第69話 雑用令嬢、ドワーフの里へ赴く⑤
「えぇーなんでだよ!」
真っ先に声を上げたのはガルガン様だった。
彼はテーブルを叩かんばかりの勢いで身を乗り出すと、族長さんに向かって叫んだ。
「別にいいじゃねぇか! リスティンの旦那は強ぇし、悪いヤツなんかじゃねぇぞ! オレが保証する!」
「ガルガン、少し黙っとれ」
「ぐっ……」
族長さんにぴしゃりと言われ、ガルガン様が不満そうに口をつぐむ。
一方の旦那様は一瞬だけ動揺したように目を細めたものの、すぐに落ち着いた声で尋ねる。
「よろしければ、理由を聞かせていただいてもいいでしょうか」
族長さんは「もちろんじゃ」と頷きつつ、テーブルの上に視線を落とした。
「まず伝えておきたいのは、ワシは決して好きか嫌いかの好みによって拒否したわけではない。このエルフ王からの紹介状の存在も、そこのガルガンがおぬしの腕を認めたことも重々承知しておる。じゃが、それと武具を打つかどうかの判断は別物……という話じゃ」
ドワーフが特定の人間――それも広い土地を治める領主のために剣を打つ。
無論、基本的にアルグレイン領の騎士団が武器を取るのはモンスター討伐のため。
けれど日々の生活は地続きである以上、もしかしたらいつかその武器が人間同士の争いに使われる日がくるかもしれない。
武器を作る者として、誰か一方へ軽々しく肩入れはできない。
それが族長さんの言い分だった。
「しかも先ほど聞いた話では、おぬしたちは王国から狙われていると言うではないか。となれば、いずれ近々その者たちと戦う日が来るかもしれんのじゃろう?」
「でもよぉ、悪ぃのはそのガルドとかいうおっさんのほうなんだろ? なら別によくね? むしろぶっ倒しちまったほうが平和だろ」
「そんな単純な話ではない」
再び割って入ったガルガン様に、これまた同じく族長さんが言い切る。
「所詮、善悪の基準など時代とともに移り変わる。だからこそ人の良し悪しと、協力関係を結ぶかどうかを一緒くたにすべきではない。大事なのは、“一方に組した”という事実そのものじゃ」
族長さん曰く、武器は争いの道具。そして争いとは思想のぶつかり合いであり、どちらにも正義がある場合がほとんど。
そこで対応に差を設けることは、その片方の思想に同調することを意味してしまう。それは本意ではない。
だからドワーフは武器作りを稼業としながらも、ただそれを市場に流すだけに留めてきたのだという。
「……おっしゃる懸念はもっともです」
話を聞き終えた旦那様が頷く。
「里を守るため、不用意に外敵を生み出す行動を慎む。その考え方は、同じく多くの民の命を預かる身としても理解できます」
「仮に片っぽがあからさまに正義だったとしても、もう片方の悪側からの報復で巻き添えを食らう可能性もありますからね」
隣でムルウジさんもそう同意すると、族長さんもまた「まさにそのとおりじゃ」と深く頷き返す。
「とはいえ、これはあくまでドワーフの里における基本的な方針の話じゃ。ワシとて、なにもこのままおぬしたちを無下に追い払いたいわけではない」
「それはつまり、まだ検討の余地があると?」
「うむ。何かワシらがそなたらに協力するに値するだけの、“特別な理由”があればじゃがな」
特別な理由……?
その言葉を受け、今度はラッセル様が反応する。
「それは、我らが王の紹介では足りませんか?」
「申し訳ないが、まだちと弱いな。必要なのはもっと大きな……例えばそう、“大義”のようなものじゃ」
「大義……ですか?」
「左様。もっとも、残念ながらワシにも具体的なアイディアまではない。そこでこの場を借りて、皆で意見を出し合えればと思ってのぅ」
ああ、なるほど。そういうことでしたか。
かくして私たちは急きょ、ドワーフが私たちのために武器を作るための理由探しを行うことに。
――しかし。
「「「…………」」」
考え始めること約一時間、進展はゼロ。
ドワーフが人間を、それも特定の領地の人たちだけを助けるほどの理由。当然、そんなものがすぐに思いつくわけもない。
室内は溜め息で充満し、重苦しい空気に包まれていた。
「大義かぁ……」
それだけ聞くと、やっぱり真っ先に浮かぶのは“正義のため”よね。
当事者の私が言うのもなんだが、客観的に見てもガルドの件は間違いなく向こうに非があると思う。つまり、この場合の彼らは悪と断言してもいいはず。
でもさっきの族長さんの説明を聞く限り、大事なのはそこではない。
そもそもガルドは私たちの敵ではあっても、ドワーフのみなさんにとっては関係ない赤の他人でしかないわけだし。
「う~ん……」
……ダメだ。何も思い浮かばない。
そこからさらにしばらく、私たちはなんとか思いつくままにあれこれ意見を出し合ってみた。
けれどやっぱり話はまとまらず、どんどんと会議は煮詰まっていくばかり。
やがて窓の外から差し込む光がオレンジ色に染まり、「これはもはや迷宮入りなのでは?」という気配が漂い始める。
そのときだった。
「ぬおおおおおっ!!!」
え、なに!?
いきなり部屋の端から大きな声が響き、全員の視線がそちらへ向かう。
「なんじゃガルガン、騒々しい。今度はどうした」
「あ、すんません、族長」
そう謝るガルガン様の手に握られていたのは、茶色く平べったい肉の塊。
あれは、さっきここへ着いたときに私がお土産として渡したジャーキー? いつの間に……。
「やれやれ、まさか会議中に盗み食いとは。まったく何という奴じゃ」
「いやぁ、なんか難しいことをじっと考えてたら小腹が減っちまってつい……じゃなくて! いいから、それよりもとりあえずこれを見てくれよ!」
ガルガン様はそう言うなり、自分の腕をぐいっと突き出した。
「腕? なんじゃ、それがどうした?」
族長さんが眉をひそめる。
「どうしたじゃねぇ! 傷だよ、傷! 見ろ、塞がってるだろ!」
「傷?」
言われて、私もガルガン様の腕を見る。
そういえば出会ったときのガルガン様は、身体中が鍛錬でできたらしい生傷だらけだった。
けれど今は、その傷が一切消えている。
「それだけじゃねぇ。斧を握ると少し響いてた腕の痛みも軽くなってやがる! こいつを食ってすぐだ! なんかよくわからねぇが、とにかくすげぇぞこのジャーキー!」
「なんじゃと!?」
興奮しながら叫んだガルガン様に、族長さんも目を丸くして慄く。同時に、周囲のドワーフのみなさんも一斉にざわつき始める。
ただその一方、こちら側のみんなは誰も驚いていない。なぜなら私の料理を食べて傷が治るなんて、うちの騎士団では日常茶飯事のようなものだからだ。
むしろ逆に「何をそんなに驚いているのだろう?」くらいの反応をしていた。
と、そこでようやく私は思い出した。
「ああ、すみません。そういえば最初に渡したっきり、みなさんにはちゃんと説明してませんでしたね」
「説明? なにをだ?」
ガルガン様がきょとんとする。
「そのジャーキーの材料についてです」
「材料……?」
「はい。実はそれ、ただの干し肉ではなくてですね。ミノタウロスのお肉を使っているんです」
「み、ミノタウロスぅ!?」
その瞬間、ガルガン様だけでなくドワーフのみなさんの声が見事に重なった。
「ま、マジかよ……」
「いやでも、ミノタウロスってモンスターじゃ……」
私は案の定信じられないといった表情で見つめてくる彼らに、モンスター料理の詳細についてざっくり説明していく。
モンスターや魔草は一般的には瘴気で食べられないとされているが、ちゃんと下処理をすれば食べられるようになること。
そして瘴気を抜いたモンスター食材は高い魔力のおかげで、身体の回復や強化といった特殊な効果が得られること。
「も、モンスターの肉にそんな効果が!?」
「しかも回復に強化って……」
「まるでポーションや白魔法みてぇだぜ! すげぇ!」
話を聞き終え、さらに場が沸き立つ。
そこにすかさず旦那様が補足する。
「もっとも、だからと言って瘴気抜きには危険が伴うし、簡単にマネできることではないがな。それこそアイカの知識と経験があればこその技術だ」
「「「な、なるほど……!」」」
再び全ドワーフの視線が一斉に私へ向けられる。けれど今度はさっきと違って、純粋な敬意を示すかのようにキラキラしていた。
「……そういえば、聞いたことがある」
族長さん?




