第58話 雑用令嬢、エルフの国に招かれる①
私たちが《水鏡の神殿》から帰ってきて、数週間が経った。
あれからというものアルグレイン邸の朝には、それまでになかった変化が二つほど加わっている。
一つ目は、神殿から持ち帰った《聖なる刃》――ミキサーの存在。
この日の朝食にも、パンや卵料理といっしょに緑色のスムージーが並んでいた。
材料はチンゲン菜やホウレン草などの青野菜。それにリンゴとキウイといったフルーツも加えて混ぜ合わせてある。
旦那様はグラスを手に取ると、まずは一口――どころか、そのまま一息に半分ほど飲んだ。
「うまいな。もう少しチンゲン菜の青臭さがあるかと思っていたが、言われなければ普通に果物だけだと思っていたかもしれん」
「りんごを多めに入れましたからね。キウイの酸味もあるので、野菜のクセはだいぶ抑えられていると思います」
材料を適当な大きさに切って入れれば、あとは一瞬で細かくしてくれる。忙しい朝でもほとんど手間がかからないので、作る側としては非常にありがたい。
おまけに色んな野菜や果物を手軽にまとめて取れるあたり、健康面での恩恵も嬉しいポイントだ。
――そして、神殿を訪れたことで屋敷へ加わった変化がもう一つ。
「ごしゅじんさま! 今日のお野菜のお味はいかがですかキュル?」
明るい声とともに、食卓の端で白い球形の身体がぴょんと跳ねた。
水鏡の神殿で出会い、そのまま私たちといっしょに屋敷へやって来た使い魔のキュルル――通称、キュルちゃんだ。
聞けばこのキュルちゃんたち、離れていても仲間同士で言葉を伝え合うことができるらしい。その力を活かし、今は神殿に残った仲間たちとの連絡係をしてもらっていた。
今朝のスムージーに使った野菜や果物も、神殿の畑や果樹園の状況を聞きながら屋敷へ運んでもらったものだ。
「うむ。とても美味しかったぞ。やはりキュルルたちの育てた野菜や果物は一味違うな」
「それはなによりですキュル! 畑を担当しているみんなにも伝えておきますキュル!」
水鏡の神殿を今後どう活用するかについては、まず畑や果樹園をアルグレイン領の食糧事情に役立てるところから始めることになっていた。
数百年も丹精込めて管理してきただけあって、あそこで採れる農作物は数も種類も申し分ない。
これまでは食べる人もなく廃棄するしかなかったけれど、これからはどんどん領内の市場や食堂にも卸していくことになるだろう。
キュルちゃんたちが長い間守ってきたものが、ようやく日の目を見ることになるのだ。
「よかったわね、キュルちゃん」
「はいですキュル! とっても嬉しいですキュル!」
うん、本当に良かった。元気に飛び跳ねるキュルちゃんを見ていると、なんだかこっちまで自然と頬が緩んでしまう。
そんな穏やかな朝食を終えた後、スムージーを飲み終えた旦那様が空になったグラスを食卓へ置く。
「……それにしても“ドワーフ”か」
そのひと言をきっかけに、私も神殿を出る直前にキュルちゃんから聞いた話を思い返す。
ドワーフは鉱石の扱いや金属加工に優れ、人間には作れないほど頑丈な武具を生み出す亜人種だといわれている。
けれど人間の町に姿を見せることはほとんどなく、どこで暮らしているのかも広くは知られていなかった。
旦那様の力に耐えられる新しい剣を手に入れるため、この数週間、騎士団のみんなにも頼んで領内の商人や鍛冶職人から情報を集めてもらっていた。
しかしながらドワーフ製とされる武器や工芸品を見たことがある人はいても、実際にドワーフ本人と会ったことのある人は一人も見つかっていない。
「私もギルドにいた頃に、ドワーフ製の武器を何度か見たことはあります。ですが、どれも何人もの商人を経由して届いた品でした。仕入れ先を尋ねても、山の向こうだとか、遠い鉱山から来たとか、それくらいしか分からなくて……」
流通している品から辿ろうとしても、途中に何人もの商人が挟まっているせいで肝心の出所まで行き着けないのだ。
「まあ、そうだろうな……」
旦那様は食卓の端にいるキュルちゃんへ目を向けた。
「なあ、キュルル。ドワーフがどこに住んでいるか、本当に心当たりはないか?」
キュルちゃんは少し身体を傾けると、中央に透ける青い光を申し訳なさそうに弱めた。
「すみません……ドワーフのみなさんのことは知っていますキュル。でも、どこに住んでいるかまでは分からないですキュル……」
キュルちゃんたちにしても、あくまで存在を知っていたので提案してくれただけ。
かつては多種多様な人材が暮らしていた神殿の中にも、さすがにドワーフと交流があった住人まではいなかったらしい。
「うぅ……お役に立てず申し訳ないですキュル」
「いや、知らないものは仕方がない。そもそも人間と亜人種では暮らしている場所が違うんだ。謝ることはないさ」
旦那様がすぐに止めると、弱まっていた青い光が元の明るさへ戻る。
「こうなったら、いっそ市場に出回っているドワーフ製の剣を探して、それを買い取るのはどうでしょう?」
ドワーフの住む場所まで行けなくても、すでに人間の市場へ流れてきた品なら手に入れられるかもしれない。
しかしその私の提案に対しても、旦那様の表情は晴れないままだった。
「ああ。そっちも一応手配はしている。……ただ」
「ただ?」
「いや、仮に見つかったとしても、剣は使い手によって調整が必要になるからな……」
旦那様曰く、剣というのは使い手の体格や腕の長さ、構え方によって適した重さや重心は変わるとのこと。
それゆえ。
「やはりできることならドワーフ本人と会い、俺のための剣を一から作ってもらいたいと思っている。でないとうまく手になじまないまま、結局力を発揮しきれないかもしれんからな」
「なるほど……」
たしかに料理人が使う包丁にしても、一流の料理人ほど刃の長さや重さ、握りやすさにまでこだわって自分の手に合った道具を選ぶと言うものね。
ましてや旦那様にとって、剣は命を預けるものだ。既製品で簡単に妥協できないのも無理はない。
とはいえ結局のところ、居場所が分からなければ剣づくりを頼むこともできないわけで……。
「はぁ……。いったい、ドワーフのみなさんはどこにいるんでしょうね」
考えても答えは出ず、思わず深いため息が漏れる。
そんなとき、屋敷の玄関から呼び鈴の音が響いた。
「おきゃくさまですキュル!」
キュルちゃんが嬉しそうに飛び跳ねる。もともと人間に使役されるために召喚された使い魔だけあって、誰が訪ねてきても歓迎するのが彼らだった。
「はーい……って、あら?」
返事をしながら玄関の扉を開けたところで、私の声が止まる。
そこに並んでいたのはまさかの人間ではなく、揃いの騎士服に身を包んだエルフの一団だった。
そして先頭で丁寧に頭を下げたのは、以前に王子のレオルーシェ様の側近としてこの屋敷を訪れた王族近衛兵長の――。
「お久しぶりです、アイカ殿。またしても突然の訪問となり恐縮ですが、お時間をいただいてもよろしいでしょうか」
「これはこれは。お久しぶりです、ラッセル様。もちろん構いませんが……」
いったい何の用だろうとは思ったものの、これだけの人数を玄関先に立たせたまま話を聞くわけにもいくまい。
「ここで立ち話もなんですから、どうぞ中へ」
私はラッセル様たちを応接室へ案内した。その途中でキュルちゃんには旦那様を呼んできてもらい、私は人数分のお茶を用意する。
やがて旦那様も加わったところで、ラッセル様が改めて口を開いた。
「おかげさまでアイカ殿の料理を食して以来、我らが王はすっかり元気になられました。最近ではそれまで離れていた政務にも戻られ、周囲が少し休むよう申し上げても、なかなか聞いてくださらないほどです」
口では困ったように話しながらも、ラッセル様の表情はどこか嬉しそうだった。
「そうですか。それはよかったですね」
「ああ、本当に何よりだ」
病が良くなったこと自体は以前やって来た使者の方からも聞いていたけれど、まさかそこまで回復していたとは知らなかった。
あれほど切羽詰まった様子でこの屋敷を訪れたラッセル様たちのことを思えば、私も旦那様もほっとする。
「しかし、とはいえまさかそれを知らせるためだけに、わざわざ遠路はるばるここまで来たわけではないのだろう?」
旦那様が尋ねると、ラッセル様は姿勢を正した。
「おお、そうでした。実は今日私がここへ参ったのは、お二人に我が王からの言葉をお伝えするためです」
「エルフ王の?」
「はい」
曰く、エルフ王は自分の命を救った私たちに対し、使者を通じてのお礼だけでは足りないと考えているらしい。
「そこで陛下としては、できればお二人と顔を合わせながら、直接感謝を伝える場を設けたい、と」
へ~、なるほど。それはまた光栄なお話……って。
「直接?」
あれ? それってつまり……。
「ええ、そうです。アイカ殿、それにアルグレイン卿。お二人を国賓として、ぜひ我らの国へお招きしたく存じます」




