第64話 一方その頃、かつての職場は……⑨
ソルヴェイン王国北西部の山道。
この日、王国唯一のSランクパーティー――《金の盾》の三人は、とある商人の護衛任務を受けていた。
「ふん。手間をかけさせやがって」
リーダーのディックは吐き捨てるように言うと、剣についた血を払った。
その周囲には、剣や棍棒を取り落とした山賊たちが転がっている。全員すでに息はなく、白目を剥いて絶命している。
ただし、周囲の状況は華麗な圧勝劇と呼ぶには少々ひどいものだった。
「おいおい。こりゃまた派手にやったな、アマンダ」
「はぁ? なに言ってんのよ、ドドリゴ。あんたのほうがだいぶメチャクチャじゃない。ちょっとは加減ってものを覚えなさいよね」
二人の視線の先にあるのはボロボロになった荷馬車。
ドドリゴが山賊を投げ飛ばしたせいで車体は横転。その拍子に積んでいた荷箱は散乱し、荷車の車輪も折れてしまった。
そこへアマンダの魔法が直撃し、いくつかの荷箱は中身ごとぐしゃぐしゃに砕けてしまったのだった。
「あーあ、なんでこの私がこんな雑魚を相手にしなきゃなんないのよ」
「まったくだ。ちっとも張り合いがねぇぜ」
けれど二人はその状況を見て悪びれるどころか、むしろ自分たちのほうが被害者であるとばかりにぼやく。
無論、その気持ちはディックとて同じ。
そもそもこんな輸送護衛など、本来なら自分たちが受けるような仕事ではない。報酬は安い。依頼内容も退屈。相手にするのはモンスターですらなく、そこらの山賊。
暇なら少しでも金を稼いでこいとガルドが言うので仕方なく受けたが、正直言って役不足にもほどがある。
「ちょ、ちょっとあんたら!」
荷主の商人が、慌てて荷馬車へ駆け寄ってきた。
「山賊を追っ払ってくれたのはありがたいけど、なんで荷物まで壊しちゃってんだよ!」
「ああ? んだよ、ピーピー騒ぎやがって。せっかくオレ様が守ってやったんだから、もっと感謝しろよな」
「それとこれとは別だろ! どうすんだ! これ、全部預かり物なんだぞ!」
「うっさいわねぇ。こんな安物の箱だから壊れたんでしょ。アタシたちのせいみたいに言わないでくれる?」
商人はなおも食い下がろうとしたが、アマンダが杖を軽く持ち直すと、さすがに言葉を詰まらせた。
それでも割れた荷箱を見下ろしているうちに、こらえきれなくなったらしい。
「こっちはあんたらが王国最強のSランクだって聞いたから依頼したんだぞ。こんなことなら、そこらのBランクのほうがよっぽど……」
「ああっ?」
「うっ。いえ、その……」
ディックが凄むと、商人はそこで言葉を飲み込んだ。
「……ちっ」
まったく、腹が立つ。
僕らがこんなことになっているのはアイカのせいだ。あいつが大人しく自分たちのために料理を作っていれば、こんな安仕事を受ける羽目にはならなかった。
ガルドも色々やっているようだが、どうにも上手くいっていないらしい。なら、こちらでも何か連れ戻す方法を考えねぇと。
その時はもちろん、あのスカした金髪貴族にもゼッタイに一発叩き込んで――。
などと考えていたところで、ディックは気づく。
いくつか生き残った荷箱の割れた隙間から、妙なものが見えた。
(……なんだ? 剣?)
刃は欠け、柄にも傷がある。
どう見ても修理待ちの武器だが、ただの安物には見えなかった。
ディックがそちらへ目を向けた途端、視線に気づいた商人が慌てて荷箱の前へ回り込む。
「これはただの修理品だ。あんたらには関係ない」
「僕はまだ何も聞いてないけど?」
「だから、ただの修理品だって言ってるだろ」
「だったら、なんで隠すんだよ」
ディックが剣の柄に手をかけると、商人は顔をしかめた。
「わ、わかったよ! 言う、言うから剣に手をかけるな。ただし、絶対に他には漏らすなよ。こっちも信用でやってるんだ」
商人は渋々、割れた荷箱の蓋をずらした。中には刃こぼれした剣や、柄の傷んだ斧、短剣などが詰められていた。
「これは、ドワーフ製の高級武器だ」
「ドワーフ!?」
「それって、あの!?」
ディックとドドリゴは思わず荷箱を覗き込んだ。
もちろん、二人とも鍛冶や武器の目利きに詳しいわけではない。むしろ、そういう細かい話は聞いてもすぐ忘れるタイプだった。
それでもドワーフ製の武器が並の品ではないという話くらいは知っていた。王侯貴族でさえ簡単には手に入らない名品。確か、そんな感じだったはずだ。
一方、魔法使いのアマンダだけはあまりピンと来ていない様子だったが、ディックは構わず商人へ尋ねる。
「でも、なんでそんなもんをあんたが?」
「それは……」
商人は少し迷ったあと、これは売り物ではなく、修理のために預かっている品だと説明した。
曰く、ドワーフの武器は特別製で、人間の鍛冶屋ではまともに直せない。
そのため壊れたり傷んだりした品は商会で取りまとめ、山中の中継地まで運ぶことになっているらしい。
商人自身も里の場所までは知らず、荷を置けばいつの間にかなくなり、しばらくすると修理された品が戻ってくるだけなのだという。
「マジかよ。あのドワーフの武器がこんなところで……しかもこれ全部かよ」
ディックは一瞬、いっそこの場で全てかっぱらっていってしまおうかと思った。
そんで無理やりにでも鍛冶屋で修理してもらうか、逆にそれがダメなら今度はしれっと客として商会経由でドワーフに直してもらうという手もある。
とにかく、これだけあればいかようにでも使い道はあるはずだ。
(……いや、待てよ。もっといい方法があるじゃねぇか)
中継地に荷物を置けば、誰かが取りに来る。
だったら、その受け取りに来た奴を捕まえて、ドワーフどもの棲み処まで案内させれば――。
「……ククッ」
そこまで考えたところで、ディックは口元をニヤリと歪めた。
「なあ、ところでアンタ。その中継地ってのは、この山道の先で間違いないんだよな?」
「そうだが……まさかとは思うが、何かよからぬことを考えてるんじゃないだろうな」
「ははは、なに言ってんだよ。そこに転がってる山賊連中じゃあるまいし、この僕がそんなこと考えるわけないだろ?」
――今日のところは、な。
それからギルドへ戻ったディックたちは、すぐさま執務室にいるガルドのもとへとやってきた。
「……ふん、それで意気揚々と帰ってきたわけか」
「どうだ? 連中をとっつかまえて僕ら専用の武器を作らせる。でもって、そいつを持ってもう一回帝国に乗り込む。いい考えだろ?」
今までアイカの料理で向上していた分の力を、今度は武器の力で埋める。
ドワーフ製の最高品質の武器であれば決して不可能ではない。むしろかなり現実的な解決策と言える。
ディックは得意げに語ったが、ガルドはすぐには乗ってこない。
「それが事実ならたしかに魅力的な話だが……」
「おいおい。僕らの言葉が信じられないってのか?」
「しかしだな……」
正直なところ、ガルドにとってはドワーフの存在自体が懐疑的だった。
と言うよりも、情報の出処がディックたちというのが多分に引っかかっていた。かつての彼らならいざ知らず、今や失敗続きの彼らは信用に値しない。
無論、彼らがいずこかに存在するのは確かだ。
けれどそもそもドワーフの武器なんて市場にも滅多に出ないほど珍しい代物なわけで、それが大量に集められ修理に出されていたなどと。
しかもその運搬に出くわすなど、そんな都合のいい話があるだろうか?
「まあまあ、ふたりとも。だからそう言うと思ってさ……じゃんじゃじゃーん!」
アマンダは服の内側から一本の短剣を取り出し、ガルドの机に置いた。
「おまっ、これドワーフの武器じゃねぇか! まさかくすねてきたのか?」
「ふふん。最初にあの商人が隠そうとしてたから、ついね。たぶん値打ちもんだと思って」
「うぉおお! マジかよ!」
「へへっ、さすがアマンダだな」
興奮気味に短剣を見下ろすディックとドドリゴ。二人は盗んできたことを咎めるどころか、むしろよくやったと言わんばかり。
ガルドもまた、椅子から身を乗り出して短剣を手に取った。
「むぅ……。間違いない、これはドワーフ製だ。並の武器とは作りが違う」
「だろ?」
ガルドは刃こぼれした部分を指でなぞり、柄の組みを確かめてから、短剣を机の上に戻した。
「たしかにお前が言う通り、こいつさえあればあのアルグレインの小僧にも対抗できるかもしれん」
「じゃあ……」
「ああ。お前の案を採用しよう」
金がない以上、正式な取引などする必要はない。ならば力で従わせるのが最も効率的。
どうせ亜人種など人間にとっては奴隷のようなものだ。捕らえた暁には、とことんまでこき使ってやる。
そしてそれを足掛かりにアイカを連れ戻すことができれば、料理と武器――二つの力を組み合わせた最強の軍団ができあがる。
そうなれば、このギルドはかつて以上の栄光を手に入れることになるであろう。
「フハハ! よくやったぞ、お前たち!」
そこでようやく、ガルドはいつもの調子らしく豪快に笑った。
「よし、では作戦決行は次の受け渡しのタイミングとする。いつ荷が動くかは、ワシの方で商会を探っておくから任せろ。お前たちはそれまで待機だ。ちなみに作戦が無事に成功した場合は、ワシから特大のボーナスをくれてやろう」
「「「おおっ!」」」
思わぬ宣言に沸き立つ三人。
彼らは一瞬でテンションを最高潮まで上げると、そのまますでに成功したかのようにあれこれとボーナスの使い道を話し合い始めた。
そしてそのテンションのままに出口へと向かう。
「よっしゃ。んじゃ景気づけに、パァーッと飲みに行くか!」
「「さんせー!」」
と、そこにガルドが思い出したように声をかける。
「おい、言っておくがくれぐれも油断はするなよ。連中も襲撃に備えて武装している可能性はあるんだからな。それに恐らくチャンスは一度きりだ。仮に失敗した場合、次からは警戒されて中継地を変えられるかもしれんからな」
それだけではない。
中継地の情報を知っている人間がごく少数である以上、いくらこっちが身バレに気を遣ったところで、いずれは犯人が誰か感づかれる可能性はある。
そしてそうなったが最後、再び商会から情報を引き出すことも困難になってしまう。
「分かってるって」
しかしそんなガルドの懸念など無視するかのように、ディックは軽く手を振った。
「つっても、いくら強い武器が作れても所詮は鍛冶職人だろ? いっつも山奥に引きこもってカンカンやってるだけの雑魚なんかに、この僕らが負けるわけないっしょ。だから普段からコソコソ隠れて取引してるんだろうし」
アマンダとドドリゴも続く。
「そーそー。それよりボーナスの件、忘れないでよね」
「へへっ、久々に実入りのいい仕事になりそうだな」
そうして嬉しそうに笑うと、三人は気分よく酒場へ向かったのだった。




