第61話 雑用令嬢、エルフの国に招かれる④
エルフの給仕の方が杯へ注ぐと、薄い琥珀色をしたお酒から、甘酸っぱい果実の香りがふわりと広がる。
「こちらは我が国の名産である“梅”を使って仕込んだ酒だ。ぜひ味わってみてくれ」
「梅……」
なるほど、梅酒か。
懐かしい名前に、思わず杯の中を覗き込む。私もお酒は飲めないわけじゃない。その中でも、梅酒は特に好きな部類だ。
「ありがとうございます。いただきます」
少量を口に含むと、最初にまろやかな甘さが広がり、そのあとから梅らしい酸味が追いかけてくる。
お酒の刺激も強すぎず、食事といっしょでも飲みやすい。
「……美味しい。梅の風味がとっても豊かで、甘さと爽やかさのバランスが絶妙ですね」
「はは、そうであろう。熟した実を使い、じっくりと時間をかけて仕込んでおる」
レグナディス陛下が機嫌よく頷く。
「うまい! たしかにこれは良い梅だ」
旦那様も気に入ったらしく、手にしていた杯をすぐに空にした。それを見たレグナディス陛下がすぐに瓶を手に取り、二杯目を注ごうとする。
「おっと。そんな、陛下自ら酌をしていただくとは」
「わはは! なに、気にすることはない。そなたらと我々はもはや人種の垣根を越えた友人同士。今宵は大いに飲み明かそうぞ」
「なるほど。では陛下もどうぞ」
「おお、これはかたじけない!」
二人は互いに瓶を傾け合い、どんどんと中身を飲み干していく。
それにしてもレグナディス陛下、つい先日まで病に伏せていたとは思えないほどお元気だ。旦那様と同じ速さで杯を空にしているけれど、本当に大丈夫なのだろうか。
少し心配になって隣を見ると、私の視線に気づいたレオルーシェ様が小声で教えてくれた。
「まあ、医師からもある程度の範囲であれば問題ないと言われていますから。病気のせいで長らくお酒自体からも遠ざかっていましたし、今日は久しぶりの宴を楽しみたいのでしょう。見ての通り、父はお酒が大好きな人ですから」
「そうですか……」
ま、それならいいか。
レグナディス陛下はそれからも旦那様と杯を交わしながら、互いの領地のことや、これまでに旦那様が食したモンスターについて楽しそうに話していた。
特に旦那様がタイラントベアやミノタウロスの話をすると、レグナディス陛下は興味深そうに身を乗り出す。
最初こそエルフの王と人間の領主ということもあってか、互いの立場を気にしての堅さが少し残っていたものの、お酒が進むにつれて会話もずいぶん砕けたものになっていった。
そんな二人のやり取りを眺めていたとき、レオルーシェ様がふと旦那様の腰元へ目を留めた。
「そういえばアルグレイン卿。その剣ですが、以前お会いしたときにお持ちだったものとは違いますね」
「ああ、これか」
旦那様が腰の剣へ手を添える。
「前の剣は戦いの最中に折れてしまってな。今は予備を使っているのだが、どうにも俺の力には耐えられそうにない。領内の鍛冶屋にも相談したが、今のところ代わりになるものは見つからなかった」
「そうでしたか……それはさぞお困りでしょう」
レオルーシェ様が気遣うように呟く。と、そこで旦那様は思い出したように顔を上げた。
「そうだ。エルフは人間と違って、ほかの亜人種との交流も多いと聞く。お二人はドワーフがどこに住んでいるかご存じないだろうか?」
旦那様が尋ねると、レグナディス陛下は白い髭を撫でながら頷いた。
「おお、ドワーフか。彼らの里なら、ここから山を一つ越えた先にあるぞ」
「え」
思わず旦那様と顔を見合わせる。
この数週間、騎士団のみんなにも協力してもらいながら、あれだけ探しても手がかりすら掴めなかったドワーフの居場所。
それがまさか、こんなにもあっさり見つかるなんて。
「ただし、彼らは我ら以上に外部との接触を好まぬ。いきなりヒト族がひょいと訪ねたところで、門前払いされる可能性が高いだろうな」
「そうか、やはり一筋縄ではいかないか……」
旦那様が残念そうに呟くと、レグナディス陛下は手にしていた杯を卓上へ戻した。
「なに、そう気を落とすこともない。ドワーフの族長とは古くからの知り合いでな。余の紹介だと告げれば、少なくとも話くらいは聞いてもらえるだろう。必要なら、あとで一筆したためよう」
「なんと!?」
旦那様の声が一段高くなる。
「ちなみに彼も結構な酒好きな男であるゆえ、ついでにこの梅酒も土産として持っていくといい。前に飲ませてやったときも大層気に入っていた」
「おお、それは助かります。ぜひよろしくお願いします!」
「もっとも、酔わせすぎてしまっては剣を打つ手元がくるってしまうかもしれんからほどほどにな」
「はは、たしかに」
ニヤリと冗談っぽくほほ笑んだレグナディス陛下に、旦那様も笑顔で頷き返す。
すごい、トントン拍子に話が進んでいく。
場所がわかっただけでなく、族長さんへ直接話を通すための紹介状まで用意してもらえる。
これならもはや、旦那様の力に耐えられる新しい剣は手に入ったも同然だ。
「むぅ……しかし、こう何から何まで世話になってしまっては申し訳ないな。できれば、こちらもなにかお礼をさせていただきたいのですが」
けれどその旦那様の申し出に対し、レグナディス陛下はすぐに首を横へ振った。
「なんの、その必要はない。もとより命を救ってもらったのは余の方だ。その恩人から、さらに礼など受け取れるものか」
「ですが、これだけの歓迎を受けておいて、さらに紹介状や土産まで用意していただくというのは……」
「そうか? 余としてはなにも問題ないが。そもそも手紙を書くなど大した手間でもあるまい」
「いや、しかし……」
あらら、どうしましょう。
互いに穏やかな調子でありつつも、一歩も譲ろうとしない旦那様とレグナディス陛下。どちらも感謝の念が強いからこその押し問答。
しかし、これほど立派な宴でもてなしてもらい、そのうえ困っていたドワーフの情報まで教えてもらったのだ。私としても、何かお返しをしたい気持ちはある。
それなら――。
「あの、ではこういうのはどうでしょう」
「「ん?」」
私が小さく手を挙げると、旦那様とレグナディス陛下が揃ってこちらを見る。
「今から私が従者として、旦那様のために食事を作ります。けれどなにぶん慣れない場所での調理ですから、勝手がわからずに材料の加減を間違え、少々量を多めに作りすぎてしまうかもしれません」
「ふむ?」
「なのでもしそうなった場合は、余った分をどなたかに食べてもらわないといけませんよね」
「!」
どうやら言わんとすることはすぐに伝わったらしい。
私がニコリとほほ笑むと、レグナディス陛下はほんのちょっぴり驚いたような表情を浮かべた。
そして最後に畳みかける。
「いかがでしょう。これならば、みなさんにはあくまでお裾分け……いえ、むしろ協力してもらうという形になります。せっかくの食材を無駄にするのはもったいないですから」
もちろん、これは明らかな建前でしかない。でも、一応理屈としては通っているはず。
ややあって、レグナディス陛下は堪えきれなくなったように笑い出した。隣では旦那様もフッと笑っている。
「ははは! なるほど、たしかにその理屈なら仕方がない。これは一本取られたな」
「さすがアイカだ。なるほど、その手があったか」
いえいえ。お褒めに預かり光栄です。
「それではレグナディス陛下、この場はそういう形で進めてよろしいでしょうか?」
私が確認すると、レグナディス陛下は快く頷いた。
「無論だ。たしかに余った料理を無駄にするわけにはいかぬからな。それが我が身を救った恩人の手料理とあらばなおさら。国の者たちにも、喜んで協力させよう」
そう言って近くに控えていたラッセル様を呼び寄せる。
「ではラッセルよ。悪いが、フランベル殿を厨房まで案内して差し上げよ。それと必要なものがあれば、可能な限り用意して差し上げるのだ」
「承知いたしました、陛下」
よし、これで話はまとまったわね。それじゃあ、あとは何を作るかだけど……。




