第70話 雑用令嬢、ドワーフの里へ赴く⑥
「里に伝わる古い文献の話じゃ。その昔、ここではない“どこか別の世界”の知識を用いて料理を作り、そのとき滅びかけていたドワーフの里を救った者がいた、と」
「どこか別の世界……?」
……それってもしや、私と同じ前世の知識のことかしら?
族長さんはこちらをじっと見つめてきた。
「おぬし……まさかその者の生まれ変わりか?」
「え、ええと……」
ど、どうでしょうね? たぶん生まれ変わりではないと思うけど、共通点がないわけでもないような……。
私があいまいに笑ってごまかしていると、ガルガン様が豪快に笑った。
「ははっ、まあなんでもいいじゃねぇか! とにかく一つ言えるのは、このジャーキーがとんでもなくすげぇしうめぇってことだ。しかも傷まで治っちまうなんて最高じゃねぇか!」
そう語るガルガン様の口の中には、すでに頬がパンパンになるほどのジャーキーが詰め込まれていた。
するとそれに気づいた他のドワーフさんたちが、はっとしたように声を上げる。
「っておいガルガン! お前ひとりで食い過ぎだぞ!」
「うおっ、ほんとだ!」
「ずるいぞ、こっちにも寄越せ!」
そのまま一気に包みの取り合いとなり、彼らは奪い合うようにジャーキーへと手を伸ばす。
そしてそこかしこから「うめぇ!」「スパイスが効いてる!」「くぅー酒が飲みてぇ!」などといった歓声も聞こえてきた。
その光景に、隣に立った旦那様もふっと笑みをこぼす。
「さすがアイカだ。あっという間に彼らの胃袋を掴んでしまった」
「そうですね。エルフのみなさんからドワーフの方々の好みを聞いておいて正解でした」
酒好きの彼らは塩辛い味付けを好む。
それがエルフの国で得たドワーフの情報。
しかし、そんな風に私たちが微笑ましく眺めていたのも束の間――。
「……あ、なくなっちまった」
ガルガン様が空っぽの包みを覗き込みながら、残念そうに呟く。
「そ、そんな……」
「うぅ、もっと食べたかったなぁ……」
あらら。
まさかこんなにも早く完売してしまうとは。こんなことなら、もっとたくさん用意してくればよかったかも。
地べたに突っ伏し悲嘆に暮れるドワーフのみなさんの姿に、なんだか逆に申し訳ない気持ちになってくる。
しかも最初にガルガン様が半分以上を食べてしまった結果、中には一切れか二切れしか食べられなかった者もいる。
これはさすがにちょっとかわいそすぎるような……。
「あ、そうだ」
閃いた私は、すぐさまドワーフのみなさんへ声をかけた。
「あの、みなさん」
「ん?」
「残念ながらジャーキーはもう品切れなのですが、代わりと言ってはなんですけど、昨晩作った“カレー”がまだ残っているんです」
「かれー?」
ドワーフのみなさんが、そろって首をひねる。
あ、そっか。やっぱり彼らも知らないのか。
「アイカ殿、ここは私にお任せを」
「ラッセル様?」
再び説明をはじめようとした私を制し、ラッセル様が一歩前に出る。
「いいですかみなさん、カレーというのはですね――」
そこからのラッセル様はやけに流暢だった。
昨日の夜に初めて食べたばかりとは思えないほど、スパイスの香りやらお肉と野菜が溶け込んだ旨みやら、細かい調理法を交えながら熱く語りかけるような口調でカレーの美味しさを解説していく。
……ラッセル様、そんなにも気に入ってくださったんですね。
「なんだって、そんな料理が!?」
「しかもその肉もさっきのモンスターなのか!?」
「それは食ってみてぇ……!」
説明を聞き終えたガルガン様たちは、目に見えて前のめりになった。
「ちなみにカレーは一晩寝かせると味がなじんで、さらに美味しくなるんですよ」
「なんと、それは私も初耳ですっ!」
そこに私がひとこと補足すると、今度はラッセル様までもが前のめりになる。もう一度食べる気満々である。
私は少し笑いながら、みなさんを見回した。
「というわけで、いかがでしょう? 会議が続いてだいぶみなさん疲れたでしょうし、この辺りでご飯休憩というのは?」
「「「おおおおっ!」」」
またしても部屋中から響く歓声。今度はドワーフだけでなく、騎士団のみんなも混ざってガッツポーズしている。
どうやら彼らもだいぶ頭の使い過ぎで疲れていたようだ。
旦那様も満足そうに頷く。
「うむ、いい考えだ。腹が減っては良いアイディアも思いつかんしな。族長殿もそれでいいだろうか?」
「そうじゃな。ではせっかくなので、ご相伴に預かろうかの」
「わかりました。では、早速準備しますね」
そう言って私が部屋の出口へ向かおうとすると、一部のドワーフたちが即座に厨房への案内を申し出てくれた。
しかしその途中、私ははたと立ち止まる。
「ん? どうかしたんです?」
「いえ……」
言うまでもなく、カレーはただ温め直すだけでも美味しい。
でもなんとなくだけど、それだけではなんだか少し芸がないような気もする。
もちろんいたずらに手を加えるのが料理の正解でないことは重々承知なのだけど、今日はやっぱりそこにもうひと手間加えたいような……。
「……あ」
そういえば!
「あの、すみません。もしよければで結構なのですが、この中にどなたか“炉”を貸していただける人はいらっしゃいませんか?」
私がそう尋ねた瞬間、案内してくれていたドワーフさんたちがきょとんとした顔になった。
「炉? 窯……じゃなくてですか?」
「ええ、そうです」
私が頷くと、ますます不思議そうな空気になる。
まあ当然の反応よね。
一般的に炉も窯も何かを加熱するためのものではある。
けれど、調理や陶芸に使う“窯”と違って、“炉”は金属を熱したり溶かしたりするためのもの。
つまり、温度が桁違いに高い。
これから食事を用意しに行こうという流れで、わざわざ鍛冶用の炉を借りたいなどと言い出せば、戸惑われるのも当たり前だった。
けれどそんな中、ガルガン様だけがぱっと顔を明るくする。
「炉を使いたいなら、オレんとこのを使ってくれよ!」
「よろしいのですか?」
こちらから頼んでおいてなんだけど、まだ私は用途もきちんと説明していない。
しかもドワーフにとって、鍛冶の要である炉は命の次に大事なものと聞いたことがある。
そんなものを、会ったばかりの私が料理に貸すなんて……。
「へへ、いいってことよ。どうせ料理のために使うんだろ? なら問題ねぇ。あんたの料理の腕はさっきので充分わかったしな」
ガルガン様はそう言って軽く手を振ると、出口へ向かって歩き出す。
「それより早く行こうぜ! さっきからもう腹ペコでよ。そのカレーってヤツの話を聞いてから、オレの胃袋が食わせろ食わせろってうるせぇんだ!」
「……ふふっ、わかりました。ありがとうございます、ガルガン様。では参りましょう」
子どもみたいに急かしてくるガルガン様に、私もつい笑みがこぼれてしまう。本当に待ちきれないんだな、というのが伝わってくる。
「んじゃ、ちょっくら行ってくるぜ族長! みんなも楽しみに待ってろよ!」
「うむ。くれぐれも粗相のないようにな」
そうして、私はガルガン様に案内されながら会談場を後にした。




