第65話 雑用令嬢、ドワーフの里へ赴く①
私たちがエルフの国から戻ってきて数日後。
アルグレイン邸ではドワーフとの接触に向けた準備が進められていた。
目的は折れた愛剣の代わりとなる、旦那様の新しい剣を作ってもらうこと――それと新たにもう一つ。
「どうせ俺の剣を打ってもらうなら、この際騎士団の装備もまとめて見てもらうのはどうだろう?」
旦那様がそう言ったことで、今回の遠征には副団長のムルウジさんをはじめとした騎士団のみんなも同行することになった。
ガルドたちへの警戒が続いていることもあって、最近の騎士団は訓練量も増えている。当然、武器や防具の消耗も激しくなっていた。
さらに旦那様ほど露骨でないにしろ、私の料理で力を付けた今の騎士団の実力に合わせるには、既存の武具だけでは少しずつ限界が見え始めてもいるらしい。
それに加えて、同行者と言えばもう一人。案内役として、急きょエルフ代表でラッセル様もついて来てくれることに。
なんでも私たちが帰った後、レグナディス陛下からいっしょに行って交渉を取りなすよう指示を受けたのだとか。
たしかに紹介状だけでなく、誰か一人でも見知った顔がいた方が話は進みやすいはず。
「つくづく陛下には頭が下がるな」
「いえ、とんでもない。これもある種の友情の証です」
というのは、出発前の旦那様とラッセル様のやり取り。
そうして迎えた遠征初日の夕方。
私たちは道中で見つけた、森の中の少し開けた場所で野営をしていた。
周囲には背の高い木々が並び、少し離れたところでは馬たちが草を食んでいる。火のそばでは騎士団のみんなが腰を下ろし、それぞれ自分の武器や防具を手入れしていた。
ただ、その空気はいつもの遠征と少し違ってどこかソワソワしている。
「この刃こぼれ、ドワーフなら綺麗に直せるんですかね」
「俺の槍も見てもらいてぇな。最近、突いたときにちょっと引っかかるんだよ」
「てか団長用の剣って、いったいどんな感じになるんだろうな」
「そりゃお前、普通の剣じゃねぇだろ。団長が本気で振っても折れねぇレベルだ。きっと剣の形をした城壁みたいな……」
「それは逆に振りづらくね?」
などと好き放題に語りつつ、ところどころで笑いが起きる。
「おいおいお前ら、あんまり浮かれすぎるなよ。まだ目的の場所に着いたわけじゃねぇんだからな」
そんな彼らに、ムルウジさんが遠巻きから釘を刺す。
けれどそう言いながらも、ムルウジさん自身もどこか逸る気持ちを抑えられない感じが伝わってきた。
その証拠に、さっきから膝の上に置いた斧の柄を何度も指でなぞり、いつもより入念に刃の噛み合わせを確認している。
やっぱり武具に命を預けるみんなにとって、ドワーフというのは特別な存在らしい。傍から見ている分には、憧れのスポーツ選手を出待ちする少年のようでなんだか微笑ましい。
そんなことを考えながら、ふと視線を落とすと――。
「……っと、そろそろいいかな」
見下ろした先では、火にかけていたお鍋の中身が良い感じにトロッとしていた。
すでに辺りには鮮烈で刺激的な匂いが立ち込め、隣ではご飯を炊いている“飯ごう”もぐつぐつと沸き立っている。
私は木べらで底をさらうように混ぜると、小皿によそって味を確かめた。
「……うん、素晴らしい」
ふふ、やっぱり大勢で食べる遠征ご飯と言ったら“これ”よね。お肉や野菜も適度にほぐれて、早く食べてくれと叫んでいるかのよう。
「みなさん、できましたよー」
私が声をかけると、それまで談笑していたみんなはピタリと手を止め、「おおっ!」「待ってました!」と嬉しそうに振り返った。
そして彼らは我先にと鍋の周りへ殺到すると、それぞれが思い思いにご飯をよそって、その上に鍋の中身である茶色いソースのような液体をかけていく。
やがて準備が整ったところで。
「「「いただきます!」」」
叫ぶや否や、一斉にスプーンで料理をかきこむ。
「いやぁ、やっぱ遠征先で食べる“カレー”は最高だなぁ!」
「ああ、なんでこんなにウマいんだろうな! 食っても食っても匂いで腹が減るぜ!」
誰もが満面の笑みで頬張りつつ、興奮した様子で叫ぶ。
「……かれー?」
その言葉に、ラッセル様がわずかに首を傾げる。
「ラッセル様もどうぞ。少し熱いので気をつけてくださいね」
「ありがとうございます、アイカ殿。この料理はいったい……」
「カレーです。香辛料といっしょにお肉や野菜を炒めて、ブイヨンなどといっしょに煮込んだ料理です。起源は別の国なんですけど、前世の私がいた国でも、ある意味国民食と呼ばれるくらい人気の料理だったんですよ」
「ほう、アイカ殿の……。たしかに、これはなんとも刺激的でそそる香りだ」
言いながら、ラッセル様は立ちのぼる香りを確かめるように目を細める。
たしかに自然な味つけが主流だったエルフの国からすれば、これほど香りの強さは物珍しいのかもしれない。
そこに騎士団員の一人が肩を寄せて話しかけてくる。
「お、なんだ。エルフの旦那はカレー初めてか」
「ええ、まあ」
「だったら早く食ってみろよ。ウマすぎてアゴが外れちまうぞぉ~」
「そ、それほどまでにか……これは心せねばならんな」
そう言って神妙にスプーンを握ると、ラッセル様はパクリと一口。
「むぉ……! こ、これは……!」
緑がかった瞳が、はっきりと見開かれる。
「がははっ。どうやらエルフの旦那も気に入ったみたいだな?」
「むぐっ……! ええ……これはすごいです……! これほど暴力的なまでの香りなのに、んぐ……味は不思議とまとまっていて……! そこに肉や野菜の旨みまでもが、ぎゅっと混ざり合って……っ」
「そうそう! そういうことよ!」
「分かってるじゃねぇか!」
バクバクと一生懸命頬張るラッセル様を見守りながら、周囲も嬉しそうに笑う。作ったのは私だけど、なぜかみんな誇らしげだ。
……それにしても大丈夫かしら、ラッセル様? もの凄い勢いで食べてるけど、慌てて食べ過ぎてノドに詰まらせないといいけど……。
まあ、それはいったんさておくとして。
「ちなみに今日のお肉は、この前手に入れたミノタウロスの干し肉です。旦那様、お味はどうですか?」
この前――というのは、もちろん《水鏡の神殿》に赴いた際のこと。
あのときは肩肉を美味しくいただいたが、まだまだ食べられる部位はたくさん残っていたので、持ち帰って保存用に加工しておいたのだ。
私が振り返って尋ねると、旦那様はとても満足げに頷いた。
「ああ、とんでもなく美味い。よく煮込まれていて、良い具合にトロットロだ」
「そうですか。それはなによりです」
なお、こんなやりとりを交わしてはいるが、実際の旦那様のお顔は山盛りのご飯とカレーによって完全に隠れているため私からは見えていない。
……いや、さすがに盛りすぎでは。
それからしばらくして、ついにご飯が尽きたところで食事は終了。残ったカレーは容器に詰め、明日以降のお楽しみに。
騎士団のみなさんは満足げに腹をさすりつつ、それぞれ自由に食後の時間を過ごしていた。
「ところでラッセル。ドワーフの人々とはどこまで話がついているんだ?」
旦那様は水を一口飲んでから、ラッセル様へ尋ねる。
「一応、使い魔を通じて、『武器に関して相談したいというヒューマンがいるので、ぜひ会談の機会を設けて話を聞いてあげてくれないか』――とまでは伝えてあります。詳しい事情は私どもから説明するべきでもないと思ったので」
「そうか、まあそれはそうだろうな」
「そこまでお願いするのは忍びないですしね」
旦那様に続いて私も頷く。
立場上、エルフはあくまで仲介役。そこまでお願いするのはこちら側としても若干図々しい気がするし、そもそもエルフ側にもここに至った経緯を事細かに話したわけではない。
彼らが知っているのはせいぜい、旦那様の大事な剣が折れてしまい、私たちが困っているという事実だけ。
……もっともその折れた原因というのが、サンダーコッコの卵の殻を小突いた衝撃で――と知ったら、いったいどんな反応が返ってくるやら。
まあ領内の鍛冶屋さん曰く、もともと限界が近づいていたので仕方ないとのことだったけど。
「向こうの返事としてはなんと?」
「詳しくは特に。『とりあえず迎えを寄越すので、現地で落ち合おう』としか」
「……ふむ。つまり、まだ完全に協力が約束されたわけではないと」
「ひとまずはそういうことに。ですがとはいえ、こちらには陛下の紹介状もありますから」
「これか」
ラッセル様の視線を受け、旦那様が懐から一通の封筒を取り出す。
先日陛下がしたためてくださった、ドワーフの族長さん宛ての紹介状である。
「たしかに、これの存在は大いに心強いな。となると、あとはこちらが出方を間違えさえしなければ……というところか」
「くれぐれも失礼のないようにしないといけませんね」
けれどそうして旦那様と私が気を引き締め直す一方、ラッセル様は小さく笑った。
「ええ、けれどご心配なく。基本的にドワーフの方々は、我々よりもずっと他者に友好的です。きっと問題ないでしょう」
「ほう」
「そう聞くとちょっと安心しますね」
他ならぬラッセル様が言うんだもの。ならば間違いないでしょう。私たちと違って、エルフはこれまでも交流があったみたいだし。
それに実際にエルフの国に行った身からすれば、彼らだって充分に友好的な人々ばかりだった。それ以上となれば、なおさら交渉はスムーズに進むはず。
そして迎えた翌日、私たちは目的地にたどり着いた。




