第56話 雑用令嬢、神殿探索をする⑨
果樹園へ足を踏み入れた途端、甘く瑞々しい香りが鼻をくすぐる。
「わあ……」
そこには見渡す限り、果物の実った木がずらりと並んでいた。
リンゴなどの見慣れた品種はもちろん、温暖な地域でしか育たないはずのものや、普段の市場ではほとんど見かけない珍しいフルーツなどなど。
赤、黄、緑と色とりどりの実が枝を埋め尽くし、どこから見て回ればいいのか迷ってしまうほどだった。
「で、アイカ。そのスムージーとやらには、どの果物を使うんだ?」
「そうですねぇ」
私は辺りを見回しながら少し考える。
「とりあえずは、旦那様の好きなものを自由に選んで大丈夫ですよ」
「自由に?」
「もちろん、よくあるオーソドックスな組み合わせというものはいくつか存在しますけど、割とどんな果物を適当に混ぜてもそれっぽく美味しくなるのがスムージーの良いところですから」
「ふむ、そうなのか。了解した。では行ってくる!」
返事をするなり、旦那様は果樹園の奥へ風のように駆けていった。
……あの、さっき疲れてるとか言ってませんでしたっけ。
まあ、元気になったのならいいか。
私は果物集めを旦那様に任せ、キュルちゃんと一緒に果樹園を見て回る。
「でも、不思議ね。暖かい場所で育つ果物と、涼しい場所を好む果物が同じところにあるなんて」
「果樹園は特殊な魔道具で、区画ごとに温度と湿度を変えてありますキュル!」
「へー」
キュルちゃんに言われてよく見ると、果樹園はいくつもの区画に分かれ、その境目に薄い光の膜が張られていた。
「触ってみてもいい?」
「どうぞですキュル!」
試しに手を伸ばしてみる。
今いる場所は少し汗ばむほど暖かいのに、膜の向こうへ指先を入れた途端、空気がひんやりと変わった。
「ほんとだ。すごーい」
前世にあったビニールハウスに近いけれど、こちらは温度や湿度をもっと細かく調節できるらしい。
おまけに果樹園の隣には、さまざまな植物を育てる区画まであった。しかもただの食用の野菜や香草だけではなく、入り口に『キケン!』と書かれたプレートの貼られた謎の区画まで。
「ここは?」
「こちらは魔草エリアですキュル。生態系の調査のために栽培しているもので、かつて植物学者をしていたごしゅじんさまが集めてきましたキュル」
「ふ~ん」
そんな人までいたとは。どうやらこの神殿には、思った以上に多種多様な人が住んでいたらしい。
内部を確認すると、葉が淡く光っているものや、触れてもいないのに蔓を揺らす不可思議な植物が育てられていた。
よし、せっかくなのでこれも少し拝借させてもらおう。
それからもしばらく、私はキュルちゃんに案内してもらいながら果樹園を見て回った。
やがて果物集めを終えた旦那様と合流し、今度は神殿内の調理場へと移動する。
そこには大きな調理台や竈、水場などが一通り揃っており、何百年も使われていなかったとは思えないほど綺麗に保たれていた。
ただ、それ以上に目を引いたのは――。
「これはまた、ずいぶんと山盛りですね……」
調理台の上に置かれたカゴの中には、うずたかく積み上げられた果物がどっさりと詰め込まれていた。
「……すまん。あれもこれもと取っていたら、いつの間にかこんなことに……」
さすがに取りすぎた自覚はあるらしく、旦那様は果物の山を前に少し反省していた。あれもこれもと言うか、もはや果樹園にあった全種類がありそうですけど……。
まあでも案外旦那様の食欲なら、最終的にはすべて胃袋に収まりそうな気もする。
「ではまず、軽く試してみましょうか」
私はミキサーの透明な容器を洗い、最初の材料を用意する。
選んだのはイチゴとバナナ。前世のお店でもよく見かけた、まず失敗しない王道の組み合わせだ。
イチゴのへたを落とし、バナナと一緒に適当な大きさへ切って容器に入れる。そこへ少量の冷たいミルクを加え、しっかりと蓋を閉めた。
「これで準備は完了です」
「いよいよか……」
「キュル……」
旦那様だけでなく、キュルちゃんまで興味津々といった様子で近づいてくる。
私は台座へ手を添え、ゆっくりと魔力を流した。
ギュルルルルルッ!
「おおっ!」
容器の底にある刃が、すさまじい速さで回転を始めた。
イチゴとバナナが中央へ吸い込まれ、細かく砕かれながら容器の中を巡っていく。大きな果肉はあっという間に姿を消し、ミルクの白と合わさって見る見るうちに淡いピンク色へ変わっていった。
しばらくして魔力を止めると、刃の回転もぴたりと収まる。
蓋を開けて中を確認してみれば、果肉の塊はほとんど残っていない。とろりと滑らかな、記憶にあるスムージーそのものだった。
「うん、ちゃんとできてる」
私はさっそくグラスへ注ぎ、待ちきれない様子の旦那様へ手渡す。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう。ではいただきます!」
旦那様は一口飲むなり、驚いた様子でグラスを見つめた。
「うまいっ! イチゴとバナナ――それぞれの甘酸っぱさと濃厚な甘みが合わさり、口に含むや一気に押し寄せてくる! まるで飲み物ではなく、果物を丸ごと食べたような満足感だ! とろりとした口当たりもすごくいい! これがスムージーか!」
そのまま一気にプハァっと飲み干すと、その口元には白く丸い泡の跡がついていた。なんかちょっと子どもみたいで可愛い。
「キュルちゃんもよかったらどうぞ」
「いただきますキュル!」
小さな器へ注いで渡すと、キュルちゃんは身体の中央から伸ばした細い腕で受け取り、中身を吸い込むように飲んでいく。
「おいしいですキュル! ごしゅじんさま、すごいですキュル!」
気に入ってくれたらしく、白い身体が嬉しそうにぽんぽんと弾む。
「ではよろしければ、次からは何の果物を使っているか当ててみてください」
「ほう。おもしろそうだな。受けて立とう」
続けて二杯目を作り、今度は材料を明かさないままグラスを渡す。
中身は淡い緑色。旦那様はまず香りを確かめ、それからゆっくりと口に含んだ。
「むっ! これはメロンとリンゴ……いや洋梨か! メロンのゴージャスな甘みに、洋梨のみずみずしい香りがよく合う! これもうまいな!」
続いて三杯目。
「今度はパイナップルとオレンジ、それにマンゴーだな! 溢れる南国感が素晴らしい! フレッシュさと果実の甘みが見事に混然一体となっている!」
おお、さすが。全問正解です。
その後も私たちは旦那様の希望に応じて果物の割合を変えたり、気に入った組み合わせをもう一度作ったりしながら、いろんな種類のスムージーを三人で飲み比べていく。
キュルちゃんも途中から果物のカットを手伝ってくれたりして、気づけば調理台の上には空になったグラスや剥いた皮が山のように増えていた。
「いかがでしたか? ちなみに今回はフルーツといっしょに、回復系の魔草もいくつか入れてみたんですけど」
「いや、実に美味かった。おかげで身体も潤った上に、元気で満ちている。たしかにこれは、朝一番に飲むには持ってこいの飲み物だな」
旦那様は空になったグラスを眺めながら、満足げに息を吐いた。山道を歩いてきた疲れもすっかり消えたらしい。
……けれど、そこでお腹へ手を当てると。
「しかしあれだな。喉が潤ったら、今度はお腹が空いてきたな」
いやはや、あれだけの果物を胃袋に収めた直後とは思えない発言である。
とはいえ私からすれば、特に驚くようなことでもない。
旦那様にお仕えしてから、もう結構な時間を一緒に過ごしている。むしろこの程度の展開を予想できずに、アルグレイン家の給仕は務まらないと言えよう。
なので。
「……ふふ、旦那様ならきっとそうおっしゃると思っていました。では早速、本日のメインディッシュに移りましょう」




