第66話 雑用令嬢、ドワーフの里へ赴く②
深い森を進んだ先にある、山奥のさらに奥。
道はだんだん細くなり、木々の間隔も狭くなっていく。馬車で進める場所ではなくなったため、途中からは降りて徒歩となった。
ラッセル様は先頭で時折足を止め、岩の形や木の並びを確認している。
「この先に、エルフとドワーフが外部の者を案内する際に使う場所があります。人目につきにくく、それでいて互いに迷わない目印があるため、昔から使われているそうです」
「なるほど。中継地、のようなものですか」
「そうなります。私たちの結界と同じく、ドワーフなりの身を隠して生きるための手段の一つですね」
やがて森が少しだけ開け、岩場まじりの空き地へ出た。
中央には、古い石柱が一本立っている。表面には風化した模様が刻まれていたが、何を表しているのかまでは分からない。
鬱蒼とした森の中に、とにかくぽっかりと空いた空間があるだけだった。
「ここです」
ラッセル様が石柱の前で足を止める。
「まだ向こうは誰も来てないようだな。よかった、待たせては申し訳ないからな」
旦那様は周囲を見回し、騎士団のみんなもそれぞれ景色を眺める。私も石柱の手触りを確認したりしながら、ここでドワーフ側の到着を待つことにした。
けれど、それからしばらく経っても。
「……誰もいらっしゃいませんね」
最初は少し遅れているだけだと思っていた。山の中だし、道も険しい。多少時間が前後することくらいはあるだろう。
でも、どれだけ待っても森の奥から人が近づいてくる気配はなかった。
「おかしいですね。この場所で合っているはずなのですが……」
ラッセル様は石柱の位置を確かめ、周囲の地形を見回しながら呟いた。その表情には困惑の色が滲んでいる。
私は振り返って旦那様に提案してみた。
「どうしましょう、旦那様。ちょっとだけ周囲を探索してみますか? あまり考えたくはありませんが、もしやここへ来る途中に何かあったのかも」
「アクシデントか。たしかに可能性がないこともないな。……よし、ムルウジ」
「おう。よし野郎ども、そうと決まったら散開して――」
そうして旦那様の指示を受け、ムルウジさんたちが動き出そうとした直後だった。
「!?」
ガサガサッと揺れた木々の奥から、複数の影が一斉に飛び出してくる。
低い体躯に分厚い肩。
私たちが待ちに待っていた相手――間違いない、ドワーフだ。
しかし。
「こ、これは……」
いったいどういうわけか、彼らに出迎えという雰囲気はまったくない。
それどころかその手には斧やハンマー、他にも鎖鎌や鉄球といった様々な武器が握られ、表情は明らかにこちらへの敵意で満ちている。
そんな不穏な空気が漂う中、先頭に立つ若いドワーフが叫んだ。
「また性懲りもなくやってきたな、ヒューマンの猿ども!」
……また?
「我が名は“ガルガン”! ドワーフ一の勇猛な戦士なり! お前たち卑しきヒューマンなど、この手で打ち滅ぼしてくれる!」
そのドワーフの彼はそう言うなり、赤茶色の三つ編み髭を揺らしながら、大きな戦斧を肩に担ぐように構え直した。
「な、なんだなんだ……!?」
「卑しきヒューマン?」
「それって俺らのことか……?」
突然の堂々たる口上に、騎士団のみんなが面食らったような表情で互いの顔を見合わせる。
けれど当のガルガン様は、どう見ても大真面目だった。
「お、お待ちを、ガルガン殿!」
そこでラッセル様が慌てて前へ出る。
彼は自分の尖った耳が見えるよう髪を軽く払うと、こちらに敵意がないことを示すように両手を広げた。
「私はエルフ王国の者です。察するに貴殿はなにか勘違いをしておられるようだが、とりあえず話を聞いてください。先日お伝えした通り、こちらの方々は我らが王の紹介によって来訪したわけで――」
「いいや、聞かねぇ! たとえエルフ王の紹介だろうが、通せんものは通せん!」
ガルガン様はラッセル様の言葉を戦斧の柄で遮るように、どん、と地面を打った。
周囲のドワーフのみなさんも、その反応を当然のように受け止めて口々に声を上げ始めた。
「そうだそうだ!」
「だいたい、なぜエルフが人間と手を組む!」
「まさか脅されているのか!?」
「あり得る! くそっ、なんて卑劣な……!」
「い、いえ、違います! そうではなく――」
ラッセル様はもう一度説明しようとしたが、ドワーフのみなさんは一向に聞く耳を持たない。
逆に畳みかけるように、次々と非難の言葉が降り注いでくる。
ガルガン様は改めて戦斧を握り直し、こちらを睨んだ。
「とにかく、オレたちはヒューマンの言葉なんざ信じねぇ。どうしてもと言うなら、まずは腕を見せてみろ」
「腕?」
聞き返したラッセル様に、ガルガン様が「そうだ」と頷く。
「そっちの誰かとオレで、一対一の勝負を行う。もし万が一にでもオレに勝てたなら、そのときはちゃんとハナシを聞いてやろう」
「つまり……代表決闘、ということでしょうか?」
「ああ」
その言葉に、旦那様は迷うことなく一歩前へ出た。
「いいだろう。俺が受けよう」
「よろしいのですか……?」
私が思わず声を漏らすと、振り返った旦那様はいつも通りの顔で頷いた。
「問題ない。むしろこの方が明瞭で助かる」
「でも……」
こんな提案をしてくるということは、相手もよほど腕に自信があるのだろう。
実際、周囲のドワーフのみなさんは誰も止めようとしない。それどころか、ガルガン様が負けるはずがないと言わんばかりの顔をしている。
それにここから見える限りでも、ガルガン様の腕や肩にはいくつもの生傷がある。
あれは鍛冶仕事だけでついた傷ではない。普段からかなり戦っているのだと、私でも分かる。
おまけに今の旦那様が使っているのは、折れた愛剣ではなくあり合わせの予備の剣。そこがどうしても気になってしまう……。
けれどそんな私の不安を察したのか、旦那様はわずかに笑った。
「大丈夫だ、アイカ。腕に自信があるのは俺も同じだ」
「!」
そう言って、旦那様はしっかりとした足取りで決闘の場へ歩いていく。こうなるともう、私にできることは一つだけだった。
主を信じる……それだけ。
「……ご武運を」
「ああ」
旦那様は短く答え、ガルガン様と向かい合った。
周囲のドワーフと騎士団のみんなが少し距離を取り、自然と二人を中心にした空間ができあがる。
「ふっ、準備はいいか? ヒューマンの男」
ガルガン様は戦斧を両手で握り、どっしりと構えた。
「リスティン・アルグレインだ。いつでもこい」
「いいだろう……ならばいくぞ!」
次の瞬間、ガルガン様が力強く地面を蹴って突進する。
「……っ!?」
小柄な体からは想像もできないスピードに、周囲から息を呑む声が漏れる。
「うおおおおおっ!」
振り上げられたガルガン様の戦斧が、大上段から空気を引き裂くように叩きつけられる。
旦那様はそれを正面から受けず、間一髪のところで半歩ずれて回避したのだが――。
「なっ……!」
じ、地面が……!
叩きつけられた斧の衝撃でバガッと大地がえぐれる。弾けた土砂は、まるで散弾のように飛び散った。
「おらぁあああ!」
にもかかわらず、なおもガルガン様の動きは止まらない。斧を引き戻す勢いをそのまま使い、今度は横薙ぎの一撃へつなげてくる。
「くっ……!」
またしても旦那様が紙一重で回避する。
けれど戦斧が空を切るたび、こちらにまで空ぶった際の風圧が届いてくる。
「おいおい、マジかよ……! なんなんだ、あの斧……!」
「とんでもねぇ威力だ! あんなもん、まともに受けたら一撃だぞ……!」
「しかも返しがやたらと速ぇ。振り抜きやすいように重心が調整されてる……?」
騎士団のみんなが恐れおののくように呟く。その視線は自然と戦いそのものだけでなく、ガルガン様の持つ武器の出来に奪われていた。
……確かにすごい。
素人の私でもわかる。あれはただ頑丈なだけではない。まるで持ち主の動きに吸い付くような感覚に近い。
あんな武器があるなんて……。
「あれが……ドワーフの武器!」
それと気になる点はもう一つ。




