第60話 雑用令嬢、エルフの国に招かれる③
「あの、アイカ様……ですよね?」
ん?
名前を呼ばれて振りむくと、そこに立っていたのはエルフの女性。もちろん面識はない。
「は、はい。アイカは私ですけど……」
「やっぱり!」
やっぱり?
「あの、もしよろしければ握手していただいてもよろしいでしょうか!?」
「え……」
あ、握手……? 私と?
初対面の相手からのまさかの要求だけに、少々面食らってしまう。とはいえ若干の戸惑いこそありつつも、私としてはあえて断る理由もないので右手を差し出した。
「え、ええ。私で良ければ構いませんが……」
「わぁ! ありがとうございます!」
私の手を両手で握り返しながら、女性が心底嬉しそうに声を上げる。
するとまるでそれが合図だったかのように、周囲で様子を窺っていた他のエルフたちまでもが一斉に大挙して押し寄せてきた。
「わ……!?」
突然の事態にギョッとしてしまう。
しかし本当に驚いたのは、さらにその先で……。
「あの、あなたの料理を一口食べただけで百歳は若返るって聞いたんですけど……それって本当ですか!?」
「私は香りだけでヒト族同士の千年続く泥沼の戦争を止めてしまったと聞いたわ!」
「俺もです! たしか見た目が神々しすぎて、大抵のアンデッドモンスターは近づいただけで消滅するとか!」
「そうそう! だからいずれ魔王が復活した暁には、あなたの料理が世界の切り札になるって!」
「えぇ……」
わ、若返り? 戦争? 魔王?
すべて全くもって身に覚えがない。なにがなんだかさっぱりわからず私が困惑していると、今度は人垣の向こうから別の声が聞こえてきた。
「申し訳ありません、フランベル殿」
レオルーシェ様?
「限られた空間で暮らす我が国においては、人間社会とは違いこれといって目新しい話題が少ないのです。そこへ長年病に伏せていた父王を、ヒト族の女性が料理一つで救ったという報せが広まりまして……」
「なるほど。それで、この英雄のような扱いか」
旦那様が納得したように頷く。
「はい。しかも噂が噂を呼び、少しずつ話が大きくなっていった結果がこの状況です」
そういうことか……。でも理由は分かったけれど、それにしたって尾ひれがつきすぎではないだろうか。
ともあれ、それどころではない。前からも後ろからも人が押し寄せ、現在の私は絶賛ぎゅうぎゅう状態。
さながら前世の満員電車だ。へたすれば圧死しかねない。
と、そのとき。
「こらこら、皆の者。あまり恩人を困らせるでない」
広場の奥から響いたのは、穏やかな男性の声。途端、騒いでいたエルフたちは一斉に口を閉じ、左右へ道を空ける。
開いた人垣の向こうから歩いてきたのは、長い白髪と白髭を蓄えた老エルフだった。
年齢を重ねた姿ではあるものの、背筋はまっすぐに伸びており、その足取りにも病人らしい弱さはまったく見えない。
レオルーシェ様とラッセル様が頭を下げ、周囲のエルフたちもそれに続く。
「初めまして、フランベル殿。余がこの国を治める“レグナディス”だ」
この方が……。
レグナディス陛下は私の前まで歩いてくると、少し困ったように周囲を見回した。
「国の者たちが騒がせてしまい、すまなかったな。そしてこの度は、よくぞ我が国へ来てくれた」
「い、いえ。こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」
「それから――余の命を救ってくれたこと、改めて心より礼を言う」
そう告げると、レグナディス陛下は王という立場でありながら、私に向かって深く頭を下げた。
「そ、そんな! どうか顔を上げてください。私は頼まれたお弁当を作っただけですから」
「だが、その一食が余だけでなく、余の家族やこの国の民たちまで救ってくれたのだ」
レグナディス陛下はゆっくりと顔を上げると、今度は旦那様へ視線を移した。
「アルグレイン殿も、遠路よく来てくれた。二人の到着を祝うため、今日は国を挙げて歓迎の宴を用意してある」
「おお、それはありがたい」
旦那様がすぐに反応し、周囲に集まっていたエルフたちも再び嬉しそうな歓声を上げた。
エルフの国を挙げての宴かぁ。いったいどんな感じなんだろう。
その後、私たちはレグナディス陛下たちに案内され、そのままエルフの王宮へ向かった。
歓迎の宴が開かれたのは、王宮の中でもひときわ広い大広間。
長い卓上には、森で採れた色鮮やかな果実や木の実、川魚を香草とともに焼いたもの、それにキノコや野菜をふんだんに使った料理がずらりと並んでいる。
料理を盛りつけた器や杯にも葉や花を思わせる意匠が施され、広間の一角では弦楽器やハープによる穏やかな演奏が流れていた。
「どうぞ、こちらもお召し上がりください。アイカ様」
「ありがとうございます」
給仕の方に勧められ、まずは細かく砕いた木の実と野菜を合わせた料理を口に運ぶ。
噛むたびに木の実の香ばしさが広がり、そのあとから野菜のほのかな甘みが追いかけてきた。
「美味しいです。木の実の風味がすごく活きていますね」
そう伝えると、料理を運んでくれたエルフの方が嬉しそうに笑い、近くにいた給仕の方と顔を見合わせる。
続いて食べた川魚も、表面は香ばしく焼かれているのに中はふっくらとしており、添えられた果実の酸味が脂をさっぱりとさせていた。
察するにエルフの料理はソースなどで濃いめの味つけをするよりも、どちらかと言えば森や川で採れたものが本来持っている味を活かすものが多いらしい。
それにしても、こうして料理を振る舞われるなんていつぶりかしら。気分がいい反面、ちょっとソワソワしちゃうかも。もしくはうずうずとか?
今まで見たことのない食材や料理に、なんとなく料理人魂が刺激されるというか。
ともあれ、せっかく私たちのために用意してくれたのだから、今は素直に楽しませてもらおう。
「うむ、これもうまいな!」
向かい側では、旦那様が早くも何枚目か分からない皿を空にしていた。
給仕の方が新しい料理を置くそばから次の一品へ手を伸ばしているため、旦那様の席だけ明らかに皿の入れ替わりが早い。
「ははは! アルグレイン殿は実に気持ちよく食べるのだな」
上座に座るレグナディス陛下が、白い髭を揺らしながら声を上げて笑う。
「それはもう。これほど美味しい料理を前にして手を止める方が、作った者に対して失礼というものですから」
「なるほど。それはもっともな話だ、わはは!」
ゴクンと喉を鳴らした旦那様が同じく笑みを浮かべる。その答えがよっぽど気に入ったのか、レグナディス陛下はまた楽しそうに笑った。
そうしてしばらく宴を楽しみ、料理の運ばれてくる間隔が少し落ち着いた頃。
私は隣に座るレオルーシェ様へ、以前アルグレイン邸で別れてから起きたことをかいつまんで話した。
ガルドたちがアルグレイン領までやって来て、私を王国へ連れ戻そうとしたこと。
旦那様や騎士団のみんなのおかげで捕らえることはできたものの、帝国の牢へ入れられたはずの彼らが何者かの指示によってすでに釈放されていることも。
「――なるほど。我々がお世話になった後に、そんなことがあったとは」
ひと通り話を聞き終えたところで、レオルーシェ様が険しい表情のまま呟く。
「くっ、申し訳ありません。以前彼らがここへ迷い込んできた際、我々がもっと確実に対処していれば……」
「そんな……レオルーシェ様が謝るようなことでは。悪いのは彼らですから」
ガルドたちが私を狙ったのは、あくまで本人たちの勝手な都合。決してレオルーシェ様が責任を感じるようなことではない。
「ですが命までは奪わないにしても、我らエルフに伝わる秘薬をもってすれば、捕らえた彼らに二度と悪だくみなどできないようにすることはできたはず。今となってはやはり、あの場で彼らを取り押さえられなかったことが悔やまれます」
「そ、そうですか……」
二度と悪だくみができなくなるような秘薬……。
それっていったいどんな薬なんだろう。正直興味はあるけど、なんだか詳しく聞くのも恐いような……。
とりあえず、それはいったん置いておくとして。
「むしろ私としては、レオルーシェ様たちの今後のほうが気になります。偶然とはいえガルドたちがここへ来たとなると、また人を連れて戻ってきたりするんじゃ……それこそ、逆恨みで仕返しとか」
執念深い彼らのことだ。その可能性は十分にあり得るし、だからこそ私としてはそこがすごく心配だった。
「いえ、その点はご安心ください」
が、レオルーシェ様は迷うことなく言い切った。
「彼らがこの国へ入り込めたのは、たまたま結界に生じていたごく小さな乱れへ足を踏み入れたためです。あの一件のあと、問題の箇所はすでに修復しました。仮にもう一度この国を探そうとしても、再び辿り着ける可能性は万に一つほどでしょう」
「なるほど……それならよかったです」
私もほっと息をつく。
するとその直後、新しい料理とともになにやら細長い酒瓶が運ばれてきた。
あら? なにかしら……すごくキレイな色。




