第73話 一方その頃、かつての職場は……⑩
――それはアイカたちがドワーフの里を訪れる、一週間ほど前のこと。
ソルヴェイン王国とノクターン帝国の間にある深い山中。
そこはドワーフが人間との取引に使っている中継地であり、《金の盾》の三人は離れた茂みからその場所を見張っていた。
しばらくすると、荷馬車を引いてきた商人たちが岩場の中央へいくつもの荷箱を下ろす。そのまま周囲を軽く確認し、彼らは来た道を戻っていった。
「……よし。行ったな」
ディックは茂みから立ち上がり、二人へ手招きする。
先日の護衛任務で脅した商人によれば、ドワーフたちは人間が完全に立ち去ったことを確認してから置かれた荷を取りに来るらしい。
そこでディックが考えたのが、荷箱の中に潜んで待ち伏せる――という作戦だった。
まず三人で荷箱へ駆け寄り、中に詰まっていた修理待ちの剣や槍、弓を近くの茂みへ隠す。そうして空になった箱へ、代わりに自分たちが入り込む。
これなら何も知らずに近づいてきたドワーフを確実に捕まえられる。
(フッ、我ながら天才的な作戦だな)
準備を整えたディックは、改めて自画自賛に酔いしれた。
とはいえ、そんな誰がどう見ても圧倒的に完璧な作戦(本人比)において、唯一の問題があるとすれば……。
「ねぇ、なにこれやだ~。キツいし暗いし最低なんだけど~!」
「痛て……痛てててっ! つーかおめぇらはまだいいかもしれねぇけど、オレのほうはギチギチどころじゃねぇぞおい!」
三人で入るには、箱が少々狭すぎたことだった。
アマンダの肘がディックの脇腹へ当たり、ドドリゴの膝が背中へ食い込む。
「ちょっとドドリゴ、足どけてよ」
「無茶言うな! これ以上どこにどけろってんだ!」
「だー! うっせぇよお前ら! いいから黙って入りやがれ!」
などと言い合いながら、彼らは狭い箱にぎゅうぎゅう詰めになる。
そうして待つことしばらく――。
「!」
遠くで聞こえた足音に、ディックは箱の板に空いたわずかな隙間から外を覗く。
現れたのは、赤髪のドワーフを先頭にした数人の一団だった。全員が斧や槌を携え、岩場へ入る前にも木々の陰や周囲の茂みを念入りに確認している。
やがて人間がいないと判断したらしく、ゆっくりと荷箱へ近づいてきた。
(来た来た。何も知らないバカどもが)
赤髪のドワーフが箱の前へしゃがみ込む。ディックは頃合いを見計らい、二人へ小さく合図を送った。
「今だ!」
三人は一斉に蓋を押し上げ、箱の中から飛び出した。
「どわぁ!?」
「な、なんだなんだ!?」
「なんで箱の中に人間が入ってんだ!?」
ドワーフたちは驚いて一斉に後ずさる。
中には手に持った武器を取り落とす者までいて、その慌てぶりを見たディックは思わず口元を緩めた。
本来の目的は驚かせることではなかったが、こうも見事に引っかかってくれると気分がいい。
赤髪のドワーフは背中の斧へ手をかけながらも、すぐには抜かなかった。
「び、ビックリしたぁ。だ、誰だあんたら。商人……ってわけじゃねぇよな、見た感じ」
「ふん、当然さ。僕たちは冒険者だ」
「ぼ、冒険者?」
戸惑う彼らに、ディックは得意げに胸を張る。
「そうとも。しかも、ただの冒険者じゃないぞ。この僕たちこそ、ソルヴェイン王国最強にして唯一のSランクパーティー……《金の盾》だ! まさか、知らないなんて言わないよな?」
「いや知らねぇ」
…………はい?
あまりにもあっさりと返され、ディックの顔から笑みが消える。
(こ、こいつ、僕らを知らないだと? くっ……これだから亜人種は困るんだよ! 世間知らずの田舎者どもが!)
そんなディックの苛立ちにも気づかず、赤髪のドワーフは首を傾げた。
「で、そのキ○タマ?さんたちがなんでここに?」
「なっ!? キサマ、なんだそのふざけた間違え方は! 金の盾だ! キ・ン・ノ・タ・テ! 二度と間違えるな!」
「まあまあ、どっちでもいいじゃねぇか。オレはガルガンってんだ。それで、結局あんたらはなんでここに?」
「おい、話を勝手に進めるな! 全然よくない!」
ディックはしばらく睨みつけていたが、やがて大きく息を吐いた。
「……まあいい。僕らの要求はシンプルだ。まず一つ、お前たちドワーフには僕らの専用武器を作ってもらう。それともう一つ、今後は僕ら以外のために働くのを禁ずる。この二つだ」
ディックがそう告げると、赤髪のドワーフ――ガルガンは突然のことで若干目をぱちくりさせるが、すぐに迷う様子もなく答えた。
「あー……わりぃが、それはできねぇ相談だ」
周囲のドワーフたちも顔を見合わせる。
「いきなりそんなこと言われてもな……」
「そもそも里の掟もあるし……」
「つーか禁ずるって……」
至極当然の反応。
ドワーフは特定の人間に肩入れしない。それはアイカたちに族長が説明したように、自分たちの里を守るための不断の掟である。
それを真っ向から否定するような、しかも見ず知らずの人物に頭ごなしに要求されて頷けるはずもない。
しかし。
(ふん、まあそうなると思ったさ。でも、これを見てもまだそんなことが言えるかな?)
ディックは待っていましたとばかりに笑い、アマンダへ顎をしゃくる。
「おい、アマンダ」
「ほいほーい」
アマンダが杖を振る。
すると近くの茂みが揺れ、剣や槍、弓といった大量の武器が宙へ浮かび上がった。そのまま三人の前まで運ばれ、地面へ乱雑に投げ出される。
その瞬間、ドワーフたちの顔色が変わった。
「なっ……!? それはオレたちの……!」
「そうだ。こいつらはお前たちが回収しに来た武器たち。さっき僕らが箱に入るため抜いたのを、そっちに隠しといたんだ」
ディックは足元の剣を一本掴み上げる。
「おっと、動くなよ。こいつらがどうなってもいいなら別だけどな。こいつはいわゆる“物質”ってやつだ」
「……っ!」
その言葉に、前へと出かけたガルガンの足が怯んだように止まる。
つまり、ディックの言いたいことはこういうことだった。
――この武器を壊されたくなかったら、さっきの要求に従え。
先日商人から聞き出した話では、彼らドワーフにとって武器や防具はただの道具にあらず。
自らの人生を賭けた作品であり、魂でもある。
それを壊されるということは作り手の誇りを汚されるのと同じであり、彼らが最も嫌う行為。
しかしそれゆえに脅しの材料としてはもってこいだとディックは考えた。
(……ま、僕にはさっぱり理解できない感覚だけどな)
武器など強ければ使えばいいし、壊れたら捨てればいい。所詮はただの消耗品。それ以上でも以下でもない。
そんなものを人質にされて慌てふためく奴らの気が知れない。
とはいえ、使えるものは最大限利用するべき。そしてその上で、ディックはさらに畳みかける。
「まあもっとも、僕だってべつに鬼ってわけじゃない。だから、お前たちにもチャンスをあげようじゃないか」
「……チャンス?」
「ああ。僕と決闘しよう」
ディックは剣先をガルガンへ向ける。
「僕に勝てたら、こいつらはみんな返してやる。ただし、負けたら素直に里へ案内しろ」
商人からは、ドワーフが重要な意思決定に決闘を用いることも聞いている。
普段からモノを大事にしないディックからすれば、脅しの材料が武器だけでは、彼らがどこまで従順に言うことを聞くか分からない。もしかしたら開き直って反撃してくるかも。
ならばこちらの実力を見せつけて動けないほど痛めつけたうえで、本物の人質まで作った方がより確実だ。
だからこその決闘であり、ここまでがディックの計画した作戦だった。
「よ、よーし!」
「決闘か。それなら……」
「ああ、俺たちの武器を取り戻せるぞ!」
ドワーフたちがわずかに沸き立つ。
その様子を見ながら、ディックは内心でせせら笑った。
(プッ、ほんとバカだなこいつら。この僕がまともに勝負するわけないだろ)
所詮、正々堂々なんてアホのやること。
だから事前にアマンダとドドリゴとは、決闘が始まったら徒党を組んで相手を袋叩きにする算段を組んでいる。
もちろんドワーフごとき一人でも余裕で倒せるが、わざわざ古めかしい慣習に則ってやる義理もない。
(なのにこいつらときたら、どいつもこいつもそうとは知らず。ったく、ほんとおめでてぇヤツらだぜ)
ディックは並んだドワーフたちを見回した。
「それで? 僕の相手をするのは、どいつだ?」
「もちろんオレだ。このドワーフ一の戦士、ガルガンが相手をする」
「……は?」
ディックは一瞬固まり、次いでこらえきれずに吹き出した。
「おいおい、マジかよ!」
「アハハ! この子が?」
「ほかにもっとマシなのはいねぇのかよ!」
アマンダとドドリゴも声を上げて笑う。
彼らはてっきり、周囲にいる大人のドワーフの誰かが出てくると思っていた。
だが現れたのは、どう見てもひと際若いガルガン。体つきもほかのドワーフより細く見える。
こんな若造が一番の戦士だというなら、やっぱりドワーフなんて大した種族ではない。
「あー、ウケる。ははっ、いいぜ。あとで泣いて謝っても知らないからな」
「……おう。そっちこそな」
ディックは少し離れた場所へ移動し、剣を抜いた。
ガルガンも背負っていた戦斧を手にする。
(ククク。なんだよ、これならホントにアマンダやドドリゴなしで僕一人でも十分だったじゃないか)
それどころか、脅して決闘に持ち込むなんて回りくどいマネすら必要なかったかもしれない。
一応、数の利は向こうにあるから慎重を期したものの、最初から三人で全員をボコボコにすれば済む話だった。まあ、今となってはどうでもいいことだが。
ともあれ、計画は順調。ここまではすべてディックの思い描いたとおりだった。
――ただ一つの誤算を除いては。
立ち合い役のアマンダが、気の抜けた声で号令をかける。
「んじゃ、ちゃっちゃと終わらせるよー。――はじめ」
その直後、ガルガンの姿がディックの視界から消えた。
「へ? ……ふぎゅっ!」
ポカンとしたのも束の間、頭上からの一撃で地面にめり込むディック。
「……は?」
「ディック?」
アマンダとドドリゴが呆然とする中、ガルガンは戦斧を肩に担ぐ。
「次!」
「え、次って――」
「ちっ、ナメやがって! おいディック、仇は取ってやるぜ!」
今度はドドリゴが飛び出す……しかし。
「ぐわぁあああああ!」
フルスイングで脇腹を殴られ、森の向こうまで吹っ飛んでいくドドリゴ。
こうなると当然――。
「次!」
「ちょ、ちょっと待って。ほら、アタシ魔法使いだし決闘なんて、それに女――」
「問答無用!」
「きゃあああああああ!」
これにて三連敗。それもすべてが瞬殺。
いったいなぜ予定になかったドドリゴとアマンダまでもがやられたのかは謎だったが、とにかくディックとしては想定外のドワーフの強さに困惑するしかなかった。
「ち、ちくしょう……聞いてねぇぞ……。ただの鍛冶師風情が、なんでこんなに……」
もっとも、そんな彼らの悲劇はこれで終わりではなく――。
「よし次! お前、もう一度だ!」
「は? お、おい待てよ。僕の番はさっき終わっただろ!」
「男がその程度の傷で諦めるな! いくぞ!」
「ちょ、やめ――あああああああ!」
それからしばらくの間、山中には三人の男女による悲鳴が響き続けた。




