第63話 雑用令嬢、エルフの国に招かれる⑥
出来上がった料理は、すぐに王宮の大広間へ運ばれた。
レグナディス陛下やレオルーシェ様、旦那様、ラッセル様をはじめ、宴へ参加していたエルフのみなさんの前へ、一皿ずつ並べられていく。
「おぉ……これはなんと見事な。して、コンフィという名は初めて聞いたが、いったいどのような料理なのだ?」
レグナディス陛下が、皿の上の肉を眺めながら尋ねてくる。
「コンフィとは、食材を低い温度でゆっくり加熱する料理です。お肉なら油、果物なら砂糖で覆って空気に触れにくくし、もとは食材を長く保存するために考えられた調理法なんですよ」
「ほう。保存食であるか」
「もっとも、今回の場合は保存のためでなく、低温調理ならではのしっとりとした食感を楽しんでいただきたく用いました。ですが、狩りでたくさんお肉が手に入ったときや冬を越すときなどにも有効だと思うので、ぜひ試してみてください」
私の説明を聞き、近くに控えていた料理人たちが興味深そうに顔を見合わせる。
中には紙と筆を取り出し、今話した内容を真剣な顔で書き留め始める人までいた。
「ほほう。それは良いことを聞かせてもらった。さて、ではそろそろいただくとしよう」
レグナディス陛下の言葉を合図に、全員が料理へナイフを入れる。
「おおっ!」
まず口火を切ったのは旦那様。切り分けた一切れを噛み締め、何度か確かめるように頷いたあと、ぱっと顔を上げた。
「なるほど、さっきアイカが言っていた意味がよく分かった! 時間をかけて火を入れたぶん、とんでもなく肉が柔らかい! それでいて鹿のうまみが隅々まで行き渡っている!」
続けて、さらにもうひと口。
「加えてこの梅のソースだ! さっぱりとした塩気がしっとりとした赤身肉に絶妙に合う!」
ふぅ、よかった。
前世と違って機械的な管理ができるわけじゃないから、火加減はすべて自分の目で確かめながらの調整だったけれど、どうやら狙い通りに仕上がってくれたみたい。
と、私がほっとしながら周囲へ目を向けたところで。
「ん?」
……レグナディス陛下?
どうしたのだろう、様子が変だ。ナイフとフォークを置いて俯いたまま、わなわなと全身を震わせている。
ただ、そうして私が不思議がっていた――その直後だった。
「うおおおおおおおおおおっ!!」
えぇっ……!?
勢いよく立ち上がったレグナディス陛下が雄叫びを上げる。しかもそのまま両手で服を掴むと、思いきり左右へ引きちぎってしまった。
「なっ……ななな」
露わになった上半身を見て、私は目を疑う。
長く病に伏していた老王とは到底思えない。腕も胸も見事に盛り上がった、ムキムキに鍛え上げられた肉体だった。
いや、というか。
「あ、あの、レグナディス陛下? 何をなさっているんですか……?」
「わははっ! いやぁ、すまぬ! あまりの美味さに、つい感動を抑えきれなくなってしまった!」
レグナディス陛下は興奮した様子で私の前まで来ると、両手をがしりと掴んだ。
「以前そなたのおにぎりを食べて以来、いつかもう一度、そなたの料理を食べたいと願っておった! その願いがようやく叶ったのだ! 本当に、本当に感謝するぞ!」
「あ、ありがとうございます。喜んでいただけたのなら、私も嬉しいです……!」
とはいえ、ものすごい勢いで両手をぶんぶんと振られるため、返事をするだけでも精いっぱいだった。
しかも騒いでいるのは、レグナディス陛下だけではない。
「うぅ……なんという素晴らしい味だ……!」
「森をお守りくださる精霊よ! 今日という日に感謝いたします!」
「うっひょおおおおおお!」
近くでは一人のエルフが皿を前にむせび泣いていた。別の人は皿を頭上へ掲げ、なぜか神への祈りを捧げている。
さらには脱いだ上着を振り回しながら大広間を走り始める人まで。
「これは……」
察するに、料理を食べてテンションが上がっているのはわかる。わかるけども……。
私が前世で思い描いていたエルフといえば、静かな湖畔でハープを奏でるような物静かで優雅な人々だった。
実際、宴のはじまりは賑やかさの中にもどこか気品があった。それが今となっては、まるで大学生のサークルの飲み会のような乱痴気っぷり。
な、なにが起きているの……?
そんな私の戸惑いを察してか、レオルーシェ様が苦笑交じりにそっと声をかけてくる。
「意外でしたか?」
「ええ、まあ……少しだけ」
少しじゃないけど。
「一応弁明させていただきますと、普段の皆はもう少し大人しいのですよ。今回は父王を救ってくださったお二人が訪れているということで、普段以上に浮かれているのでしょう。つまりはそれだけ、皆がお二人に感謝しているということです」
「はぁ……」
レオルーシェ様が大騒ぎする人々へ目を向ける。それにつられるように、私も改めて広間を見渡した。
……なるほど。まあ理解できたような、できてないような。
ともあれ自分の作った料理でここまで喜んでもらえたなら、料理人冥利であることには変わりない。
イメージ通りの神秘的なエルフの姿もいいけど、これはこれで親しみやすくて悪くない……のかも?
それから数日後。エルフの国での滞在を終え、アルグレイン領へ戻る日がやって来た。
ペガサスの馬車が待つ広場には、宴のときと同じく大勢のエルフたちが見送りに集まってくれている。
「こちらをアルグレイン殿へ」
挨拶を交わしたあと、レグナディス陛下が旦那様へ紋章の入った封書を差し出した。
「約束の紹介状だ。山を越えた先に岩肌の目立つ谷がある。そこから北へ進めば、彼らの里へ続く道が見つかるだろう」
「感謝します。これでようやく、新しい剣を手に入れる目途が立ちました」
旦那様は紹介状を両手で受け取り、深く頭を下げる。
「この度は、本当にありがとうございました」
私も改めて頭を下げると、レオルーシェ様は穏やかに微笑んだ。
「礼を申し上げるべきはこちらの方です。フランベル殿のおかげで父は救われ、こうして国中が再び明るさを取り戻すことができました」
それから私と旦那様を交互に見る。
「今後、もしアルグレイン領にまた危機が迫るようなことがあれば、我々も可能な限り力をお貸しします。そのときは遠慮なくお知らせください」
「それは心強い。しかし、エルフには『人間と徒に友好的な関係を結んではならない』という不文律の掟が存在すると聞いたことがあるが?」
「そうですね。ですが同時に、『決して友を見捨ててはならない』という掟もあります」
そこで一度、レオルーシェ様はフッと笑みをこぼした。
「我らエルフにとってはお二人とも――そして、お二人が大切にしているアルグレイン領の方々はもはや友人も同然。ならば我らは、今後も掟を忠実に遂行するまでです」
その言葉に合わせるように、集まったエルフのみなさんからも歓声が上がる。
「……そうか。それならこちらも、その友情に報いる努力をしなければな。では、いずれまた」
「ええ。またお会いできる日を楽しみにしております」
旦那様とレオルーシェ様、どちらともなく互いにがっちりと握手を交わす。
やがて私たちの乗り込んだ馬車がゆっくりと空へ昇り始めると、広場に集まったエルフのみなさんが一斉に手を振った。
「お気をつけてー!」
「またいらしてください、アイカ様!」
「次の料理も楽しみにしています!」
窓の外から次々と声が届き、私も手を振り返す。
馬車は町の上空を抜け、周囲を覆う結界へ近づいていく。私は席へ戻ると、旦那様が手にしている紹介状へ目を向けた。
「これで、ようやくドワーフのみなさんに会えそうですね」
「ああ。まずは無事に話を聞いてもらえるといいのだがな」
次はドワーフの里か。いったいどんなところなのだろう。
そんなことを考えているうちに馬車は結界を抜け、窓の外には再び深い森が広がっていた。




