
しかし。
「うーん……??」
砂糖は途中ですぐにまとまり、冷えると硬い飴になってしまった。
垂らす位置や棒を回す速さを変えても、出来上がるのは細長い飴ばかり。ふわふわした綿あめとは程遠い。
「やっぱり、細さが全然足りないわね……」
旦那様は試作品を口に入れ、「これはこれで美味いぞ」とぱりぱり噛み砕いているけども、本物を知る私としては到底満足できない出来栄えだった。
綿あめを作るには、砂糖をもっと細い糸状にしなければならない。それも一本や二本ではなく、一度にたくさん。
けれど、どうすればそんなことができるのだろう。
「細い糸ですキュル?」
キュルちゃんが作業台の上で身体を傾ける。
「うん。できれば、髪の毛よりもずっと細くね」
「それなら、似たものを作るモンスターがいますキュル!」
モンスター?
「“グラスファイバータートル”ですキュル!」
グラスファイバータートル――別名、硝糸海亀。
キュルちゃんによれば、その亀型モンスターは砂浜の砂を食べ、体内の特殊な器官で溶かしたあと、驚くほど細いガラスの糸として出すのだという。
そしてその糸を用いて、卵を守る巣に仕立て上げるのだとか。
「ガラスの糸……」
「ああ、俺も聞いたことがある」
旦那様も何かを思い出したように頷いた。
「危険度の低いモンスターだから、俺自身は討伐したことがないんだがな。しかし、たしか領内の砂浜でも目撃されたことがあったはずだ」
私は作業台に残った斧砂糖へ目を落とす。
食べた砂を体内で細い糸へ作り変える海亀。
――なら、その子に砂ではなく砂糖を食べさせたら?
同じように溶かされ、今度はガラスではなく砂糖の糸として出てくるかもしれない。
もちろん上手くいく保証などない。それでも今のところ、ほかに手掛かりは何もなかった。
「……たしかに。試してみる価値はありそうね」
私が呟くと、旦那様もすぐに立ち上がった。
「よし、ならば早速探しに行ってみよう」
「ぼくもついていきますキュル!」
キュルちゃんも元気よく跳ねる。
というわけで私たちは綿あめ作りの手掛かりを求め、グラスファイバータートルが棲む砂浜へ向かうことになった。




