第67話 雑用令嬢、ドワーフの里へ赴く③
「つーか、なんなんだアイツ……」
「ああ。ドワーフって、鍛冶職人じゃなかったのかよ……」
その団員さんたちの疑問に答えてくれたのは、私の隣にいたラッセル様だった。
「いいえ。彼らはたしかに鍛冶を生業とする種族ですが、決してただ武器を作るだけが能というわけではありません。作った武器の性能を確かめるため、自ら率先して日々武芸の鍛錬に励んでいるのです」
「……なるほど。だから、あれほどまで……」
強さの理由を知ると同時、思わぬ事実に私を含めた人間側が大いに揺らぐ。
「まさかとは思うが、団長……負けたりしないよな?」
「いや、んな馬鹿な。そんなわけないだろ……」
「でも、今の団長は武器があり合わせなせいで全力を出せないんだぜ……?」
そんな不安をさらに増長するように、戦況はあきらかにガルガン様が押していた。重い斧を軽々と振り回し続け、どんどんと攻め込む。
それに対し旦那様は大きく踏み込まない。……いや、この場合は踏み込めないと言うべきかも。
相手の攻撃をまともに受け止められない以上、受け流しと回避だけで手いっぱいという様子だった。
「どうしたヒューマン! 動きが鈍いぞ! まさかビビって腰でも抜けちまったか!」
そのあからさまなガルガン様の挑発に、周囲のドワーフたちも盛り上げるように声を張る。
……つ、強い。
私の知る限り、こんなに苦戦する旦那様は見たことがない。
同じような武器を持っていたミノタウロスとはまるで違う。
ガルガン様はただ力任せに斧を振っているわけではなく、すべての攻撃が次の一撃へつながっている。だから反撃のチャンスがない。
「旦那様……」
気づけば私は、胸の前でぎゅっと手を握っていた。
一方、旦那様も小さく口を開く。
「……たしかにすごい武器だ。これぞまさしくドワーフ製といったところか」
振り下ろされた斧が、流れた旦那様の前髪をかすめていく。またしてもギリギリの回避。
「それに使い手自身の身のこなしも鋭い。まさかドワーフがここまでの戦士だったとはな。この強さ……普通に戦えば、人間相手に負けることなどまずないだろう」
「フン、どうしたいきなり。まさかおだてて命乞いでもしようってのか? ……でももう遅ぇ!」
そう叫ぶと同時、ガルガン様の身体がバッと宙に飛び上がる。
「これで終わりにしてやる! くらえ!」
その高い跳躍とともに繰り出された一撃は、まさしく必殺だった。
己の身長よりも遥か上から振り下ろされる戦斧の刃が、旦那様の脳天目がけて一直線に迫る。
けれど。
「――ただし」
「なにっ!?」
ガルガン様が目を見開く。が、その視線の先に旦那様はいない。
あるのは砕けた地面と、そこに叩きつけられた自身の武器だけ。
「相手が俺でなければ、な」
その声が響いたのは、ガルガン様の“背後から”だった。
「なっ……!?」
まさか、とばかりにガルガン様が慌てて振り返る。
しかしながら突きつけられた旦那様の剣先は、すでにガルガン様の喉元でぴたりと止まっていた。
「ば、馬鹿な……」
震える声で呟くガルガン様。そこに旦那様が重ねる。
「勝負あった……ということでいいか?」
それまでの優勢から一転、あっという間の逆転劇。
ガルガン様はよほどショックだったのか、旦那様の問いには答えず目を見開いたまま首元の刃を見つめていた。
「お、お前、今の動きは……」
「ドワーフの武器の力がいかほどなものか確かめておきたかったのでな。悪いが、少々様子を見させてもらった」
「様子見……だと?」
ガルガン様が愕然とする。
「お前……まさか、それまでは手加減していたっつーのか? このオレ相手に……!?」
「まあ、そういうことになるな」
そう旦那様があっさり頷くと、ガルガン様のお顔は「くっ……!」と悔しそうに歪められた。
「どうする? まだやるか?」
「……いや、いい。オレの負けだ……!」
噛みしめるように吐き出された言葉とともに、ガルガン様の手から戦斧がガランとこぼれ落ちる。
それを見て、旦那様も剣を引く。
途端に、騎士団のみんながわっと沸き立った。
「さすが団長!」
「やっぱ強ぇ……!」
「まさか一瞬で後ろを取っちまうなんて……!」
「瞬間移動かよ!」
ムルウジさんも小さく笑い、腕を組んだまま呟く。
「ハッ。ったく、ヒヤヒヤさせやがるぜ」
そこでようやく私もほっと息を吐く。
本当にヒヤヒヤした。一時はどうなることかと思ったけど、やっぱり旦那様は旦那様だった。
まさかあの劣勢が演出……と言ったら大げさだけど、わざとによるものだったなんて。
一方で、ドワーフのみなさんはまだ信じられないようにざわついている。
「あ、あのガルガンが……負けた!?」
「そんな馬鹿な……!」
「マジかよ、あの男……」
「と、とんでもねぇヒューマンがいたもんだぜ……」
ガルガン様はしばらく俯いていた。
すると旦那様が、一歩近づいて声をかける。
「……ガルガン、と言ったか。落ち込んでいるところ悪いが、結果は結果だ。こちらの話を――」
「くっそぉー! 負けたー!」
「うおっ!」
ええ!?
突然の雄叫び。あまりに前触れがなさすぎて、旦那様だけでなく私までびくっとしてしまった。
けれどそんな私たちにはお構いなく、ガルガン様はなおも頭をわしゃわしゃしながら地団駄を踏む。
「ちくしょう、悔しいぜぇ! ついにオレの連勝記録が途絶えちまった!」
そのまま顔を上げると、今度は目をきらきらさせて旦那様を見る。
「にしても、あんた強いなぁ! バケモンかよ!」
「あ、ああ。それはどうも……」
旦那様が珍しく少し困惑している。
さっきまでこちらへ敵意を向けていた相手が、急に憧れのような目を向けてきたのだから無理もない。
しかし当のガルガン様は、きょとんと首を傾げるだけだった。
「ん? どうしたんだ?」
「いや、なんと言うか元気だなと……。開始前のテンションがテンションだっただけに、もっと怒って恨みつらみでも言われるかと予想していたんだが」
「あ? 恨み? つらみ? ははっ、ないない。敗北は潔く受け入れること。それがドワーフの戦士の流儀だ」
ガルガン様は当然のように手をぶんぶん振った。
「んで、話ってなんだ? たしか紹介状がどうのって言ってたよな?」
「え。あ、ああ……これだ」
旦那様が改めて紹介状を渡すと、ガルガン様は他のドワーフさんたちと一緒にそれをふむふむと読み始める。
そうして少ししてから、彼は「なるほどな」と頷いた。
「つまりそういうことか。折れちまったアンタの愛剣の代わりをオレたちに打ってほしい、と。そんでついでに、そっちのアンタの部下のみなさんの装備も新調してもらえるとラッキー的な」
「うん。まあ、だいたいそんな感じだ」
かなりざっくりした要約ではあったけれど、特に間違っているところもない。よかった、やっとこっちの目的がきちんと伝わってくれた。
するとガルガン様はにやりと笑い、自分の胸をどんと叩いた。
「へっ、そういうことならオレに任せな。アンタみたいな強者にふさわしい、最高の一振りを打ってやるぜ!」
その言葉に、騎士団のみんなから「おおっ」と声が上がる。
「いいのか?」
「ああ、もちろんだ。むしろオレを倒したアンタのためにこの腕を振るえるなら、かえって光栄ってもんだぜ」
そう言いながらガルガン様が腕をまくると、他のドワーフさんたちもどこか誇らしげに続いた。
「へへっ。期待していいぜ、ヒューマンの旦那。ガルガンは腕っぷしだけの男じゃねぇぞ」
「おう! 鍛冶の腕も一流だ」
「まだ若ぇが、うちの里の中じゃ次期“棟梁”候補とも言われてるからな」
へ~、そうなんですね。
でもわかる気がする。戦士としても強くて、鍛冶師としても一流。しかもこの切り替えの早さ。
さっきまであれほど敵意を向けられていたはずなのに、今は妙に気持ちのいい人に見えてきた。
たぶんだけど、こういうところも周囲から慕われている理由なんだろうなぁ。
「よっしゃ。んじゃ、早速だが里に行こうぜ。専用の武器を作るとなったら、採寸やらなんやら必要だしな」
ガルガン様はそう言うと、落ちていた斧を背負い直して歩き出した。




