第72話 雑用令嬢、ドワーフの里へ赴く⑧
「では、いざ」
族長さんは少し心して挑むようにスプーンを握り、焼きカレーを一口運んだ。
その直後。
「むぅおおおおおおっ!!!」
「うおっ!」
あまりの大声に、隣のガルガン様がびくっとする。
けれど族長さんはお構いなしだった。
「う、うまい! 濃厚なルゥーとどっしりとしたチーズで重いかと思いきや……なんじゃこれは! うますぎて手が止まらんぞ! むしろ食べれば食べるほどお腹が減ってくるようじゃ!」
その言葉通り、族長さんの手は止まらない。ひと口、またひと口と、さっきまで心配していたのが嘘のように食べ進めている。
そうとも、これこそがカレーの素晴らしき魅力――あるいは魔力とさえ言うべきか。
カレーのスパイスが放つ香りは、たとえいついかなるときであっても嗅覚から脳を刺激し、生物の体内に潜む未曽有の食欲をわき起こす。
ゆえに、一口食べればもう止まることはできない。
「もっとも、今回の場合はそれだけじゃなく、さらに“ひと工夫”したおかげもありますけど」
「ひと工夫?」
「はい。実は炉に入れる前のカレーを温め直す段階で、追加のスパイスといっしょに隠し味として“トマト”を入れたんです」
「なんと、トマトとな!?」
族長さんが驚いたように反応すると、周囲のドワーフのみなさんも目を丸くする。
「トマトは強い旨味を持ちながら、爽やかな酸味もありますから。カレーとチーズの重さをほどよく整えてくれるんです。場合によっては水を一切使わず、トマトから出る水分だけで煮込む“無水カレー”という作り方もあるくらいなんですよ」
私がそう説明すると、それまで一心不乱にカレーを頬張っていた旦那様も納得したように頷いた。
「ほう、それでか。いつものカレーよりも、コクの中にわずかながらさっぱりとした感じがあったのは」
旦那様はチーズが絡んで糸を引くカレーをスプーンで持ち上げながら、至極感心したように呟く。
「それにしてもチーズにトマトとは。普段からビーフやチキンなど肉が変わることはあったが、まだカレーにこのような全く違う味わい方があったなんて」
「ええ。ですが、カレーの力はまだまだこんなものじゃありませんよ」
インドに洋風に和風、ビーフやチキン、ドライカレーやスープカレー。
具材や隠し味、各種のトッピング。スパイスはもちろん、肉を変えても、野菜を変えてもまったく違う味になる。
家庭や土地によって作り方が違い、合わせる具材も自由自在。
それがカレーという料理である。
恐らく理論上、そのアレンジはほとんど無限に近いと言っても過言ではない。
「なんと、無限とな……」
「くぅー、マジかよ! もっといろんなカレーを食ってみてぇぜ!」
震えるように繰り返した族長さんの横で、ガルガン様がスプーンを握りしめながら声を上げた。
その様子を見ながら、私は改めて土鍋の中を見た。
それにしても、やっぱり焼きカレーにしたのは正解だったわね。
トマトの工夫やチーズの力も大きいけれど、それだけではここまでの感動は生まれなかったと思う。
それもこれも、すべてはドワーフの炉の力があってこそ。
その証拠に、昨晩もカレーを食べていた団員さんたちまでもが不思議そうに話している。
「つーかこのカレー、昨日よりあきらかにうまくなってないか?」
「ああ、俺も思った。一晩寝かせたからとかそういうレベルじゃないよな」
「わかる。味そのものがあきらかに進化してるっつーか……」
旦那様もまた、こちらへ視線を向けた。
「たしかに不思議だ。もしやこれもアイカがなにかしたのか?」
「ああ、それはですね」
私は先ほどガルガン様にも話した、ドワーフの炉を料理に転用するというアイディアについて改めてみんなにも説明した。
それを聞いた旦那様は、なるほどと唸る。
「なるほど、そのための焼きカレーか。だからあのとき、炉を使いたいと……」
「はい。そういうことです」
私がはっきり頷くと、ドワーフのみなさんも感心したようにざわついた。
「すげぇ……。まさかオレたちの炉を料理に利用しちまうなんて」
「そんな発想、今まで誰も思いつかなかった……」
するとその流れの中で、ガルガン様がふと閃く。
「ん? ちょっと待てよ? ってことはよぉ、もしやそれって普通に肉を焼いてもうまいのか?」
「たしかに! そういうことだよな!」
「マジか! 今度バーベキューやってみようぜ!」
「ちょっと待った! それならピザもいいんじゃないか!」
「おおっ、いいなそれ!」
「あ、じゃあさじゃあさ――」
さっきまであれだけ誰もが頭を抱え煮詰まっていた会議場とは思えないほど、次々と料理の案が飛び出してくる。
ドワーフと人間――それぞれの種族が入り混じり、なんとも楽しげな空間。
そしてその盛り上がりの中で、族長さんが突然スプーンを置いた。
「よーし、相わかった!」
全員の視線が族長さんへ向く。
「族長殿? わかった、とは……」
「例の“大義”についてじゃ。ようやく答えが出たわい」
旦那様が尋ねると、族長さんは深々と頷いた。
そして宣言する。
「我らが人間に協力するための大儀――それはズバリ、アイカ殿の料理じゃ!」
えぇ!?
「今のこの場を見て、ワシは確信した。鍛冶のための炉を調理に使うという理外の発想力。食べられないはずのモンスターを食材として処理する技術力。そしてそこから生まれた、ドワーフと人間によるこの交流の場。これこそ、ワシが求めていた大義そのものじゃと」
そこで族長さんはずいっと身を乗り出し、力強く拳を握った。
「ゆえにそのアイカ殿がいるアルグレイン領と交流を深めることは、決して我らが守ってきたルールに反するものではない。むしろ必ずや、我らドワーフの社会に新たなる可能性をもたらしてくれるであろう!」
……な、なるほど? 分かるようで、分からないような……。
なんとなく話の筋的に協力を認めてくれる流れっぽいけど、いまいち理屈の面で理解が追いついてこない。
それは恐らく他の参加者も同じで、皆なんとなく微妙な表情で首をかしげている。
が、そこですかさずガルガン様が呟く。
「てか、なんかゴチャゴチャ言ってるけど、それってぶっちゃけもっとウマいもん食いてぇだけじゃねぇのか?」
「まあそうとも言う」
ああ、そういうことですか。うん、それならよく分かる。
たしかに美味しいものを求めることは、生き物にとってのある種の本能。ある意味で大義と言い換えてもいいのかもしれない……たぶん。
「とまあそういうわけなので、今後はひとまず試験的に数名の鍛冶師をアルグレイン領へ派遣することとする。それでよいかの、リスティン殿」
「はい。ご協力感謝いたします、族長殿」
「なに、礼を言うのはこちらも同じじゃて。久々に年甲斐もなく食べ過ぎたわい」
「ははは」
満足そうにお腹をさすった族長さんに、旦那様も表情を緩めて笑う。
その笑みはきっとジョークそのものに対してだけじゃなく、ようやく求めていた武器が手に入ることへの安堵もあったのだろう。
ふふっ。よかったですね、旦那様。
「よし。では早速じゃが、これよりアルグレイン領に派遣する人選を行う。希望する者は手を挙げよ」
そして最後に族長さんがそう言うと、会談場はあっという間に大騒ぎになった。
「はいはいはい! オレに任せろ!」
「俺も行くぞ!」
「ちょっ、抜け駆けすんな! 行くのは俺だぞ!」
「待て待て! オレだってもっといろんなカレーが食ってみてぇ!」
「さっきのピザってやつもだ!」
なにはともあれ、こうして私たちはドワーフのみなさんの協力を得られることになったのだった。
「……あら?」
「ん? どうしたアイカ?」
「ああいえ、その……」
そういえば今更だけど、結局どうして出会ったときのガルガン様たちは、あんなにも私たちに対して敵意剥き出しだったのかしら?
なにやら人類全体に対してひどく怒っていた感じだったけど……。
まあ、今となっては無事に話もまとまったしいいか。
久しぶりに空き時間で短編作りました。もしよろしければこちらもぜひご覧ください。(ページ下部にもリンクを貼ってます)
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