第57話 雑用令嬢、神殿探索をする⑩
「メインディッシュ?」
「はい。実はさっきスムージーを作っているときに気づいたんです。この《聖なる刃》には、ミキサー以外の使い道もあると」
私は果物の欠片を綺麗に洗い流したミキサーを、旦那様とキュルちゃんの前へ置いた。
よくよく台座の側面を観察してみるとわかるが、そこには謎のスイッチらしき突起がある。
で、私はそれをさっき試しに押してみたのだが……。
「いきますよ?」
私がスイッチを入れると同時、台座や刃に刻まれていた魔法陣が淡く輝きだす。
次の瞬間、縦長だった透明な容器が音もなく形を変え、横へ広がった浅い器になる。
底にあったねじれた刃も一度台座の中へ引っ込むと、代わりに平たい刃が飛び出してきた。
「おお……変形したぞ!」
「そうなんです。どうやらこの魔道具、なんとミキサーだけでなく“フードプロセッサー”としても使えるみたいです」
「ふ、ふーどぷろせっさー……?」
「はい。ミキサーが果物などを水分と一緒に細かくして滑らかな飲み物にするための道具だとすれば、こちらは料理の下ごしらえを助けるための道具です。肉をミンチにしたり、野菜をみじん切りにしたり、材料を混ぜ合わせたりできます」
容器が広く浅くなり、刃の形まで変わったのもそのためだろう。きちんと用途に合わせて最適な形状を計算してのこと。
旦那様は興味深そうに平たい刃を覗き込んだ。
「な、なるほど……。それでメインディッシュということだが、ではこのフードプロセッサーなるものを用いて今度は何を作るんだ?」
「はい。いろいろ考えてみたのですが、今回は“ギョーザ”を作ろうと思います」
これなら肉も野菜も細かく刻む必要があるため、新しい機能を試すにはまさにうってつけ。
なお今回の主な材料としては、果樹園の隣にあった畑のキャベツとニラ。そして一番大事なお肉については、神殿の入口で倒したあとに魔法袋へ回収しておいた――。
「こちらのミノタウロスの肩肉を使います」
「おお、そういえば!」
まな板の上にでんと取り出された塊肉を前に、旦那様が歓声を上げる。私はまずそこから筋や余分な部分を包丁で除き、刃が回りやすい大きさへ切り分けていった。
そしてそれをフードプロセッサーへ放り込み、魔力を流しこむ。
ギュルルルッ!
平たい刃が勢いよく回り、大きく切った肉を次々と弾き飛ばしていく。何度か短く動かして中を確認してみると、塊だった肉はみるみる粒の揃ったミンチへ変わっていた。
「ああ、これぞ文明の利器……あんなに苦労していたのが嘘みたい」
かつてタイラントベアのお肉でハンバーグを作ったときは、塊肉を包丁で何度も叩いていた。途中で腕が疲れても、ひたすら叩いて叩いて、ようやくミンチになったのだ。
その後に作った他の様々な料理でもそう。それが今は、こんな短時間で終わってしまった。う、嬉しい。
「そこまで大変だったのか」
「はい。それはもう、次の日に腕が筋肉痛になるくらいには」
続いては調味料とともに、キャベツとニラも投入。
ただし、こちらは肉と同じように長く回してはいけない。野菜は細かくしすぎると水分が出すぎて、せっかくの食感まで失われてしまう。
短く動かしては止め、そのたびに大きさを確認する。
「うん、これくらいですね」
程よく細かくなったところで止め、中身をボウルに移し替えつつ全体が馴染むように軽く混ぜ合わせれば、ギョーザの餡は完成だ。
あとは小麦粉と水で作った皮に包むだけなのだけど。
「う~ん……」
私は調理台へ並べた皮と、出来上がった大量の餡を見比べる。
どうしよう、何個作ろうか。百個……いえ、旦那様の食欲を考えたら、念のため二百個くらいは見込んだ方がいいかも。
しかしそうなると、お次の問題は作業量だ。
これだけの数を一人で包むとなれば、かなりの重労働になる。私は袖をまくり、心してかかろうとしたところで……。
「あ」
ちょっと待って。そういえば。
「ねえ、キュルちゃん。そういえばさっき、ここには他にもいっぱいお仲間さんたちがいるって言ってたわよね? あっちで工事してる」
「言いましたキュル!」
「その子たちをここへ呼んでくることってできる? もしよかったらでいいんだけど、いっしょにギョーザづくりを手伝ってほしくて……」
「もちろんですキュル! ごしゅじんさまのためとあらば、ぼくら一生懸命はたらきますキュル!」
不躾なお願いにもかかわらず、キュルちゃんは白い身体を勢いよく弾ませながら快諾してくれる。うぅ、なんて健気……!
「ありがとう。それじゃあ、ぜひお願いね」
「お任せくださいですキュル!」
キュルちゃんは返事をするなり、調理場の外へぽんぽんと跳ねていった。
食べる人数が増えても、ギョーザなら特に問題ない。材料はまだ十分に残っているし、足りなければ餡を追加で作ればいい。
…………それにこれなら大量のモフモフたちにも会えるし、まさに一石二鳥。
しばらくすると、調理場の外から、ぽんっ、ぽんっ、と連続する音が聞こえてきた。
「お待たせしましたキュルー!」
先頭のキュルちゃんに続き、いくつもの白い球体が列になって入ってくる。
姿はキュルちゃんとほとんど同じ。違うのは、身体の中央に透けている光の色だけだった。
桃色、黄色、緑色。
ほかにもいくつもの色が、調理場の中をぴょんぴょんと跳ね回っている。
「……も、モフモフがいっぱい」
どうしよう、今すぐ全員を撫で回したい。あるいはダイブしたい。
けれど、まずはギョーザを作らなければ。
「みんな、来てくれてありがとう。まず包み方を説明するわね」
私は皮の中央へ餡を置き、縁に水をつけてから、半分に折って閉じてみせる。
キュルちゃんズは私の手元をじっと見つめたあと、身体の繊維を細いリボン状の腕へ変え、それぞれ皮と餡を手に取った。
そして。
「えっ、上手……」
最初の一つから私が包んだものとほとんど変わらない、綺麗な半月形に仕上げてみせた。
その後も餡の量や皮の閉じ方まで正確に揃え、次々とギョーザを作っていく。
「単純作業はお任せくださいですキュル!」
驚く私に、揃って身体を弾ませるキュルちゃんたち。
さすが、これだけの神殿を作りあげただけあるわね。どうやら長い年月を神殿の増築に費やしてきただけあって、こういった作業は得意分野らしい。
この分なら、きっと掃除なんかもお手の物でしょう。……この子たち、屋敷へ連れて帰れないかしら。
そんなことを考えながら私もギョーザを包んでいると、今度は旦那様が声をかけてきた。
「なあアイカ。追加の餡だが、混ぜ具合はこれくらいでいいだろうか? チェックを頼む」
旦那様がフードプロセッサーの容器を持ち、中身を見せてくる。さっき私たちが作業を開始する前、「こっちは俺に任せろ」と言うのでお願いしていたのだ。
「そうですね……はい、バッチリです。ありがとうございます」
「おお、よかった。いやぁ、このミキサー……いやフードプロセッサーだったか? 使ってみるとおもしろいな。食材がどんどん細切れになっていくさまが気持ちいい。まるで自分がちゃんとした料理人になった気分だ」
すっかり気に入ったらしく、旦那様が嬉しそうに笑う。
そうして皆で作業を続けていると、数百個あったはずの皮も、思っていたよりずっと早く餡に包まれていった。
いよいよ焼きの作業だ。
私は熱した鉄板へ油を引き、ギョーザを隙間なく並べていく。底に軽く焼き色がついたところで水を加え、すぐに蓋をした。
じゅわあああっ、と大きな音が響き、隙間から白い湯気が噴き出す。
やがて水分がなくなると蓋を開け、最後に残った水気を飛ばしていく。ミノタウロス肉の脂とニラの香りが、調理場いっぱいに広がった。
皮の底が香ばしく焼き上がったところで――。
「できました!」
――《ミノタウロス肩肉のパリパリ焼き餃子》の完成です!
焼き上がったギョーザを大皿へ移し、私たちは調理台を囲む。
旦那様はさっそく一つを箸で持ち上げたところで、ふと手を止めた。
「ところでアイカ。これはそのまま食べていいのか?」
「そうですね。お醬油を付けて食べるのが一般的です。あと、お好みでお酢やラー油を足してもおいしいですよ」
私は小皿へ醤油を注ぎ、酢とラー油も並べる。
旦那様はまず醤油だけをつけたギョーザを口へ運び、熱さに気をつけながら噛み締めた。
「うまいっ! 焼き目のついた皮がパリッと弾けて、噛んだ先からジューシーな肉汁が溢れてくる! ミノタウロスの力強い旨みに、キャベツの甘さとニラの香りが加わって、これはたまらんな!」
言い終えるより早く、旦那様の箸が次のギョーザへ伸びる。
「キュルちゃんたちも今日はありがとう。どんどん食べてね」
「「「わーい!」」」
みんなも一斉にギョーザへ手……というか毛を伸ばす。今更だけど、本当に器用ね。まさか当たり前のように箸まで使いこなせるなんて。
「ん~……おいしいですキュル!」
「労働のあとのごはんは格別ですキュル!」
白い身体を楽しそうに跳ねさせ、その中央の光も喜びを表すように明るく点滅する。隣では旦那様もぱくぱくととんでもないスピードで食べ進めている。
そんな一同の前へ、私はさらに三つの小皿を並べた。
「それと今回はギョーザの数がたくさんなので、追加で私のアレンジダレもいくつか用意しました」
一つ目は、ポン酢とごま油に、アクセントとしてラー油を少々加えたもの。
二つ目は、コチュジャンと醤油を合わせた韓国風のタレ。
そして三つ目は、レモン汁と刻みネギへ胡椒を加えた、さっぱりとしたタイプのタレ。
「おお……そんなものまで!」
旦那様とキュルちゃんたちは、それぞれ気になった小皿へギョーザをつけ、順番に食べ比べていく。
「おぉおおっ! たしかにこれまた味わいが一気に変わった! そしてどれも全部うまいっ!!」
辛みや酸味、香りが加わるたびに、同じギョーザでも味の印象はガラッと変わる。
キュルちゃんたちも気に入った味を見つけたらしく、あちらこちらでまたしても中央の光を楽しそうに瞬かせていた。
そうして賑やかな食事を続けているうちに、あれほど大量にあったギョーザも見事にすっからかんとなった。
「ふぅ、ごちそうさま」
旦那様が満足げに息を吐き、空になった大皿と役目を果たして佇む《聖なる刃》を見比べる。
「まあ、聖剣が見つからなかったのは正味残念ではあるが、これだけでも十分な成果だったな。スムージーだけでなく、これだけ美味しい料理を前より手軽に食べられるようになったのだから。時は金なりだ」
「そうですね。それに負担が軽くなるのもそうですが、人力であそこまで食材を細かく刻むのはやっぱり難しいですしね」
これがあれば、また新しい料理に挑戦することもできそう。誇張抜きに、私や旦那様にとってはある意味で本当に聖剣にも劣らぬ発見だった。
「とはいえ実際のところ、旦那様の剣の代わりはどうしましょうね。領内の鍛冶屋では見つかりそうもないようですし……他にあるとすれば」
「そうだな……。こうなってくると、いよいよ領の外にまで目を向けるしかないか」
と、そんな風に私たちが再び頭を悩ませていたところで。
「そういえば、おふたりはここに“ぶき”を探しに来られたのですよねキュル?」
近くにいた最初に出会ったキュルちゃんが尋ねてくる。
「あ、うん。そうだけど」
「それがどうかしたのか?」
キュルちゃんは何かを思い出したように、中央の青い光を瞬かせる。
「それならば、あの方々に相談してみてはどうでしょうキュル?」
「あの方々?」
私が聞き返すと、キュルちゃんは明るく答えた。
「それはもちろん――“ドワーフ”のみなさんですキュル!」




