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第71話 雑用令嬢、ドワーフの里へ赴く⑦

 ガルガン様の鍛冶場は、先ほど道すがら見た建物の一つだった。


 中には使い込まれた金床や工具がきちんと並び、壁には大小さまざまな槌が掛けられている。

 そしてそれらの奥には、「我こそがこの部屋のヌシだ」とばかりに大きな炉がデンと構えていた。


「ここがオレの鍛冶場だ。好きに使ってくれていいぜ」

「ありがとうございます。では……」


 私は魔法袋から、前夜のカレーを入れておいた容器を取り出した。


 蓋を開けた瞬間、ふわりとスパイスの香りが立ちのぼる。

 とはいえ昨日より味は馴染んでいるけれど、香りはどうしても作りたての方が強い。そこは少し補ってあげた方がよさそうだ。


「これがカレーか……ウマそうだぜ」


 ガルガン様が覗き込むようにして目を輝かせる。


「まずは軽く温め直しますね」


 私は鍋に移したカレーを火にかける。


 そこへさらに追加のスパイスを少々足し、同時に味も軽く整えながら、底が焦げないよう木べらでゆっくり混ぜていった。


「おお……なんか、匂いがさらに強くなったな」


 それが済んだら今度は、土鍋を用いて同時進行で炊いておいたご飯を取り出す。


 蓋を開けると、白い湯気がふわっと立つ。そこへ温め直したカレーをたっぷりとかけ、さらに上から聖獣ブリリア産のチーズも乗せていく。


 白いご飯にカレー。おまけにチーズ。


 この時点でもう、かなり美味しそうではあるのだけど……。


「さて、ここからが本番ね」


 下準備が整ったところで、私は奥の炉へ目を向ける。


 ごうごうと燃え盛る火。さすがに刀剣を鍛えるための鍛冶用だけあって、近づくだけで顔が焼けそうなくらい熱い。


「……これは。さすがに土鍋とはいえ、このまま放り込んだらきっと黒焦げになっちゃうわね」


 だったら――。


「あの、ガルガン様。もし差し支えなければですけど、この炉っていったん火を止めても大丈夫ですか?」

「ん? ああ、別にいいぜ。どうせまた点け直せばいいだけだしな。消すか?」

「ありがとうございます。では、よろしくお願いします」

「うっし。んじゃ、ちょっと待ってな」


 ガルガン様が手慣れた様子で炉の火を落としていく。


 そう。直火で強すぎるなら、“余熱”を使えばいい。


 これだけ高温の炉なら、一度火を止めてもしばらくは中に熱がこもったままだ。ならば料理に火を通すには充分だし、むしろこれでやっとちょうどいいくらい。


 私は厚手の布で土鍋を持ち、火の止まった炉の中へ慎重に入れた。


「ところで、なんでまた一度作ったもんをまた焼くんだ?」


 ガルガン様が不思議そうに首を傾げる。


「思い出したんです」

「思い出した?」

「ええ。里へ入る途中、ガルガン様が炉のことを教えてくださったでしょう? この炉は素材の良さを限界まで引き出してくれる、と」

「あー……そういや、言ったっけか」


 ――ちなみに、うちの“炉”はただ火力が強ぇだけじゃねぇんだぜ。

 ――炉の内側には特殊な石と、代々受け継がれてきた秘伝の魔法陣が組み込まれてる。そいつが材料の良さを限界まで引き出してくれるんだ


 どちらもガルガン様の言葉だ。


「とするなら、もしかしたら料理にも似たようなことが起きるかもしれないと思ったんです。昨晩のカレーをただ温めるだけではなく、焼きカレーとして炉の余熱に当てれば、カレーそのものの旨味や香りまでさらにもっと引き出せるんじゃ……って」


 そう説明すると、ガルガン様はしばらくぽかんとしてから、感心したように炉を見つめた。


「……そんな使い方、考えたこともなかったぜ」

「私も初めてなので、うまくいくかは焼いてみないと分かりませんけどね」


 なにせあっちは金属で、こっちは料理。全くもって違いすぎる。


 けれど、あれほどすごい武器を生み出す奇跡のような炉だ。試してみるだけの価値はある気がする。


 ほどなくして、土鍋の中からぐつぐつと小さな音が聞こえ始めた。


「ぐぅおおお……! やっべぇ、なんだよこれ……! ニオイだけでめまいがしてきちまいやがった……」


 ガルガン様がそわそわと落ち着きなく炉の前をうろつき始める。


 溶けだしたチーズがカレーの表面に広がって、縁のあたりが少しずつこんがり色づいていく。

 そこに鮮烈なスパイスの風味が合わさり、芳醇なチーズの香りとともに室内を満たしていく。


 そして数分後、私は満を持して土鍋を炉から取り出し――。


「できました!」



 ――《鍛冶場仕立てのとろ~りチーズ焼きカレー》の完成です!



 会談場へ戻ると、土鍋から立ちのぼる香りに、待っていたドワーフのみなさんが一斉に反応した。


「おおっ! これがカレーか!」

「ん~、なんてかぐわしいニオイだ!」

「は、腹に効くぜぇ……!」


 わらわらと集まって覗き込む彼らに、ガルガン様が得意げに胸を張る。


「へっ、驚いたか、みんな! こいつがオレたちが待ちに待ったカレー……その名も《なんやかんやの、なんやかんやカレー》だ!」

「「「な、なんやかんやの、なんやかんやカレー!?」」」


 どよめく一同。


「あの、ガルガン様。《鍛冶場仕立てのとろ~りチーズ焼きカレー》です……」

「あ、わりぃ。そーそー、それだそれ」


 私の訂正を受け、ガルガン様が照れくさそうに頭をかく。


「つーか名前なんかどうだっていいんだ! とにかく食おうぜ!」

「おお、そうだな!」

「もう待ちきれん!」


 けれどすぐに気を取り直したようにスプーンを手に取って叫ぶと、他の者たちもそれに続いた。

 どうやらガルガン様だけでなく、彼らもすっかり空腹に耐えきれない様子。


 やがて騎士団も含め、会談の参加者全員の前に土鍋が行き渡る。


「よっしゃあ! んじゃ、いくぜみんな……いただきまーす!」


 ガルガン様の号令とともに、みんなが一斉に焼きカレーを口へ運ぶ。


 最初に声を上げたのは、もちろんガルガン様だった。


「うっ……!」


 一瞬詰まったように固まったかと思うと、次の瞬間、彼は目を見開いて叫んだ。


「うんめぇえええ! 熱っ、でもうめぇえええ!」


「うっっっっっま!」

「なんだこれ、かつてない刺激と旨みの暴力だ!」

「カレー……恐るべし!」

「あとこの焦げもたまんねぇな! カリカリトロトロのチーズが最高すぎる!」

「しかもさっきのミノタウロスの肉も入ってるし! 最高かよ!」


 他のドワーフのみなさんも熱さに口をはふはふさせながらも、ものすごい勢いで食べ進めていく。


 そんな中、ガルガン様がふと顔を上げる。


「ん?」


 その視線の先では、隣にいた族長さんが土鍋を前にして難しそうな顔をしていた。しかも中を見れば、まだ一口も食べていないのがわかる。


「どうしたんだよ族長、食わねーのか? 死ぬほどうめぇぞ?」


 ガルガン様が器を覗き込むようにして尋ねる。私も私で、もしかして何か苦手なものでも入っていたのだろうかと少し心配になる。


 すると、族長さんはゆっくり首を振った。


「いやなに、別にたいしたことではないんじゃ。たしかにワシも腹は減っているし、この料理もすごく美味しそうなんじゃが……」


 話を聞けば、族長さんは年を取ってから食がどんどん細くなり、なかなか味付けの濃い料理や油物などを体が受け入れづらくなってきているのだとか。


 加えて医者からも体調を考えて食事には気を遣うようにと言われており、このところはあっさりとした野菜中心の食生活なんだそうな。


「ふーん、そっか。なら仕方ねぇな。んじゃ、族長の分はオレが――」

「こら、やめんか!」

「痛ぁっ!」


 横から伸びてきたガルガン様の手を、族長さんがすかさずぱしっと叩いた。そして器を自分の方へ引き寄せる。


「まったく。油断も隙もない奴じゃな」

「えーなんでだよ。さっき食えねぇって言ったじゃねぇか」

「誰がじゃ。ワシはただ、この量を食べ切れるかちょっと心配という話をしただけじゃ。早とちりするでない」


 ガルガン様は叩かれた手をさすりながら、恨めしそうに族長さんを見る。


 私はその間に入るように、まあまあ、と声をかけた。


「食べきれなかったら食べきれなかったで、また後で温め直すという方法もありますから。どうぞそのときは遠慮なく残してください」


 しかし口ではそう述べながらも、私は心の中で「決してそんなことにはならないだろう」と確信していた。


 なぜなら……。


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