第68話 雑用令嬢、ドワーフの里へ赴く④
かくして私たちは無事にドワーフの里へ向かえることに。
「ところで結局のところ、最初のあれはなんだったんだ? やけに人間を敵視している感じだったが。何か特殊な事情でも?」
「ああ、それか……」
道すがら、旦那様がふと思い出したように尋ねる。すると隣を歩くガルガン様は、やや気まずそうに目をそらした。
「それに関しては、正直すまん。実は先日いろいろあって、オレたちも少々気が立っていたんだ」
いろいろ?
「いやまぁ、冷静に考えたら途中から少し変だなとは思ったんだ。最初は決闘を受けるフリして、周りの仲間が一斉に襲ってくるんじゃねぇかって警戒してたんだが、そんな様子もなかったしよ。それに勝ってもトドメを刺すどころか、すぐ剣も引くし」
ガルガン様はますますバツが悪そうに頭をかく。
「あとはなんつっても、そっちの騎士のお仲間さんたちの武器や防具だな。かなり使い込まれてるのに、手入れはきっちりされてた」
他のドワーフさんたちも皆、その言葉に頷く。
私は昨晩の団員さんたちの様子を思い出す。
うちの騎士団には、代々自分たちの装備を相棒のように扱って整備する習慣がある。彼らはそのことを見抜いていたらしい。
「そういうのって、やっぱり見ただけで分かるものなのですね」
「あたぼうよ。オレたちはプロだぜ。使っている武器さえ見れば、そいつがある程度どんなヤツかはわかるってもんだ」
ガルガン様は得意げに胸を張った。
「だからまあ、戦いながら途中で思ったわけだ。あれ? もしかしてこいつら悪いヤツじゃないのか? ってな」
「では、どうして決闘をやめなかったんですか?」
そう尋ねると、ガルガン様は少しだけ顔を赤くしながら目をそらした。
「そこはまあ、強者は強者に惹かれるってやつで……」
つまり、単純に最後まで戦ってみたかったと。
それにしたって一旦中断して、話を聞いてから仕切り直してもよかったのでは……。
でもまあ逆に考えれば、そこでやめずに決着がついてから事情を説明したおかげで、こうして話がスムーズにまとまったのだから結果オーライ……なのかな?
「ま、とにかくだ。里に着いたらまずは族長に挨拶だな」
「ドワーフの族長か。いったいどんな人なんだ?」
気を取り直すように言ったガルガン様に、旦那様が尋ねる。
「ひとことで言えば、ただの頑固ジジイだ」
が、頑固ジジイ……。
「なに、アンタほどの腕なら悪いようにはならねぇよ。オレがバシッと説明して、ソッコーでハナシつけてやっからよ」
それからしばらく山道を歩いて、私たちはついにドワーフの里へ到着した。
左右には背の低い石造りの建物が並び、開け放たれた入口の向こうでは赤々とした炉の火が見える。
その奥からはカン、カン、カン――という金属音が響き、そのたびにブワッとした熱気が道の方まで流れてきた。
「あちぃだろ? まあオレらは慣れっこだけど」
振り返ったガルガン様は、なんでもないことのように笑った。
たしかにドワーフの人たちは全員が平然としている。むしろこの熱と音の中にいる方が自然、という感じすらあった。
一方で騎士団のみんなはと言うと、暑さに少し顔をしかめつつも、並ぶ鍛冶場や作業中の武具に目を奪われている。
「すげぇ……」
「あの鎧、継ぎ目がほとんど見えねぇぞ」
「槍の穂先も見たことない形してるな……」
さっき襲撃を受けたばかりの相手の町だというのに、みんなもう完全に職人の技術へ興味が移っていた。
ま、でも仕方ないわよね。
なんと言っても、ここは全世界の鍛冶師にとっての聖地。作り手使い手問わず、武具に関わる者ならわくわくするのも当然というもの。
私にしたってたぶんだけど、もしここが調理器具を作る工場のような場所だったら同じように興奮を抑えきれなかったかもしれない。
そんな中、ガルガン様が近くの鍛冶場を指差した。
「ちなみに、うちの“炉”はただ火力が強ぇだけじゃねぇんだぜ」
「火力だけではない?」
旦那様が聞き返すと、ガルガン様は待ってましたと言わんばかりに胸を張る。
「ああ。炉の内側には特殊な石と、代々受け継がれてきた秘伝の魔法陣が組み込まれてる。そいつが材料の良さを限界まで引き出してくれるんだ」
「へ~」
秘伝の魔法陣……そんなものがあるんだ。
私は開け放たれた鍛冶場の奥へ目を向ける。
赤々と燃える炉の縁には、たしかに細かな模様のようなものが刻まれていた。ただの装飾かと思っていたけれど、あれは魔法陣の一部だったのね。
「つーわけで同じ鉄を使ったにしても、普通の炉で打ったものとドワーフの炉で鍛えたものじゃ、強度や魔力の通りなんかがまるで変わってくるんだ」
「なるほど。だからドワーフの作る武器はあれほどまでに硬く、強靭なのか」
「そういうこった。そしてそこに鍛冶師としての根本的なスキルも加わるからこそ、オレらの武器はそんじょそこらのナマクラとは十段も百段もレベルがちげぇんだ」
そう言うガルガン様は、とても誇らしげだった。けれど先ほどの決闘を思い返せば、その自信も納得できる。
ガルガン様の武器である戦斧……あれは間違いなく異次元だった。
普通、叩きつけた地面が爆撃のように砕けてえぐれるなんて聞いたことがない。最初はガルガン様がよっぽど怪力なのかもとも思ったけど、今の話を聞けば納得だ。
ドワーフの武器。
私は改めてその桁違いの性能を感じ取った。
「っと、話してたら着いたな。こっちだぜ。この奥に族長がいる」
ガルガン様に先導され、私たちは里の奥にあるひときわ大きな建物へ通された。
中は外ほど暑くはないものの、石の壁や床にほんのり熱が残っている。奥の広い部屋では、白い髭を太く編んだ年配のドワーフが待っていた。
あの方が族長なのだろう。
旦那様が一歩前に出て、丁寧に頭を下げる。
「本日はお忙しいところ、わざわざ我々のためにお時間を設けていただき感謝します」
「なに、エルフ王の紹介とあらば話くらいは聞こうとも。では、こちらへどうぞ」
族長さんは見た目こそやや厳めしいけれど、声は落ち着いていて穏やかそうな方だった。少なくとも、さっきガルガン様が言っていたような頑固な印象はない。
加えて、集まった他のドワーフにもこちらへの敵意は一切感じなかった。みなさん、とても和やかに私たちを招き入れてくれた。
もっとも、そのことに対して特に驚きはない。
というのも例の中継地での襲撃については、ここへ来る途中でガルガン様から改めて説明があったからだ。
なんでもあれは別に里全体の決定ではなく、ガルガン様たち一部の人たちによる独断だったらしい。
「オレたちドワーフは基本的にすべての種族に対して中立だからな。エルフや同じ亜人種同士で多少の交流はあるが、そうじゃない相手にもいたずらに争いを仕掛けるようなことはねぇ」
――というのは、道中のガルガン様の発言。
まあそれを聞くと、なおさら「じゃあなんであんな襲撃を?」と聞きたくなるけど、それは旦那様に言い淀んでいたように何か事情があったのでしょう。
そんなことを考えている間に、会議室のような部屋へと通されたところで――。
「あ」
そうだった。うっかり忘れるところだったわ。
「あの、族長さん」
「ん? どうされましたかの、お嬢さん」
「いえ、そういえばお土産を用意していたことを思い出しまして」
「お土産?」
族長さんが首をひねる。その隣では、旦那様も「おお、アレか」と思い出したように反応していた。
「はい。こちら、よろしければみなさんでどうぞ」
私は魔法袋から大きめの包みを取り出し、族長さんへと差し出した。
中身は何かと言うと、香辛料で味つけしたお肉を燻製にしたもの――いわゆる“ジャーキー”だ。
「エルフのみなさんから、ドワーフの方は甘いお菓子よりも、お酒に合うものを好むと聞いていましたので。お口に合えばいいのですが」
「おお、これはご丁寧にどうも。お気遣い、感謝ですじゃ」
族長さんは包みを受け取ると、近くの卓へ置くよう若いドワーフさんに手渡した。
ちなみにその傍では、ラッセル様も同様にエルフ国から持参してきた梅酒を差し出していた。
たしかこの間の歓迎会の際、前に族長さんたちに飲ませたら気に入っていたとレグナディス陛下がおっしゃってたっけ。
そうしてひと通り挨拶を終えたところで、いよいよ会談が始まった。
旦那様は愛剣が折れてしまったこと、自分の力に耐えられる剣を探していること――そして可能であれば、この機に騎士団の装備も新調したいことを説明していく。
加えてもろもろの発端でもある、ガルドの件についても必要な範囲で交えながら。
族長さんをはじめとするドワーフのみなさんはそれを特に遮ることもなく、じっと耳を傾けていた。
「――というわけで、いかがでしょうか? 私にとっては、もはや頼れるのはここにいるドワーフの里の皆様方のみ。何卒、お力を貸していただきたい」
最後に旦那様がそう結ぶと、族長さんは「うむ」と頷いた。
そして、ひとこと。
「ダメじゃ」
月曜が祝日なので、次回は火曜日に更新します。




